「ひぃっ!!ヒバリさんだ!皆離れて道を開けろ!」
学校の通路の途中、そうして恐れられている彼を見た。
つまらない。
並中に入学してから数日、オレはちょくちょく恭弥さんに会いに応接室までやってくる。
今までのように家に直接行く必要も、やってくる恭弥さんをひたすら待つ必要も無く。
気軽に会いに行けるようになったのは嬉しい。
おかげでオレが一番最初に覚えた学校の施設は応接室だ。ちょっとおかしい。
授業で使ったりもしないし、他のことでも普通なら縁のない場所なのに。
ここまでの通路は一般の生徒達は恐れて寄り付きもしないから、見つかる心配もなくて楽だ。
あの人と幼馴染である事実は、知られるとなんだか大騒ぎされそうなので、できれば隠したかった。
悪目立ちするのはごめんだ。
まあでも学校にくる目的の8割が恭弥さんに会う為であるオレは、時間があれば大抵ここにいる。
校内巡回やら街へくりだして群れの撲滅やらその他なんだか聞くのを遠慮したいような事情で
この部屋の主はいないことも少なくはないんだけど。ちなみに今日はどうやらデスクワークの日らしく、
恭弥さんは風紀違反者名簿に目を通したり、よくわからない会計簿っぽいものを確認したり、何か書いてたり、仕事中。
なので入室は許可してくれたものの、相手はしてくれなくて、オレは応接室で1人手持ち無沙汰。
手伝おうかなと思ったこともあったけど、失敗ばっかで逆に邪魔になったので今は大人しくしている。
仕事中は戦闘もしかけてこないから、嬉しいといえば嬉しいんだけど。
これなら相手をしてもらえる分まだそちらの方がましな気さえしてしまう。
話しかけようかとも思ったけれどそれこそ邪魔だと追い出されそうなので却下。
すわり心地のいいソファの真ん前。ちょうど向かいに座る幼馴染をじっと見やる。
「恭弥さん」
「何」
「隣行ってもいいですか」
「邪魔しなければね」
お許しが出たので向かいから机を回り、隣へと移動する。
30センチほどの間を空けて腰を下ろすと、何の反応も示さない人の横顔。
手にしている書類を覗き込めば、自分にはやっぱりさっぱりわからない言葉の羅列。
ああ、暇だ。そしてつまらない。
中学に入ってから初めて恭弥さんが委員会の仕事をしている姿を見た。
群れている人間を片っ端から咬み殺すはた迷惑な趣向はあるけれど、基本的に
恭弥さんは風紀の本来の仕事も真面目にこなしている。
並中でどの委員会が最も仕事をこなしているか調べたなら、色々問題はあっても風紀と返ってくるだろう。
彼は彼なりに、風紀の仕事に誇りをもっているらしい。
遠い、と思う。
今までこの人と会う時は主に戦う為で。
だからこの人は目的である自分以外へ意識を向けたりはしなかった。
並盛の中で、ヒバリ、と聞いて知らない人間はいない、この街の秩序。
でも本人の姿を知っている人はそんなに多くなくて。だから気づかなかったのかもしれない。
なんとなく、この人を知っているのは自分と、母親と、それから草壁さんだけのような、
そんな馬鹿馬鹿しい思いがどこかにあったのだ。けれど。
この人は想像以上にすごい人で、想像以上に、遠い存在なのだ。
ここでは学校中で顔まで知られていて、誰からも恐れられていた。
この人が通れば道をあけ、人と離れ、まるで凶暴な肉食獣にするように怯え。
誰も逆らわないし、逆らえない。ヒバリ、と呼ばれ、群れを咬み殺し、風紀を正す。
草壁さん以外のたくさんの風紀委員の人がつき従っている姿も見た。
皆だってこの人を心底恐れながらも、それでもその強さ、すごさに憧れや尊敬もあるのを知っている。
いざという時、とても頼りになることを知っている。
今まで接してきた幼馴染の恭弥さん、ではなく、それは確かにヒバリさん、だった。
悲しかった。あるいは寂しかった。
今まで当たり前のように接していたことが、なんだか遠い現実のような気がして。
運動も勉強も何をやっても駄目なオレが、こうして一緒にいることが、ひどく不釣合いな気がして。
オレは何故か恭弥さんが相手の時だけは戦えるけど、でも、それだけだ。
それもなかったらオレはあの日、この人に咬み殺されて、そのまま興味を失って、記憶の片隅にだって残らなかった。
それが今更、とてつもなく恐ろしくなる。
悪目立ちしたくない、なんてただのいい訳だ。
