「草壁」
「はい」
「放課後、ついてきて」
それは自分が風紀委員の副委員長という立場となって、少したったころだたろうか。
風紀委員室として割り当てられた応接室。自分と風紀委員長である主しかいない部屋の中で。
その日の違反者、罰則についての報告を終えた際に、唐突にそう言われた。


珍しい、と思ったのだ。


人と群れることが嫌いで、基本1人で何でもできる主が、自分をわざわざ連れて行くとは。
「何かあるのですか」
だからよほどのことがあるのだと思い、事前の気構えや準備の一環として問いかけると、想像もしなかった答えが返ってきた。
「会わせておきたい人間がいるから」
今度こそ草壁は目を瞠り、自分の耳を疑った。
歩く傲岸不遜、唯我独尊、群れを見れば咬み殺し、血路を進む並盛最強の風紀委員長、雲雀恭弥が。
人との交流などまったくないような主が、自分を人に会わせるという!
「・・・・・・どのような方かお聞きしても?」
「・・・・・・幼馴染」
雲雀は一瞬何と言おうか迷っているように口ごもる。
言いたくないというよりは、なんと言うべきなのか解からないらしく、視線を彷徨わせ、少し考えてから呟いた。
「それは、また」
いたんですか、という言葉はなんとか飲み込んだ。
迂闊な言葉を発するようでは雲雀の補佐などやってられない。
それを熟知している優秀な部下である草壁は、内心の混乱と驚きを賢明にも表にはださなかった。




ちゅうかんかんりしょくはたいへんらしいです






驚いた。
とりあえず、驚いたとしかいいようがない。
雲雀に連れられていった先にいたのは、草壁が想像していたような人物とはまるっきり違っていた。
あの委員長と幼馴染なぐらいだから、物静かで無愛想でとにかく自信に溢れていて
何事にも動じない、なんというかいかにも強そうな屈強な相手だと思っていた。

が。

明らかに平均より低い身長、全体的に細すぎる華奢な体躯。
つんつんとあちこちはねているクセッ毛なふわふわした琥珀色の頭。
草壁を恐る恐るといったふうにびくびくしながら見ている大きな瞳。
小学生だろうか、年齢不相応に大人びた委員長と比べると、いかにも子ども、と定義づけたくなるほど弱弱しく、幼い。
(―――これは)
いかにも委員長が嫌う草食動物、というのではないだろうか。
だが委員長の話ではどうやらこの子ども――沢田綱吉、というらしい――は委員長と互角にやりあえる力をもっているとか。

信じられない。

いや、あの委員長がそんなことで嘘をつくはずがないのはわかっている。
わかってはいるのだがとてもじゃないがこの子どもは強そうには見えない。
挨拶をした限りでも、どうも常識人らしかった。極めて普通の一般人。
(むしろ風紀委員が一般人ではない時点で色々おかしいのだがそれは棚に上げておく)
おまけに雲雀どころか草壁にさえ怯えている。
そんなんで委員長と戦ったりなどできるのだろうか?
言われた使命をまっとうしつつも、その疑問は消えてはくれなかった。

けれどそう半信半疑で見張りをしていた中、戻ってきたかの人には、
確かに服のすそが破れていたり、白いそれに足跡のような土の汚れ。(きっとあの下には打撲痕があるのだろう)
そんな、あちらこちらに戦闘痕があって。
その表情が。
その痛みさえ満足気に口の端をつりあげ、上手い獲物を食した後のような獰猛な獣のような、壮絶な笑顔で。


背筋が粟立った。


確かに委員長は戦う事が好きだ。戦闘狂と言ってもいいだろう。
けれど咬み殺す相手はほとんどが草食動物であり(時々暴力団やらなにやら堅気ではない連中もいたりするが)
どんな相手だろうと圧倒的な強さでもって屈服させてきた。
それは確かに楽しそうではあっても、正直、満足していなかったのを知っている。
ある種年々人間離れしていくこの人をおもしろがらせるほどの相手がいない。
そもそもこの人は選り好みが激しく、ただ強いだけの相手では一度咬み殺せば興味を失うのだ。
だから、こんなにも嬉しそうな様子を見るのは初めてだった。
そうしてその日初めて、自分は沢田綱吉に興味をもったのだ。




