そんなに人がこないゴミ捨て場近くの校舎裏。その日俺がそこへ居合わせたのは偶然だった。
本当に偶然だったのだ。たまたま通りすがって、たまたま群れを咬み殺している風紀委員長様を見つけて、
必死で巻き込まれないようにたまたまその場の物陰に隠れた。
そして狩りが終わり立ち去るのを確かめようと恐る恐るその現場をのぞいていたのである。


それが失敗だったのだと、俺はその後心底後悔した。




しらないでいたかったことがあります



「ヒバリさんの馬鹿っ!」
「君に言われるほど馬鹿になった覚えはないよ」

思わず確かに。と同意してしまった。
だってそれを言ったのはダメツナで有名な沢田。手にはゴミ袋を持っていていつも通り掃除でも押し付けられたのだとわかった。
一応俺のクラスメイトにあたる。運動も勉強もできなくて、容姿も普通。何をやってもとろい。そいつに馬鹿なんて言われたら。
おまけに言われたのは気に入らない相手は問答無用で咬み殺す、恐怖の風紀委員長様。
ってまてオイ?!ダメツナお前ヒバリさんになんつーことをーーー?!
(死ぬ気か?!)
クラスメイトを見殺しにするのは後味が悪いが、
だからといってヒバリさん相手に助けてやろうだなんて思わない。まったくちらりとも思わない。
そうなったら最後、群れていると判断されて、俺だって殺されてしまう。
誰だって自分の命は惜しい。悪いなダメツナ、墓ぐらいは作ってやるぜ。

「いーえっ馬鹿です!いやそりゃオレは馬鹿ですけどヒバリさんも馬鹿なんです!」

まだ言うか!
正直俺はダメツナの正気を疑う。普段はあれだけおどおどしておとなしいのに、
あのヒバリさん相手にこんな台詞をはくなんて、その先にまっているのは死だけだ。
「・・・・・・いい度胸だね。咬み殺されたいの」
(ひぃいいっ!!!)
ヒバリさんの声は低かった。おまけにすでに群れを咬み終えて降ろされていたトンファーを構えなおす。
関係のない俺の方がピシリと固まる。怖い、怖すぎる。
「あーもーだから馬鹿なんです!こんな時にそんなこと!」
そんなことってお前!お前の命日だぞ?!(すでに俺の中ではそれは決定事項である)
内心もうはらはらどきどきお化け屋敷なんてめじゃないぜかっこおんぷつき。
みたいな感じの中、ダメツナこと沢田ツナー本名なんだっけとにかく沢田は更に信じられないことをのたまった。



「そんなに熱でふらふらなくせにっ!!!」



熱でふらふらなくせに―――


熱でふらふら―――


熱で―――・・・・・・






・・・・・・はい?


なんですと?


俺は思わず耳に手を当てておかしくなっていないことを確かめた。
ついでに頬もひっぱって(痛かった)夢でないことも確かめた。

今の今まで群れを元気に咬み殺していたお方が熱でふらふら?


・・・・・・どこが?


おかしい。今日のダメツナは明らかにおかしい。
そもそも狩り中のヒバリさんをみつけて、弱虫で実際弱くて咬み殺される筆頭にいるような男が、
怯える様子もなく、むしろ焦ったようにかけよっていくなんて。
しかもヒバリさんの顔を一目見るなり「馬鹿」だとか「熱」だとか恐ろしくて夜道を歩けなくなる言葉を吐くなんて。

(そうかダメツナ、お前本気でどっかおかしくなっちまってたんだな)

俺はそう結論づけた。そんな時にあの人に見つかるなんて本当に運の悪すぎる男だ。
墓参りはちゃんといってやるぜ。
先ほどより微妙に進化したことを思いつつ、あまりに不憫な男の人生を俺は哀れんだ。
だがしかし現実は時として空想より厳しい。


「・・・・・・別に大した事無いよ」


微妙にためらったような間があった後、ため息をついて。
あろうことか並盛最凶の風紀委員長様はその言葉を肯定するような台詞をはいたのである。
・・・・・・はいいいい?!あの風紀委員長様が熱?!鬼の霍乱?!痛かったけどやっぱり夢か?!
それとも天変地異が起こって明日には世界が滅ぶのか?!
普通の人間にそんなことを思っては失礼かもしれないが、
なにせ相手は『雲雀恭弥』なのだ。それだけで説得力がありすぎるだろ?!