違う、そんな慣れてしまえばどうってことないことなんかではなく。
ただ、怖かっただけだ。
知られて、なんであんなのが雲雀さんといるんだ、って言われることがとてもとても怖かっただけだ。
嫌で、考えるだけで悲しくて。
自分がこうして会いにくることで、実はヒバリも大したことないんじゃないかと、思われることが嫌で。
こうして一緒にいることを否定されてしまうのが恐ろしくて、怖くて、嫌だった。
本当はきっと、オレが呑気に恭弥さん、なんて呼んでちゃいけないのかもしれない。
入学数日で、夜も寝れないぐらいもう何度考えたかわからないそれを再び思って、悲しくなる。
やっぱり恭弥さんは仕事中。
仕方ないので、しばらくの間、無駄に整った幼馴染の横顔を見ていたが、やがて意識がふわふわとし始めた。
視界がぼやけて、狭くなっていく。ああ自分は眠いんだ。暇だし、つまんないし、最近悩んで安眠できてないし。
どうせまだ終わりそうもないし、寝ていてもかまわないだろうか。
ああ、でも、これだけは言っておかなくては。
「きょうやさん・・・・・・」
「うん」
恭弥さんの目は書類をおいつつ、しかしきちんとこちらの話は聴いてくれている。それを知っている。
「おれ・・・・・・これ、からは・・・・・・ひとがいるところではきょーやさんのこと
ひばりさん・・・・・・てよびます・・・・・・ね」
眠気であまりまともに思考が続かなかった。
伝えようと思っていた言葉はきちんと相手に伝わっただろうか。
自分が馴れ馴れしく呼んではいけないと思ったからなのが一番なのは本当だ。でも少しは。
ほんの少しは、あまり相手をしてくれない、遠くなってしまった存在への当て付けだと、気づかなければいい。
頭の片隅でそんなことをつらづらと思いながら、そうして綱吉は意識を手放した。
こてん、と肩にかかる重みに横を見やれば、うつらうつらと今にも眠ってしまいそうな子ども。
「おれ・・・・・・これ、からは・・・・・・ひとがいるところではきょーやさんのこと
ひばりさん・・・・・・てよびます・・・・・・ね」
それだけ言うので限界だったのか、次の瞬間にはそれは寝息に変わっていた。
こちらの肩に頭を預けながら、ちゃっかり熟睡状態だ。
しかし雲雀の内心はそれどころではなかった。
「何それ」
別に自分を何と呼ぼうが子どもの自由だ。(いや変な呼び方をしようものなら咬み殺すが)
自由、なのだが。
(・・・・・・おもしろくない)
大体今までそう呼んできたのだし、今更変える必要がどこにあるというのだ。
そう思って子どもに向き直ろうとすると、重心がずれたのか肩にもたれていた子どもの頭が
ぽすん、と雲雀の膝の上にずれ落ちた。膝の上に子どもの頭のわずかな重み。
「・・・・・・」
まあいいか。なんだか気分がそがれてしまって、そのまま子どものクセのついた髪をすく。
ふわふわとしたそれは、思っていたよりも柔らかい。
「きょー・・・・・・や、さ・・・・・・」
子どもがなにやら寝言で自身の名を呟く。どうやら夢の中では名で呼んでいるらしい。ため息をついた。
「まったく。そう呼びたいならそう呼べばいいのに」
変な子。
そう思いつつも、手の動きは変わらない。左手で持った書類に目を通しつつ、
右手はそのまま子どもの髪をすいたり、頭をなでてみたりする。
しばらくして草壁がその日の報告をしにきて驚愕するまで、なんともいえないその状態は続いた。
ちなみにそれから、人前でだけ苗字で呼ぶなんて器用なことのできない子どもは、
結局2人だけの時もヒバリさん、と呼ぶようになり。
それにやはり雲雀はおもしろくない、と思うのだった。
実は密かに呼び方変換されたことを気にしていた雲雀さん。(爆)
ツナはもちろん雲雀のことであまり大騒ぎになって目立ちたくないっていうのも
あるし、馴れ馴れしくしちゃ駄目かなーっていうのもあるんですが、
本音は寂しかったからだったりちょっとあてつけ。
名前呼び変換の素敵ヒバツナがたくさんある中で、何故か名前が苗字になって
後退してしまうのが私のヒバツナ・・・・・・何故に(汗)
え?もちろん無自覚ですよ。(真顔)
いつになったら前進してくれるのか、私にもさっぱりです。(おいおい)
次は草壁さん視点。
2007.8.19