「で、あれは何、綱吉」
細められた漆黒の瞳が、真っ直ぐに怒りを込め、オレを射抜く。
身体が強張った。背中を冷や汗がつたう。

・・・・・・前略。母さん、オレピンチです。



だれにもいえないひみつです



明日からは連休に入る金曜日の放課後。
普段ならば、この後の予定をうきうきしながら考えつつ、嬉々として帰路につく時間帯。
珍しくも、恭弥さんのお呼び出しで、オレは応接室にいた。
しかしこの部屋へきてから約数分。初っ端の台詞以降、恭弥さんは一言も発さない。

カチ、カチ、と時計の音さえ聞こえるような静寂。

(き、気まずい・・・・・・!)
空気ははっきりとした苛立ちをはらみ、怒りを向ける視線と、きりきりと突き刺さるような痛みを伴う沈黙。
怖い。非っ常に怖い。
応接室のソファにふんぞりかえっているその人は、ぎろり、と形容詞さえつきそうな
目つきで、向かいに座っているオレを睨んでいる。
とりあえずあはは、と笑って誤魔化してみるが、もちろんそれで追求が弱まるほど甘い人ではなかった。




そもそもオレが獄寺君と山本と一緒にいる時に恭弥さんに遭遇してしまったのが悪かったのだ。
おまけにその場にリボーンまでいたもんだから最悪だった。
「なんだかんだでお前、まだヒバリと戦ってねーからな。いってこい」
その瞬間オレの運命は決まっていた。
タンクトップに下着一丁。
それこそ死に物狂いで逃げていた、恭弥さんの前での死ぬ気状態をそれはもう見事に披露してしまったのである。
恭弥さんは一瞬固まった。

その後のことは、はっきり言って思い出したくない。

あんなに怒り狂った恭弥さんは初めて見た。
気づけば獄寺君と山本が殴り飛ばされ地に沈んでいて、恭弥さんの目はまともじゃなかった。
我を忘れたように、けれど無表情で容赦なく次々と急所に打ち込んでいく姿、鳴り響く打撲音、舞い上がる血。

――本気で、2人が殺されるかと思った。

死ぬ気になってオレが間に入って相対し、なんとか退けて、盛大な舌打ちをして恭弥さんがその場から去った時。
あの瞬間ほど死ぬ気を怨みつつ感謝した事はない。


「君、いつから露出狂の変態になったの」
「違いますっ!!!」
カンマ1秒で否定する。これで恭弥さんに変態認定されてしまったら生きていけない。
冷めた目がオレを映している。
胸の内が抉り取られるような痛みが走った。
あれからというもの、一体何がそんなに苛立たしいのか、恭弥さんの機嫌は最悪だ。
怒りの気配がひしひしと伝わって、空気がぴりぴりしている。
「違います本当に違うんですお願いですから信じて!!!」
恭弥さんのオレよりずっと指が長く、綺麗な、大きな手を取り、両手でぎゅっと握って、必死に懇願する。
泣きそうになりながら、覗き込むように見上げながら、この気持ちが伝わるように、
真っ直ぐに目を合わせた。
「・・・・・・っ」
―――何故か、恭弥さんは一瞬固まった。苦虫を噛み潰したような顔をして、目をそらし――


ばしっ


いきなり頭を思い切りはたかれた。
「いたっ!な、何するんですかヒバリさん・・・・・・!」
「・・・・・・よくわからないけど、物凄くずるいことをされた気がして気に食わない」
「意味わかりませんから!」
けれどその言葉に先程の怒りはみられない。
言っている意味はさっぱりだけど、八つ当たり――というのかは微妙だが――で、少しは気がすんだのかもしれない。
反論してはみたけれど、内心オレはへたれこみそうなぐらい安堵していた。


「死ぬ気弾?」
「はい。そうらしいです」
「・・・・・・最近君の周り、ふざけた話ばっかりだね」
貴方も充分その括りに入りますけどね。という言葉は懸命にも口にしなかった。
確かにその通りだし。赤ん坊とか幼児のヒットマンとかマフィアのボスだとか。
平和・・・・・・戦いを強要されたりそのせいで日常茶飯事な感じに死に掛けてたりする以外は平和に暮らせていたはずの
たぶん、おそらく、平和だったはずのオレの日常はどこへ。
「死ぬ気、ねぇ・・・・・・」
ちらり、と視線を向ける雲雀に、非常に嫌な予感を覚える。
「・・・・・・ヒバリさん?」
「何だい?」
「駄目ですからね?」
「僕は何も言っていないけれど」
「言わなくってもわかります!!それさえ撃たれれば人がいても
オレと戦えるなーとか思ってるんでしょう!」
「ワオ、君も成長してるんだね」
・・・・・・本気で感心されてしまったが、そんなものが欲しいわけじゃない。
ていうか失礼だ。
「否定してくださいよ!」
「君が言ったんだろう」
そりゃそうだけど。まったくこの人は本気で戦うことにしか関心がない。
オレが条件付きで戦えることを隠してたからって、あんなに怒らなくたっていいじゃないか。
(いや、逆か・・・・・・)
戦うことが一番大事なのに、それを隠されていたんだし。
うなだれる。
胸の奥がしくしくするような。
(・・・・・・なんだろう)
寂しい。