あれから結構な月日がたった。その日は並中の入学式で、風紀用に作られた新入生の資料をまとめつつ、
新入生に並中の風紀委員について知らせる為にも、しばらくは特に風紀を厳しくしなければなどと
考えながら応接室に向かっていた折。やってきたのは大分見慣れてきた琥珀の子ども。
「そうか、今年入学だったのだな」
だいぶ幼い印象を受けていたのに、自分達とひとつしか年齢の差がないことを、改めて感じた。
「はい、やっとおいつきました」
恭弥さんに。そう言った沢田の声は、こちらが驚くほどに穏やかで、嬉しさがにじみでていて。
更には少し頬を染めながら、はにかむように、こらえきれない笑みをこぼした。

その表情に思わずはっとする。
いつもの困ったような雰囲気ではなく、それはまるで。
(いやいや、俺は何を考えているんだ・・・・・・!)
これは仲の良い幼馴染と同じ学校にいけることを喜んでいるだけなのだそうに違いない。
と己に言い聞かせ、無理やりその思考を消去する。
他愛もない話をぽつぽつとかわしながら、それが不自然ではなくなっている自分を自覚して、
草壁はこの子どもと交流するようになってからのことを考えていた。




「オレ、正直言うと恭弥さんが草壁さん連れてきたとき驚きました」
いつだったか、沢田は内緒ですよ、と苦笑しながら教えてくれた。その声色はほとんどが尊敬の色をはらんでいたが、
時折少しだけ、悔しそうな色をのぞかせていたのを覚えている。
「恭弥さん群れるのが嫌いで相当難しい人なのに、自分で連れてくるなんて。
補佐としてでも傍にいること許してるって。それぐらいすごく草壁さんを
気に入ってるというか・・・・・・信頼しているんだなぁ、って。すごいことです」
沢田は自分の中の思いをどう言葉で表せればいいのかわからなかったらしく、
それはある種の独白のようだった。
当初あれだけ草壁に怯えていた子どもは、半年ほどたってからは、みかけたら挨拶をしてきたり、
雲雀がなんらかの理由でいなければ2人だけで言葉を交わしながら待つ、という空間が気まずくない程度には
草壁の存在に慣れてきている。そんな子どもが言った台詞に、驚いて声も出せなかった。
「・・・・・・それは、こちらの台詞だ」
そう、こちらこそあの瞬間の衝撃は忘れられない。
あの傍若無人を絵に描いたような人が引き合わせた相手は、いかにもひ弱そうな子どもで。
草壁が子どもに会って一番驚いたのは、何よりあの人を「恭弥さん」と名前で呼ぶことだった。
初めて聞いたときは一瞬誰のことを言っているのか理解できなかった。
それがかの人の事だと気づいた瞬間、草壁は迂闊にも思考が停止したのだ。
あのプライドがやたらと高くて、人に馴れ馴れしくされるのを毛嫌いする人が名前を呼ぶことを許している事実。
更にはあの人自身が子どもを「綱吉」と名前呼び。驚くなというほうが無理がある。
あの人は基本的に人の名前を呼ばない。たいていの場合「君」だとか年上なら「あなた」だとか彼、彼女、だとかの代名詞で、
場合によっては茶髪の、とか眼鏡の、だとかの形容詞。どうしても名前で言う必要がある時にはフルネームだ。
草壁は己が風紀委員の中ではまだ一番認めてもらえていると自負している。副委員長という地位についていることこそが証拠だ。
初めて「草壁」と個別の名前で呼ばれた時は感動してしまって、その信任に恥じぬよう、
これからも委員長のお役に立つ為日々精進しようと誓ったものだった。
そう、そうしていわば例外的に認められ、ある程度許容されている草壁でさえ、苗字止まりなのだ。
当然のように名前で呼ばれている子どもの特別さは想像に難しくないだろう。
幼馴染なのだからそれが普通だと言うかもしれないが、あの人はもし幼い頃からの知り合いが他にいるとしても
「幼馴染だから」という理由で名前呼びを許すほど譲歩するなどないような気がする。
つまるところ、たぶんおそらくは、あの人は戦えること以外でもこの子どもを随分気に入っているのだ。
友人、というにはいささか物騒な関係な部分もあるが、仲がいいのは間違いがない。
草壁自身、この気弱な子どもは嫌いではなかった。
滅多にこちらに怯えなくなった子どもの傍は、何故か不思議と居心地がいい。
というか、時々委員長に対する愚痴を言い合ったりだってするし、それこそ友人と言ってもさしつかえない。
委員長がまともな人間関係をもっているという事実にも感動した。
それはあまりにも遠すぎた存在が、確かにきちんと自分達と同じ部分も存在する人間なのだと知って、安堵したのかもしれない。
応接室へ行くことに躊躇してみせる姿にかけた「大丈夫」は、口調こそ推測のようだったが、内心では確実だと思っていた。
基本的に委員長は、唯一この子どもだけは咬み殺さない。
本人達は気づいていないようだったが、かの人は相当この子どもに甘いのだ。


