「ねえ、奈々」
「どうしたの恭ちゃん」
「綱吉は女の子?」
「ここ、沢田綱吉の家だよね」
その日の戦闘後、気を失ったまま目を覚まさない沢田綱吉を本人の自宅まで連れてきていた。
本当ならば勝手に入っておいていきたいが、残念ながら部屋の場所までは知らない。
道路に面した窓が見えて、もしあそこがそうなら今度からはあの窓から出入りしようと決める。
仕方がないので大人しく玄関の呼び鈴をならした。こんな正攻法は久しぶりだ。
はーい、と明るい声がして、玄関先に出てきたのは、どこか綱吉の面影がある女性だった。
家族なのだな、となんともなしに思う。なかなかに若かった。姉だろうか。
「ええツッくんの家はここよ。まあ、初めまして綱吉の母です、こんにちは。ツッくんのお友達?」
念の為、沢田綱吉の家であることを確認したのだが、母、という台詞に一瞬止まった。驚くべき童顔だ。
綱吉は年齢をさしおいてもやたらと幼いと思ってはいたが、どうやら血らしい。
しかし。
(友達?)
それは違う、と否定したかったけれど、他にどういう関係なのかとはすぐには思いつかなかった。
そうこうしているうちに綱吉の母である女性は、すっかりそう結論づけてしまったらしく、
自分の子の訪問者に、やたらと嬉しそうにしている。
「あら、どうしちゃったのツッくん」
「・・・・・・寝てる」
背におぶされている子どもをみつけて、驚いたように問われた。
答えは嘘ではない。寝ている理由はおそらく彼女の考えているような平和な理由ではないが。
「ま、ごめんなさいね、迷惑かけちゃって。ありがとう」
「別に」
「ツッくんにこんな風にわざわざおぶって連れてきてくれるようなお友達ができて嬉しいわ〜」
家に友達を連れてきてくれるのも初めてだし!
連れてくるとは少し違う気もしたが、あまりにも本当に嬉しそうだったので、なんとなく何も言えなかった。
よくわからないが調子の狂う相手だ。
(なんでこんなことになっているんだろう・・・・・・)
もうその問いを何度自信にしたことかわからない。結局あの後綱吉の母親―――奈々というらしい、に
ゆっくりしていって!ツッくんもそのうち目がさめるでしょうし!
と強引にも引き止められて、ずるずると沢田邸にとどまっている。
お互いの自己紹介まですませてしまった。困った。
「恭ちゃん、お菓子食べる?」
「・・・・・・いいよ」
名前を教えるとすでに呼び方が決定していた・・・・・・これには珍しくわりと本気で困った。
なんだか手持ち無沙汰で、すぐ傍で気を失っている綱吉を見やる。
綱吉は目が覚めたらすぐわかるように同じ部屋、居間に寝かされている。
折りたたんだ座布団を枕代わりにして、その寝顔は安らかだった。安心しきっている。なんとなく新鮮だった。
この子どもはいつも怯えているか呆れているか嫌そうな顔ばかりである。
なのに、自分がやってくるといつも嬉しそうな顔をするのだ。
それが不思議でならない。
争うことなんて嫌いなくせに、その為にやってくる男を笑顔で迎える。
その上傷をつけたら自分の傷以上に気にする。
そもそもこちらが仕掛けているのだとう事実は、この子どもには関係がないらしい。
(・・・・・・変な子)
普通逆ではないのか。自分の傷を気にするのが当たり前だ。なぜならこの子どもは。
(ああ、そういえば)
「ねえ奈々」
「なあに恭ちゃん」
「綱吉は女の子?」
その質問に奈々は内心非常に驚いていた。
確かに自分の子は女の子だ。けれど男として育てていて、周りもそう思っているし、格好や仕草も
徹底させてきたから、見た限りでは男の子にしか見えない。
別に着替えるところを見たわけでもないのだろうに(そんなことがあったら娘は大慌てで報告してくるだろう)
どうしてわかったのだろう。
「ええ、そうなの。でも事情があって男の子ってことになってるから、誰にも言わないでね」
「ふーん・・・・・・わかった」
迷ったあげく、正直に答えてみたが、返事は普通だった。
どうやらそれは疑問ではなく確定事項であったのか、これといって驚いた様子はない。
雲雀にとって綱吉の性別がどうだとか、そんなのは大したことではないらしい。
もしかしたらそれは、確認よりも、雲雀がその事実を知っているということを奈々に
報せる為だけの質問なのかもしれなかった。
あるいはどこまで知っていてよいのかを確認する為の。
しっかりしている言葉に薄々感じてはいたが、信じられないくらい頭のいい子だ、と奈々は思う。
「それにしてもどうしてわかったの?」
「なんとなく。勘みたいなもの」
「恭ちゃんはすごいのねえ」
心底感心する。
(それにしても、これって実はかなり素敵な話なんじゃないかしら)
ツッくんは何故か友達がいないらしい。少々気弱でおばかな所はあるけれど悪い子ではないのに。
それが奈々は心配だった。だから今日雲雀が家にきてくれて(しかも娘をおんぶして!)
