とくん、とくん。貴方を思うと胸が高鳴るのです。
綱吉は自分の胸に手を当てて、応接室の柔らかなソファに深く体を預けた。
すでに心は決まっているというのに、まだ怖気づく自分がいた。告白に淡い幻想を抱いている時点で、いくら男装をしても自分は少女なのだと思い知らされる。
その告白する相手は、幼馴染で並盛中学校の風紀委員長の雲雀恭弥だ。
綱吉は雲雀恭弥に恋をしていた。それに気付いたのはいつだったのか。わからない。
ただ気がつけば自分は雲雀に恋をしているのだと知った。目は彼を追い、話しかけられるだけで胸が甘く疼く。
そして、もっと近付きたくなるのだ。今のまま戦闘相手とだけ見られるのはいや。自分のことを一人の人間として意識してほしい。
だけど相手は戦闘と学校にしか興味が無い人間だ。その願いが叶う可能性は皆無に近い。
しかし、綱吉はある少女に教えられた。願うだけでは何も変わらない。自分から、行動しなくてはいけないのだと。
少女こと友人である笹川京子は、綱吉の背中を押すように一つのジンクスを教えてくれた。
並盛中学校には、いつから出来たのかは分からないが、何種類かのジンクスがあるのだという。その中の一つで、金曜日に下校時刻の鐘が鳴っている間に告白をすると、その恋は実るというものがあった。
綱吉は占いやおまじないなどを信じない。だが、京子が教えてくれたそれは確かに綱吉に勇気と切っ掛けを与えてくれた。
だから今日、綱吉は自分から雲雀に戦闘をしないか誘った。いつも戦うことを嫌がっている綱吉から誘ったことに雲雀は怪訝そうな顔をしていたが、それでも了承してくれた。
ここまでは綱吉の考えたとおりである。戦闘好きな雲雀が肉薄した力を持つ相手との戦いを拒むはずが無い。
ただ、今日だけは綱吉と雲雀の戦闘の意味は違っているはずだ。それも分かっていて、綱吉は雲雀を誘った。
「嫌われるかな」
綱吉はぽつりと呟く。自分が言ったことに嘘はないが、騙したことにはなるだろう。さらに告白までするのだ。
もし、雲雀が受け入れてくれなかったら今までの関係すら崩れてしまう。それが怖くて、綱吉は無意識の内にズボンを強く握った。
そこまで怖いのなら告白などしなければいい。いつもどおり戦ってそれで終わらせれば、何も変わらないですむ。
そこまで考えて、綱吉は首を激しく左右に振った。自分は今のままであるのが嫌で、ジンクスという力を借りてまで告白することに決めたのだ。
だから告白するという事は変わらない。決定事項だ。
綱吉は頬を強く叩いて自分に喝を入れた。姿勢を正して気持ちまで切り替える。そうすると、ダメツナな自分が少しまともになる気がした。
綱吉はそのまま雲雀を待つ。約束した時間は、下校時刻の五分ほど前だ。躊躇いの時間が少ないほど、素直に告白できる気がしてその時間を頼んだ。
綱吉が時計を見ると、今の時間は午後四時四十五分。下校時刻は五時なので、あと十分ほど余裕があった。
特にすることも無く、綱吉は時計だけを何度も見る。
七分、五分と約束の時間が近付くにつれて綱吉の鼓動は激しくなっていった。告白して、両思いになったらどうしよう。都合のいい想像だとはわかっているがそれでも頭は勝手に幸せな未来を思い描く。そうすることで、結果が良くなると信じるように。
綱吉がもう一度時計を見ると、約束の時間まで後一分ほどになっていた。
早く。早く、雲雀が来て欲しい。
さらに急く心臓を何とか宥めながら、綱吉は扉が開くのを待った。
だが、長い針が十一をさしても雲雀は現れない。綱吉は少しだけ落ち込んだ。そのあとに、気を取り直すように呟く。
「ま、まだ余裕はあるから」
綱吉は待った。約束の時間丁度に現れるとは限らない。二、三分遅れることなどよくある話だ。
しかしもし下校時刻を過ぎてもこなかったらどうするか。それを考えて、綱吉は泣きそうになった。
告白する勇気がもてたのは、今日教えられたジンクスがあるからだ。来週の金曜日に、もう一度やり直す気持ちにはなれない。
今となっては振られるか受け入れられるかはどうでもよかった。ただ、自分の思いを雲雀に伝えたい。
綱吉は待った。
そして、鐘が鳴る。
綱吉の瞳は開かれ、ただ鐘が高らかに鳴り響くのだけを聞いていた。
「あ・・・・・・」
鐘は数回響くと鳴り止んでしまった。これでもうジンクスは叶わない。それに思い至り、綱吉の体から力が抜けていく。扉の方も注視するが、開く気配は全く見せない。固く閉ざされたままだ。
綱吉の瞳から涙が零れる。約束を破られた悲しさと、告白できない切なさが胸を痛めた。
ジンクスがあると必ず成功するなんて思ってはいない。でも、告白する力になっていた。
だけど、それが無理なら普通に告白しても無理だろう。雲雀が来なかったのも、告白が成功しないという暗示なのかもしれない。
綱吉は泣き出した。声をあげずに、涙だけを幾つも零していく。
そうして泣いている間に、扉が開いた。だが綱吉は気付かない。
「綱吉? 遅くなったけどいるよね」
「ひっく、うく。ひっく」
扉を開いた雲雀は目を丸くした。綱吉へと近寄る。
「なに、泣いているの」
「ひば、きょうやさん、うう。ばかあ」
雲雀を認めた綱吉は先程よりも激しく泣き出した。しゃっくりあげて、雲雀を見ようとしない。
