「草壁さん、ちょっと時間いいですか?」
それはある意味、草壁が最も待ち望んでいた言葉だった。
白を基調とした建物。独特の匂いが鼻につくその場所で、
自分より余程重症で入院している主のもとへ向かう為、患者服で廊下を歩いている途中のことだ。
ちょうど通路の合流地点へと差し掛かった頃、おそらく同一人物へ見舞いへ行こうとしていただろう子どもとかち合った。
長身の己からすると相当小柄な琥珀色の子ども。
(なるほど、無事だな)
こうして自分が怪我をする原因と同じ事件に巻き込まれていたらしいが、子どもにはこれといって大きな怪我は見られない。
入院している様子もなく、その格好はいつもの普段着だ。その手には白いビニール袋があって、多分中身は果物か何かだろう。
ともあれぴんぴんとしている子どもが、自分に気づきわずかに瞠目する。
「草壁さん」
「ああ沢田。久しぶりだな」
ここ最近やたら規模のでかい荒事に巻き込まれるようになってからというもの、
子ども――沢田はなかなか応接室に寄り付かなくなった。
それでも主の方はちょくちょく接触していたらしのだが、草壁においてはそうもいかないのでこうして面と向かい合うのは
かなり久しぶりだ。病院という場所が場所だけにあまり喜ばれたことではないが。
「お久しぶりです。・・・・・・怪我、酷いんですか・・・・・・?」
未だガーゼやらなにやらが外れていない患者服の姿を見て、不安そうに問うてくる。
自分の方が余程傷ついているような痛ましい表情に苦笑した。
「委員長ほどではない。こうして歩き回れる程度には回復しているしな」
沢田はそれでも顔を歪める。話を聞いた限り、沢田絡みの騒動だったらしいので、責任を感じているのかもしれない。
「風紀委員ではそう珍しい事でもない。回数的には、委員長に病院に送られる方が断然多いくらいだ」
「いやもう本当それはそれですいませんーーーっ!!」
冗談まじりの口調だったが、それが事実だとわかっている沢田は心底申し訳なさそうに謝る。
空気は暗くなくなったがこれはこれでまずかったか。少し後悔した。
別に沢田が謝る事柄ではないのに、無駄に常識人だと損だ。
「委員長の見舞いか?」
「あ、はい。あと獄寺君と山本もいるから、そっちにも」
今日は草壁さんのところにも寄ろうと思ってたので、丁度よかったです。
やっと少しだけ笑顔を見せる。それに胸をなでおろした。
「ヒバリさん、病気には弱いけど怪我には強いんですよね。相当酷い状態なのに、今にも歩き出しちゃいそうで」
「するかもしれんな」
あの委員長ならありえる。笑うと、「笑い事じゃないんですよ!もう、ひどくなったらどうするんですか」と沢田はむきになった。
相当心配しているらしい。
「なんとかするさ。委員長だからな」
そもそも最初の怪我自体動ける方がおかしい状態だったと聞く。
それを精神力のみで超えてみせたのだから回復してきた身体ぐらい余裕だ。
「そりゃそうですけど・・・・・・」
何かを思い出したのか、少し頬を染める。常とは少し違う様子に、意外な気分を味わう。
まさか自分がいない間に何かあったのだろうか。
(委員長・・・・・・!)
主は主で頑張っているらしい。・・・・・・本能のままになのでそれが進展するかどうかは微妙なこともあるが。
「・・・・・・」
それから談笑ししばらくすると、沢田は心をどこかに飛ばしたまま考え込み始め、そろそろ現実世界に戻そうと口を開いた途端に
いきなり重大な決心をした顔になった。
「草壁さん、ちょっと時間いいですか?」
そして冒頭へといたる。
結局目的もはたさないまま、自分の病室まで舞い戻ってきてしまった。
ちなみに今回の関係者はほとんど個室が多い。沢田の部下だと名乗る2人は同室らしいが、そちらの方が少数派だ。
色々裏から操作されている証である。
面会用の椅子に2人して座り向かい合って5分。
「あ、あのですね・・・・・・」
「ああ」
「えーっと・・・・・・」
「ああ」
「実は、その・・・・・・」
沢田はその間常時こんな感じだ。言いかけては口篭り、うなる。先程の決意はどうしたんだと
思わずつっこみそうになること数回。
大きく息を吸い込んで、しかしそれでも発言に失敗して、ついに俯くと完全に目線がそれる。
それで少しは気がまぎれたのか観念したのか、ようやく音らしきものが耳に届く。
「実は、草壁さんに言いたいことがあって・・・・・・」
ぼそぼそした声は聞き取り辛い。しかしようやく進みそうな気配に全神経を次の台詞に集中させる。
そしてそのまま、ズボンを両手で握り締めて、沢田は半ばやけくそに叫んだ。
「オレ、ヒバリさんが好きなんですごめんなさいっ!!」
「知っているが」
というか、何故謝る?