「・・・・・・すいませんでした。教えなくて」
「・・・・・・別に」


「別に、そのことじゃない」

「――え?」
「僕は元々、最近君が時々戦えるようになる事は知っていた」
「あ」
そういえば、以前持田先輩と勝負したことだとか、相談しにいった時にはすでに知っていたのだ。
校内で起こったことは、全て把握しているのが当然と考えているのが恭弥さんである。
「え?じゃあ、何に怒ってたんですか?」
「・・・・・・」
「オレ気になるんですけど」
「・・・・・・君が悪いんだよ、あんな格好するから」
「なっ・・・・・・オレだってなりたくないですよあんなの!」
なりたくなくてもリボーンが勝手にするのだから仕方ないではないか。
それに、以前獄寺君といざこざであの格好だった時は、怒ってこそいたけどこんなんじゃなかったし、すぐに許してくれたのに。
そんなオレの反論は受け付けてもらえず、恭弥さんはふいっ、とそっぽを向く。
「大体、君、何あれ。死ぬ気だかなんだか知らないけど、あれならいつもの君の方が強い」
「知りませんよ!そんなのオレにもわからないし!」
確かにそれはオレも感じていたことだ。自分で戦っているとわかるけれど、
神経の冴えや、伝わり方、動きのなめらかさひとつひとつ、恭弥さんと戦っている時のオレの方が上だ。
死ぬ気と技術は別問題なのだろうか。
「――綱吉」
「は、はいっ?」
「次」
おもしろくなさそうな、顔。
そのまま、ソファから腰を上げ、机をまたいだオレの方へと、歩み寄る。
自然な動作に、オレは何をするでもなく、ただぼぉっとそれを見ていた。
ジャキン、と見慣れた銀色の武器が、気づけば取り出され。

「次、他の人間の前であんな姿を晒したら、咬み殺すよ」

ひやり、とした感触が顎の下に当てられ、目の前には綺麗な綺麗な、幼馴染の顔。
髪の毛が触れてしまいそうなほどの、至近距離。低い声が、やたらと近くで鼓膜を震わせる。
なんでだろう。怖い言葉だったのに、顎の下の感触がとても怖いのに、オレは不思議と嫌じゃなかった。
怒りだけじゃない、何かが含まれた恭弥さんの漆黒の瞳に至近距離で見つめられて、やけに血流が煩い。
なんだか気恥ずかしくなって、俯いてしまう。
できれば恐怖の家庭教師に言ってほしいですとか、反論や文句も色々あるのに、言葉にはならなかった。

うろたえた自分を誤魔化すかのように、オレは視線を窓の外へと移す。
会話に思いのほか時間がかかっていたのか、すでに夕日は地平線ぎりぎりだ。
思わず誤魔化す為だったのも忘れて、感嘆をもらす。藍と紅の交じり合った絶妙な色合いが、綺麗だった。
なのに、物悲しい気持ちも同時に感じてしまうのは、何故だろう。
「すっかり暗くなっちゃいましたね・・・・・・」
オレの台詞を確認するように恭弥さんも窓の外を見る。
そして時計を確認し、ちょっと考えて。

「帰るよ」

まるで今までの会話なかったように、あまりに自然に恭弥さんはそれを口にした。
「へっ?」
「何、帰らないの?あんまり遅くなると奈々が気にするよ」
君、まがりにも女なんだし。突きつけていたトンファーをいつの間にかしまって、上体を起こし、オレから離る。
まがりにもは余計だが、母さんがっていうのも余計だが、それは別にしてもオレは驚いた。
「え、いやその・・・・・・恭弥さんも?」
「見てわからない?」
そう言う恭弥さんはすでに扉を開けて半分廊下に出ている。
明らかにもう帰るという意思表示。
どくどくと心臓が鼓動を早める。これは期待だ。
「も、もしかして一緒に?」
「それ以外に何があるの」
「今から戦いに行く訳じゃなくて?」
「何、戦いたいの?」
それならそうと早く言いなよ、と誰に連絡するのか――まあ間違いなく母さんだろうけど――携帯を取り出す
仕草を見せた恭弥さんに、大慌てで首を振る。ここで前言撤回などされてなるものか。
(うっわあ・・・・・・!!)
信じられない。この部屋に着た当初の状況からは想像できない僥倖。

一緒に帰る。

何か目的があるからじゃなくて、一緒にいる為に一緒に帰る。
今まで一緒に帰ったことは数あれど、ただそれだけの為に、というのは初めてだった。
草壁さんはまた別らしいけど、誰かと連れ立って歩くことなんて嫌いな恭弥さんが、幼馴染であるオレへ示す特権。
飛び上がりたくなるほど嬉しい。

怒ったかもと思えばあっさり許してくれたり、よくわからない所ですねたり、
強い相手と戦える時は、見るからにうきうきしているのを隠そうともしないわかりやすさだったり。
気まぐれを唐突に口にしてはあっさり実行しちゃうし。
今だってさっきまでのやりとりを忘れたのかって言いたくなるような唯我独尊っぷり。

とにかく、思うがままに生きる人。

喧嘩したり、怒られたり、呆れられたり、時々哀れまれたりもするけど。
溜息をつきながら、それでもそんなこの人は最後にはオレを受け入れてくれる。それがこうして示される。
ああもう!


(大好きです恭弥さん!)


頬が勝手にゆるんでにやにやしていると、オレを無意識に喜ばせている張本人は、怪訝そうな顔をした。







かなり久々な無自覚本編。
綱吉自覚後、雲雀さん無自覚です。無自覚なんです。言い張ります。
なのに山本と獄寺殺しかけたりちゃっかり一緒に帰っちゃったり(え
そして自覚後は綱吉がやたらと雲雀さん好き好き状態。色々おかしい。

2007.11.24

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