雲雀はそっと綱吉に触れようとするが、その手は振り払われた。
雲雀は言う。
「綱吉。また、誰かに何かされたの」
「ちがい、ます。違うんです」
いつもよりも柔らかい声音に戸惑いながらも、綱吉は泣くのを止める事が出来なかった。逆に悔しくて涙が出てくる。
綱吉が泣いている理由が分からない雲雀は、仕方なく隣に腰を下ろして泣き止むまで待った。
電気のついていない室内は太陽が沈むに連れて暗くなる。その中で綱吉の嗚咽だけは響いていた。
雲雀が一緒にいて、ここまで悲しいのは初めてだと綱吉は思う。いつもはこんなことはなかった。怖い目にもあったけれど、それでも傍にいられる事が嬉しかった。
だけど、ただ隣にいられるだけで満足できなくなっている。
綱吉はそれを感じながら泣いていた。
こんなに苦しいのなら、今までどおりでいたほうが良かった。でも、それではもう駄目なのだ。
確かに沢田綱吉は雲雀恭弥に恋をしている。
そして完全に日が暮れる頃に、綱吉の涙も収まってきた。雲雀は立ち上がり、タオルを取ってくると綱吉に差し出す。綱吉はそれを受け取って涙を拭いた。
雲雀は綱吉が落ち着いたのを見て、再度質問する。
「誰かに泣かされたの?」
「・・・・・・そういえば、そうなります」
綱吉はタオルに顔を埋めながら答えた。そのとき、雲雀の表情が僅かに固くなるのを見る。
「だれ」
尋ねてくる声も、不穏な響きを纏っている。だが綱吉は答えないでいた。いまここで、雲雀が時間通りに来なかったからというのは恥ずかしい気がしたからだ。
「誰なの、綱吉」
「雲雀さん。ジンクスって知ってます?」
雲雀の言葉を遮って綱吉は聞いた。雲雀は首を横に振る。綱吉は少しおかしくなった。悲しい気持ちが、僅かに晴れる。穏やかにすらなりそうだ。
綱吉はゆっくりと喋りだした。
「今日、京子ちゃんに聞いたんです。下校時刻の鐘がなる間に好きな人に告白すると、恋が実るって」
雲雀は今度ははっきりと分かるほど眉をしかめた。そのような馬鹿げたジンクスが伝わっているのが、気に障ったのだろうか。
雲雀は言う。
「それと、君が泣くのがなんで関係するの。もしかしてふられたから? あの野球馬鹿や爆弾男に」
「違いますよ」
「じゃあその女子とか、他には」
綱吉に関わる人間の名前をあげはじめた雲雀を見て、綱吉は不思議な気分になる。雲雀は色恋沙汰なんてくだらないことで済ますはずだ。なのに、どうしてここまで拘るのだろう。
そこまで考えて、自分の都合のいい方向にまた頭がいこうとした。左右に振ってそれを抑える。
まさか、雲雀が嫉妬なんてするわけ無い。それでも複雑な様子の雲雀に綱吉は期待をしてしまう。
「ねえ綱吉。誰に振られたの」
「振られてなんていませんよ」
告白すらしていないのに、どうして振られることが出来るのだろう。ただ恋が実る可能性が低くなっただけだ。
雲雀は綱吉の言葉を別の意味で受け取ったのか、また尋ねてくる。
「じゃあどうして泣いてたの」
綱吉はなんて答えるか迷った。正直に言うか、誤魔化すか。どうしよう。そして雲雀のほうを見ると、今まで見た事が無いほどに真剣な顔をしていた。それを見ると今までの躊躇いが、とてもくだらないことに思える。
例え振られたとしても、雲雀は戦闘相手として綱吉を見捨てないでいてくれるだろう。だったらいい、一緒にいられるのなら。
綱吉は微笑んで言う。
「ヒバリさんに、告白したかったんです。ジンクスを使えば少しでも振り向いてくれるかなって思って」
でも、駄目だった。そう続けようと思ったのだが、それより先に雲雀が溜息をついた。
「くだらない」
「え?」
「そんなものに頼る必要なんて無いのに」
雲雀の言葉に、綱吉は顔を赤くした。どういう意味なのか、また勝手な期待をしてしまう。タオルで覆って赤くなった顔を隠すが、心臓がまた激しくなるのはどうしようも出来ない。
「なにやってるの」
雲雀は綱吉の手からタオルを奪った。
今度は手で隠そうとするが、それよりも先に綱吉はソファに押し倒された。両手も押さえられて顔を隠す事が出来ない。このような時にも、やはり性別の違いを感じてしまう。
自分を抑えられる。雲雀は男性なのだ。
押し倒した姿勢のまま、雲雀は言った。
「ねえ綱吉。教えてよ。君は、誰が好きなの」
「え、っと、その」
「綱吉」
真っ直ぐな黒曜石に射抜かれた気がした。綱吉は涙を浮かべながら、答えた。
「恭弥、さん、です!」
それと同時にいままでかかっていた力が無くなる。清廉な香りが濃くなり、温もりを感じる。
抱きしめられたと気付いたのは、肯定の言葉を囁かれてからだった。


遠回りのジンクス




頂いてしまいました。頂いちゃいましたよ憧れにもほどがある大先輩の成瀬さんに!(大興奮)
どうしようどうしようどうしようこんな素敵小説私なんかが貰っちゃっていいんでしょうか?!
いえ返せといわれたら泣いてすがりますけど!!(え
素敵すぎるツナが可愛い雲雀さんがかっこいいビバ幼馴染!!
相互だけでいただけるなんて!!私まだ成瀬さんのリクさえクリアしてないのに!(爆)
本当に本当に本当にありがとうございました!!!(土下座)



2007.9.2

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