そこが疑問だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「何故謝るんだ?」
「いやそこじゃなくてですね!」
ぶんぶんと大きく首を振る。その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
あんぐりと口をあけて呆然と呟く。
「草壁さん、オレがヒバリさん好きだってこと知ってたんですか・・・・・・?」
「あれで気づかない方が変だろう」
委員長を見つける度に笑顔になるわ、話題にすると頬を染めるわ、
バレンタインは中身が違うわ、何かあるとすぐ助けを求める相手だったりするわ。
ついでにとっくの昔に両想いであることも、なのに去年の暮れ辺りまで自覚さえなかったことだって知っている。
「うえぇええええ?!」
沢田は耳まで真っ赤に染めて奇声をあげた。壁まであとずさり、う、だとか、あ、だとか要領を得ない。
「委員長は気づいていらっしゃらないから安心しろ」
気づいていたら今頃2人はくっついている。とは口にできない。主への忠誠心と、あとは・・・・・・色々可哀想なので。
「ばれてたらオレ今すぐ消えるしかありません・・・・・・」
そんな途方にくれたように言わなくても。
大体、消えたら主が地の果てまでも追いかけて草の根をわけてでも探し出すだろう。
まずその逃亡は成功しない。・・・・・・大概執着心の強い相手に好かれたものだ。
「反対とかしないんですか・・・・・・?」
「まさか」
これを逃したら主に恋人など夢のまた夢。反対などできるはずもない。
なんなら反対意見を握りつぶしたっていい。
「よ、よかったぁ〜〜。草壁さんに釣り合わないとか身の程知らずとか言われたら
立ち直れませんでしたよオレ・・・・・・」
言わない言わない。
「・・・・・・オレはそういう事を言いそうだと思われているのか・・・・・・」
「とんでもないです!例えですから!思ってません!でも不安だったんですよやっぱり。
だって草壁さん、数少ないヒバリさんに好かれてる人なんですよ?!
おまけにヒバリさんをよく知ってる人ですよ?!決定打じゃないですか!
殆どありえないって言ったってそんな人に反対されたらって・・・・・・」
あーほんっとよかったぁ〜〜心底安堵している姿は本気だ。目じりににじんでいるものさえ見える。
明るい言葉とは異なる、そこに込められていたのは、真実切実な願い。
本当は内心不安しかないような状態なのだろう。本来なら本気で委員長を恋い慕うものとして、当然の。
それがはからずして相手にも同じ想いをもたれているのは、この少女にとって僥倖だったのだろうか。
(・・・・・・あるいは逆か)
本当に僥倖だったのは。本人達だけがそれを知らない。
そんな己の胸の内を知らず、沢田は身を乗り出してこちらを覗き込んでくる。
「草壁さん・・・・・・!」
「な、なんだ?」
珍しく強気というか押しの強さに思わずたじろいだ。珍しい事体だ。
実はこれが今日の本題なんですけど、と前置いてから。
「一生のお願いがあるんです!」
一生ときたか。
その目はかなり必死で、その剣幕にまた相当つっぱしっている気がしてならない。
だがここは目の前の少女の願いを聞いてやることがそんな考えよりも重要だ。
主を通しての関係ではあるが、友人なのは嘘ではない。
色んな理屈を抜きにしても、きけることはきいてやりたいと思う。覚悟を決めて身構える。
「オレがヒバリさんと付き合えるように協力してくれませんか?!」
俺はやりましたよ委員長ぉおおおおおおお!!!
別に実際何をしたわけでもないのだが、心境的にはそんな感じだった。
思わず天を仰いで男泣きだ。そうか、ついにそこまで進展してくれたか・・・・・・!