「嘘です。絶対嘘です。そんなにふらふらしてっ・・・・・・!」
ついにダメツナは泣きはじめる。ついに自分がどれだけ恐ろしいことをしてしまったのか気づいたのだろうか。
そのわりに台詞はあれだが。それに俺はどれだけ観察してみてもヒバリさんの体調が悪いようには見えなかった。

「・・・・・・なんで君が泣くの」
「なんでって・・・・・・当たり前じゃないですか!」
「どこが」

本気でわかっていないらしい。いや俺もわかんないんだけど。
しかしその台詞にそれを言った張本人は、信じられない、といった風に目を丸くしている。
いや、俺はお前が信じらんねぇよ、色々と。
そして何かを決めたらしく、表情をひきしめた。珍しく真剣な表情だった。心なしか目が据わっている。

「・・・・・・ヒバリさんちょっと携帯貸してください」
「いきなり何」
「いいから貸してください」

(何命令してるんだよーーーっ?!)
今度こそ殺られる!と俺はクラスメイトの死を覚悟したが。

「・・・・・・」
「どうも」

心底信じられないことに、ヒバリさんはあっさりと自分の携帯をダメツナの奴に渡したのである。


(え、うぇええええええ?!)


誰だよあれ?!本当にヒバリさん?!
実は双子の兄弟とかそっくりさんとかドッペルゲンガーだとかとにかく別人だというならなんでもいいよ信じるから!
そしてさらにあろうことかダメツナはその携帯を開いてどこかに電話をかけ始めたではないか!
相手はすぐにでた。本気ですぐだった。あの速さならきっとワンコール以下だ。

「あ、草壁さんですか?沢田です」

(草壁さんきたーーーーー!!!!)
なるほどワンコール以下ででるはずだ。委員長の携帯からかかってきた電話を副委員長であるその人がすぐにとらないはずはない。
そしてそのまま慣れた様子で会話を続けている。何故に。俺は今ありえない光景を見ている。

「いえ!それは違うんですけど。ああでもそれに近いことで少しお願いがあって。ええそれが実は
ヒバリさん熱出してるみたいで、連れて帰りますから風紀の仕事を―――はい!ありがとうございます!」
「ちょっと綱吉、勝手に何を―――・・・・・・」
勝手にその後の予定を決められたヒバリさんがついに止めにはいるが相手はひるまない。
「帰るんです!」
そう叫んだダメツナは再び涙目だった。すでに通話は終了したらしく、携帯は閉じられている。


「きょーやさん前だってそんな風にほっておいて風邪こじらせて入院したくせにっ!」


(つ、ついに名前よび・・・・・・)
興奮しているダメツナは呼び方が変わったのにも気づいていない。
ああそういえば先ほどヒバリさんの方も何か聞きなれない名前でダメツナを呼んでた気がする。
あまりに聞きなれなくてダメツナを呼んだと受け取れていなかったけど。

「・・・・・・よく覚えてたね。物覚え悪いくせに」
ちっ、という舌打ちが聞こえてきそうだった。やはりダメツナを知っている口ぶり。
しかし俺はそれどころではなかった。入院、ヒバリさんが風邪をこじらせて入院・・・・・・。
「覚えてるにきまってるじゃないですかっ!
オレ、きょうやさんに何かあったらどうしようって本当に心配してっ・・・・・・!!」

(し、心配・・・・・・なんてあの人に似合わない言葉・・・・・・)
だがダメツナは本気らしく、その時のことを思い出したのかぼろぼろ泣き出した。(ええー)