(そう、甘い・・・・・・)


回想から帰ってきた草壁の目の前には、それをしみじみと思い知らせる光景が広がっていた。
辿り着いた応接室で、委員長に入学への祝いの言葉をかけられて、沢田は心底嬉しそうに笑っている。
あの委員長が、あの恐怖の雲雀恭弥が。祝福の言葉を・・・・・・!!
またしても遭遇した信じられない情景に、色んな意味で少し涙ぐんだ。
こちらの存在を忘れられていることなんていつものことなので気にしない。気にしないったら気にしない。

気にしない、のだが。

(やはりやっぱりそうなのか?!)
実は最近、草壁はとある誰にも言えない悩みを抱えている。
先程子どもと連れ立って歩いていた際感じたことが、また頭をよぎった。あの時―――いや、正確にはあの時だけではないのだが。
委員長のことを話していたり、先程のように委員長に嬉しいことを言われたとき、沢田はああいう表情をする。
嬉しそうなのは当たり前なのだが、はにかむというか、恥ずかしそうというか、我慢しているけれど思わずもれてしまったというか
赤くなってうつむいてしまったりだとか、妙に可愛らしい。それを見ていつも草壁は思うのだ。そうそれはまるで。

恋する乙女のようだ、などと。

沢田は華奢だし顔立ちも男っぽくはないから、そんな表情をしても違和感は無いが、
それを口にするのはあまりに沢田に失礼だろう。内心こっそりわびておく。
けれどどうしてもその考えを打ち消すことができない。

いつもいつも、まさか、とは思う。
そんなことがありえるのか、とも思う。
けれどやっぱりそう思う。

まさかまさかまさか。沢田、お前は!


(委員長をお慕いしているのか?!)


その考えに辿り着いてしまってから、否定しようとすればするほど、それを肯定する要素ばかりがみつかってしょうがない。
雲雀をみる熱を含んだ目線だとか、話しかけられるとぱっと嬉しそうにする様子だとか、争いは嫌いなのに雲雀を許容する理由だとか。
いつもはただの小柄な少年である沢田は、委員長がからむと照れたり赤くなったり、まるで少女のようだ。
一体どうすべきなのだろうか。
そう、草壁はひたすらそのことについて悩んでいる。
沢田はかわいい弟分のようなものだし、できることなら応援はしてやりたい。

しかし相手は「あの」雲雀恭弥で、おまけに男同士なのだ。

尊敬はしているし、一生ついていく覚悟もあるが、恋人としてすすめられるかといえば別問題な人物だということは、草壁とてわかっている。
人として、素直に応援していいものか、非常に悩みどころだ。
倫理やらこの先の苦労を考えるなら止めてやるべきだろうが、あの幸せそうな表情を見ると、
どうしても応援してしまいたくなるのが情である。

沢田の将来を考えて諭すべきか、素直に情にながされるべきか。

そうして、風紀副委員長を勤める優秀な男は、真剣に悩んでいた。
















結論から言ってしまえば、その答えはすぐにでた。


というか、杞憂にも程があった。


入学式から数日。応接室にやってくるのが当たり前になった子どもは、今日も今日とてやってきている。
それだけなら先ほど言った通り当たり前のことになってて不自然ではない。
だから気にしているのはそれとは別のこと。子どもの今の状況である。
自分は何か悪い(というのかは微妙なところだが)夢でも見ているのだろうか。
目の前には件の沢田と、主である男。
ただし。
(ひ、膝枕・・・・・・?!)
思わず持っていた書類を取り落とした草壁に罪は無い。ばさばさと床に落ちる音がして、ひらひらと最後の一枚が静かに地にとどいた。
子どもはかの人の膝の上で気持ちよさそうに寝息を立てていて、膝枕をしているほうといえば
顔こそ風紀の書類に向いているものの、その手は子どもの髪の毛をすいている。