初めが自覚なしだった事を考えれば今すぐお赤飯を炊いて祝いたいぐらいの進歩だ。
何故他人の恋路でしかも協力を頼まれた程度でこれほどまでに浮かれているのか、
自分のこの先の人生が不安でならないが、嬉しいものは嬉しいのだからしかたがない。
「勿論だ!俺の持てる全てを使って協力しよう!」
「草壁さん・・・・・・!」
感激のままに燃えに燃えた返事を返せば、相手も同じだけの感激を返してくる。
ぱぁあああと擬音がつきそうなほど顔を綻ばせて、ふるふると感動に打ち震えていた。
リーゼントな強面大男と、小柄で華奢な少女が共に目を涙によって光らせている。
正直異様な光景だ。
「というわけでさっそく相談なんですけど」
草壁さん、と沢田は今までで一番真剣に表情をかたくしてうやうやしく口を開く。
あまりの真剣さに思わずこちらもごくりと息を飲んでしまう。
「恭弥さんの好みってわかりますか・・・・・・?!」
あなたみたいな人です。
むしろあなたオンリーです。
と真っ先に脳内を横切った答えを言えたらどれだけ楽だろうか。
それだけで全てが丸く収まるというのに誰だこういう事を他人が言ってはいけないなんて傍迷惑極まりない常識を作った奴は!
内心どこへかはわからない怒りを向ける。とりあえずわかるはずがない。むしろ普通に理不尽だ。
しかし好みときたか。
・・・・・・なかなかにレベルが高い。いや、協力して欲しいといった手前、こういう質問はむしろ当然だ。
とりあえず沢田をじっくりと頭から観察してみる。
・・・・・・できる限りわざとらしく見たつもりだったのだが、本人はきょとんとしただけだった。
どうせ自覚をもったのなら少しはうぬぼれとか鋭さとかそういう所も鍛えてほしかった。
沢田の印象。沢田の名前を出さすに沢田とわかる表現。
これは重要である。これで気づいてくれれば最高だ。
「そうだな、・・・・・・綺麗よりは可愛いタイプで」
誰もが認める整った顔立ち、とまではいかないが、どちらかといえば沢田は綺麗よりは可愛いと言える容姿だろう。
人柄を知ると可愛く見えてくる小動物タイプだ。
まずはふんふんと真剣に頷いて、沢田はぐ、と眉をよせた。目線だけを頭上に向けて思案すると、はぁ、と大きく溜息をつく。
別にそこで溜息をつくほどひどくはない。
「派手よりは清楚」
・・・・・・だろう、多分。仕草や行動が男っぽいあたり清楚と言えるかは微妙だが。
今度は髪の毛をひっぱりながらずーんと落ち込んだ。
だから何故そうネガティブ方向にしか考えないのか。
「小さくて」
その項目にはぱっと顔をあげた。これだけは自分でも該当するとわかったのだろう。
嬉しそうに顔を綻ばせる。頭を撫でてやりたくなった。後の委員長が怖いのでやらないが。
「優しくて」
ちょっと意外そうな顔をした。しかし少し何かを考えると「そうだよな2人ともなんて泥沼で殺し合い始まっちゃうよな」
なんて物騒な台詞を吐くので何を考えたのかは大体察せられた。その気持ちはよくわかる。
「心が広くて」
今度はそれはそうだろうなぁという顔をした。なんてわかりやすい。
「頼まれたら断われない」
ん?と首を傾げている。ただその様子は自分にあてはまると気づいたというよりは、
なんかおかしくないか?とでも言いたげだ。
「それから少し抜けていて」
「・・・・・・本気ですか?」
先程から続いてさすがに疑わしそうにしている。あの委員長がそんな相手を好むだなんて
信じられないのだろう。そんなの自分だって同じだ。まさか好いているとは。
それでも本気だとも。と自信を持って返す。
何故ならこれは、主の好みではなく、主が実際に好きな相手のことなのだから。
「それでほおっておけなくて」
正確には少し違うが。主がほおっておけないのは沢田綱吉限定の話であって、
別に世話好きだとか世話焼きだとかそういった類の人間では断じてない。
気に入った物への執着と庇護欲は強いが他人がうるさいのはむしろ嫌いだ。