本当に嬉しかった。やっと友達ができたのだと歓喜したのだ。
おまけにしっかり者で頭がよくて、この年齢でもわかるほど顔立ちは整っている。何より頼りになりそうだ。
そんなツっくんの唯一の友達が本当のつっくんをわかってくれるなんて、
それこそ、ものすごく嬉しいことではないか。
「ね、恭ちゃん。やっぱり女の子が男の子のフリして生活するのって結構大変だと思うの。
だからね、そういうことでツッくんが何か困ってたら、助けてあげてね、お願い」
自分は親だし、もちろん綱吉を愛していて力の限り助けはするけど、子どもには子どもの世界があって、
そういうところでは、きっと自分は役に立たないのだ。だからこそ頼みたかった。
口調こそ軽いが、その言葉には奈々の希望、願い、様々なものが託されている。
雲雀は奈々の台詞に一瞬驚いたようだったが、
綱吉を一度見やって少し何かを考えた後、ポツリと言った。
「気が向いたらね」
その声色にはどこか諦めと、それから少しだけ、優しさがまじっているように思えて、何故か奈々は泣きたくなった。
そしてその日から、奈々の楽しみの中に、ある項目が増えたのである。
ある素敵な案が浮かんだのだ。
せっかく娘ができたというのに男の子としか育ててあげられなくて、
下手するとずっとそれは隠し通さないといけないものだったから、
もしかしたらつっくんは一生誰とも付き合えないのかしらなんて不安に思ったこともあったが。
そんなものはどこかにふっとんだ。
今頃宇宙のどこかにただよっているかもしれない。そう、ブラックホールの近くとか!(どこにあるのかは知らないけど)
それぐらい奈々にとってはこれは名案だったのだ。
だって奈々は知っている。
あの日から数ヶ月ほど。時々雲雀がうちにくるようになった時気づいた。
娘は雲雀が好きなのだ。
雲雀の話をするときは楽しそうだし、奈々と雲雀があまり仲がいいと複雑そうな顔をしているし、
迎えにきたり、時々眠って帰ってきた後、起きた時雲雀がいると嬉しそうだ。
本人にはまだ自覚はなさそうだったし、
雲雀の方はどうだったのかも知らないが、母親の勘がそう告げていた。
そう、単純な話である。
雲雀と綱吉がくっつけばいいのだ!
今はどこかで石油を掘っていると言い張っている泥の男が聞いたら、泣いてやめてくれと懇願しそうな案である。
でも奈々は本気だった。
あまり積極的ではない娘をひっぱって毎年チョコを作ったり、
祝ってあげたいからと言って誕生日を聞き出させたり、
ご飯を食べていってと誘ってみたり。
その甲斐あってか2人の交流は思春期に突入した今でも続いている。
不器用ながらも娘を大事にしている雲雀の姿はなんだか微笑ましい。
そんなこんなで、奈々の頭の中の想像では「付き合う」を通り越して、「娘さんをください」と挨拶にくる雲雀だとか、
はてはいつか生まれるであろう孫のこととか、すでにとんでもない域に達しているのである。
そんな母親の奮闘むなしく、
張本人達は相も変わらず無自覚鈍感を驀進中であり、小学校6年間、そして中学に入ってからも
お互い告白するどころか、自覚する気配さえもなかったりするのである。
母親の想像に本人達がおいつく日は、まだまだ遠い。
ママン最強伝説。(さいきょう、と打って真っ先でてくるのが最凶な今日この頃)
でもママンが決意している日にはすでに2人は無自覚両思いだというさらに困ったオチ。
お前らさっさとくっついちゃえよ。(お前が言うな)
ママンはまさか中学生になってもお互い自覚してないなんてきっと思ってません。
・・・・・・ツナがでていないけどひばつなといいはりたい。