見ようによってはとてもなごやかな光景だった。



そう、それを生み出しているのが我が主、雲雀恭弥でさえなければ。



幼馴染だと言っていた。
確かに、本人はそう思っているらしかった。
だが。
だがこれは。この雰囲気は。

この2人の仲の良さに慣れているはずの草壁さえ硬直してしまうほどの甘さをふくんだ空気は一体どうしたことか。
なんともいえない居心地の悪さに、背筋に冷や汗が流れるのを感じる。その間にも脳内には思考が猛スピードで流れていく。

沢田の気持ちはすぐにわかった。何故なら基本的に顔に出る性質で、非常にわかりやすいからだ。
委員長の気持ちはわからなかった。相当の好意を持っているとは思っていたが、それが恋愛感情であるかまでは判別できなかった。
元来よくわからない人なのだ。しかし。まさかまさか。
(ひょっとしてひょっとしたりするのか?!)
「い、委員ちょ」
「綱吉が」
呟きかけた草壁の言葉を、雲雀が意識的にではなく遮った。
「な、なんでしょうか」
内心の混乱を押し殺し、それでも草壁は相槌をうった。うん、と雲雀は返して再び言葉を吐き出し始める。
「綱吉が、これからは僕を苗字で呼ぶ、って」


それ、は。


「なんでだと思う?」
そう聞く委員長は心底不思議そうだった。理由がまったく思い浮かばないのだろう。
けれど草壁には、なんとなく子どもの気持ちがわかる気がした。時折、子どもが寂しそうな表情をしていたのを知っていたから。
それは多分、この人には想像もできない類の気持ちなのだ。
中学へ入り相手の知らない部分を知って、遠くなってしまうような感覚は、多分この人にはわからない。
それで自分が情けなくなって、色々なことに躊躇してしまうことも。

人は、自身が感じないこと、想像もできないことは理解できない。

見たことのない映画の感想を言えと言われてできないのと同じように。
この人は相手に知らない部分があれば全て知っている部分に変えてしまうだろうし、
そもそもそんなことを気にしたりはしないだろう。

「・・・・・・失礼ながら、委員長にはおわかりにならないかと」
けれどそんなことに決して左右されないこの人にこそ、自分達は憧れているのかもしれない。
殴られるだろうか、それも覚悟して――けれど素直な――の言葉だったのだが、予想に反して、雲雀は気分を害した様子はなかった。
ふうん、君がそう言うならそうなんだろうね、とだけ言って、再び書類に目を戻す。
もちろん、手は膝の上の子どもの頭の上で、優しげにその髪をいじっている。
子どもは無邪気に気持ちよさそうに寝ていて、平和な表情が微笑ましい。

群れを咬み殺すのが大好きで、その秀麗な姿が血に染まっていることは日常茶飯事であるその人は
けれど今この瞬間、それは確かに。
草壁はそれを感じ取って、どこか諦めにも似た息を吐き出した。
口元には微笑が浮かんでいる。



(そうだな、覚悟を決めようではないか)




この2人がそれを望むのなら。
そうだ。そもそも沢田以外に委員長と上手くやっていける人物なんてどこにいるというのか。
委員長の――そもそもこれを逃したらもうくるかわからない――春だ。おまけに相手だってそうで、脅しも強制もおこらない。
身の危険やその恐ろしさなんて、沢田のほうがよく知っているはずだ。その上で惚れている。
2人の幸せを願うなら戸惑う必要などどこにあるというのだ。そうだとも。自分は委員長のお役に立つ為にいるのだ。迷うことなど何もないではないか!


(男草壁、不肖ながらも応援しておりますので!)
2人を見守ることに決定した優秀な部下である男は、心の中でエールをおくった。



多分、時間の問題かな、と思わなくもないけれど。






標的155の草壁さんには感動しました。
もう1人で小躍りですよ!あまりのヒバツナにも
夢じゃないかと疑いましたが、草壁さんでてきていまだに
雲雀さんの部下やっててもう号泣。
ここまで見事な部下ですがよくよく考えると中学からやってるとは
限らないんですよね。草壁さんっていつから雲雀さんの側近やってるんだろう。
・・・・・・小学生とかだったら色々もうどうしましょうか。(作品的にも管理人の精神衛生的にも)
ちなみに委員長の春はむかえて10年近く。なっげえな!(爆)

2007.8.20

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