「きょうやさんそういう時に限ってオレのことさけるしっ・・・・・・」
「・・・・・・別にそんなことは」
「あります!」
「・・・・・・」

ヒバリさんは口ごもった。どうやら図星らしかった。
一体全体どうして体調が悪いとダメツナを避けるというのだろう。
わからないほうが俺の精神衛生上良い気がした。

「これ以上悪くなる前に帰りましょう!オレついていきます!」
「ちょっとまって。百歩譲って帰るとしても綱吉はついてこなくていいよ」
「嫌です。絶対看病しますから!」
(看病ーーーーーー!!!)
ダメツナ、俺はお前を初めて尊敬した。病気らしい機嫌のよろしくないヒバリさんの傍に進んでいるなんて、
なんというあふれんばかりの勇気だ。
「必要ないって言ってるでしょ」
それでもダメツナは負けなかった。まだ返していなかった携帯を再び開き、どこかへの番号を押し始める。


「きいてもらえないなら母さんに恭弥さんが熱だしてるって伝えちゃいますから!
恭弥さんなんて母さんの着替えから始まって食事は『あ〜ん』になる
恥ずかしいことこの上ない手あつ〜い看護を受ければいいんだ!」






(・・・・・・)








(・・・・・・・・・・・・)






(はぁあああああーーーーーー?!)





ああ、もう驚く出来事はないと思っていたのに。この驚きと恐怖に叫びださなかった自分を褒めてやりたい。


「わかった。わかったからそれだけはやめて」
(本気で嫌がってる?!)
いやそんなの俺だってごめんだけどていうか親公認ーーー?!2人は知り合いか?知り合いなのか?!
「わかればいいんですわかれば」
ダメツナは満足そうににっこり笑った。



その後ダメツナがちょっとまっていてくださいね、と急いで手にもっていたゴミを捨てにいくと、
ヒバリさんは本当に素直に待っていた。とりあえずまたしても目を疑った。
そして戻ってきたダメツナと2人並んで歩き始めると、途中、雲雀さんだけが振り返る。

目が、あった。

明らかに気のせいではすまされない、確実にこちらに気づいている視線。
もしかしたら初めから気づいていたのかもしれない。
それは今までダメツナに向けていた視線とは比べ物にならないほど冷たい。
視線だけでダメツナを見やって指し示すと、もう一度目を細め、

『よけいなことをしたら殺すよ』

ビクリ、と身体が大きく震え、同時に固まった。体中冷や汗が流れて、歯はカチカチとなっている。
声に出したわけではない。事実隣にいるダメツナはまったく反応していなかった。
普通なら他の言葉かもしれないとも思える。けれど確かにそう言った。絶対にそうなのだという直感的な確信があった。
俺はその時、人は言葉がなくとも意思を伝え、受け取ることができる生き物だと知った。
口の動きだけで、他の可能性なんて打ち消してしまえるほど。
あまりの恐怖に俺の身体は1ミリたりとも動かせない。
サバンナでライオンに会うよりきっと殺気にあふれているだろうその視線に、体中が冷えた。
理由なんて知らない。ダメツナと雲雀さんの関係なんてまったく知らない。
けれどその中で、ヒバリさんがダメツナに何かしらの『特別』を持っていること
そして何より、『ヒバリさんに逆らったら咬み殺される』ということだけが永久不変、俺の理解できる唯一の事実だった。
・・・・・・できればいやむしろ絶対に知りたくなかった事実だった。



そしてその日から俺は雲雀さんの忠告もとい脅迫から、
身の安全を守る為、輝かしい平和な未来の為、今日のことはそれこそ死ぬ気で忘れよう。そして何より。




ダメツナに―――沢田綱吉に、決して関わらないでおこうと決めたのだ。






とあるコメントに触発されました(爆
多分綱吉はどちらにしろ電話はしなかったかと。ママンにとられるのが悔しくて(笑)
雲雀さんは翌日には元気になりました。
たぶんそんな感じで本編入院イベントは阻止(あれ
ちなみに次の日目撃してしまった彼は学校を休んだそうです。
ギャグですよたぶん。

私信ですがこれをかくまでに散々わめきちらして迷惑をかけました
お隣のA様。本当にありがとうございました。そしてごめんなさい(爆)
ていうかこれみてるのか・・・・・・(汗

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