しかし今はとにかく沢田をどうにかして表現することが目標なのでそこらへんはいい。
その情報を使うのは張本人の沢田なのだから何の問題もない。
うーんと微妙な顔をされた。独り言のつもりらしいがだだもれている台詞は
「迷惑かけてるし面倒は見てもらってるけどそんな可愛らしいもんじゃないしなぁ・・・・・・」だ。
脱力したいのを必死でこらえる。駄目だ。ここで倒れては負けだ。
2人を応援するんだろう草壁哲矢!ひたすら己を叱咤する。こんなことでくじけていては風紀副委員長なんてやってられない。
(あと沢田だとわかるようなことは・・・・・・)
あげられるとすればやはり。
「強い」
印象としては外せないだろう。出会いが出会いだ。
まあ色々考えるにそれは興味を持つきっかけ程度ぐらいなはずなのだが、(何故なら雲雀の周りには他にも強い相手はいる)
これにだけはうんうんと自信を持って頷かれた。
委員長、こんな所に普段の行動のツケがきてます。・・・・・・ちょっと切ない。
「ヒバリさんハードル高すぎです・・・・・・」
そんな可愛げなんて絶対ないって。オレ程遠いにも程があるじゃん・・・・・・。
しゅん、とうなだれる姿は非常に小動物に近い。ちょっと待て。
今の話のどこをどうしたらそういう結論にいたるのだ。
気づかないのはこの際百歩譲にしても程遠いとはなんだ程遠いとは。後半部分も微妙に曲解されている。
「やっぱり頭もいいほうがいいんだろうし・・・・・・」
「いや、それはない」
きっぱりとそれは否定する。
現に沢田はお馬・・・・・・そこまで頭はよろしくない。部下なら馬鹿はもれなく咬み殺されるが、
好きな女子は少しぐらい抜けてた方がいいのかもしれない。
馬鹿な子ほど可愛いというし。
「そ、そうですか?ほんとに?」
自分があまり頭がよろしくないことはわかっているらしい。
オレ初めて馬鹿でよかったと思いました!なんて叫んでいる。
・・・・・・これか。うかつにも少しわかってしまった。確かに馬鹿な子ほど可愛い。
少し親のような気分になりながら、正直かなり失礼なことを考えている自覚があるので
誤魔化すようにベッド脇においてあった麦茶を口に含む。
ごくりとそれを嚥下して一息を付く。
だからだろうか、次の瞬間の出来事に対応できなかったのは。
「あーーーーーーー!!」
「ど、どうした?!」
「そういえばもっと重要なこと聞くの忘れてました!」
「?」
何か他に重要なことがあっただろうか。委員長のスケジュールか?
しかしこの2人はお互い会いたくなったら大抵相手をすぐ見つけられる。お互いをよく知っているからか。
不思議で大人しく次の台詞をまっていたら。
「ヒバリさんって好きな人いるんですか?!」
ぶっ、と一息つくため飲んでいた麦茶を吐き出した。
ごほごほとむせている自分を見て沢田が大丈夫ですかと気づかう。
(好きな相手・・・・・・!)
委員長の。そんなもの目の前にいるこの少女以外にいるはずがない。しかし、だ。
これは究極の選択だ。むせて呼吸に苦しみながら考える。
ここでいる、と正直に答えるべきか、わからないと誤魔化すべきか。ちなみにいない、は除外の方向で。
ここは一か八かいる、と答えてもしかして自分かも、と思ってくれることに賭けるべきだろうか。
委員長には交流のある女子なんていないのだから唯一そうである自分に可能性があることくらいさすがの沢田でも―――・・・・・・
「でも重要なんです!だってそんなすごい女の人いたらオレもう勝ち目まったくないし!」
・・・・・・気づかないらしい。
想像するだけで泣けてくるのかその顔はすでに歪んでいる。
何故だ。何故なんだ沢田・・・・・・!!
委員長はそれはもう沢田に甘い。べったべたに甘い。本人らにその認識はなくとも他との扱いを比べれば一目瞭然だ。
(頼むから少しぐらい自惚れてくれ・・・・・・)
謙虚さは日本人の美徳だがそれも時と場合によるのだ。第一沢田は謙虚なのではなく卑屈に近い。
目の前には自分を頼りにして疑わない健気な瞳。だらだらと背中に汗が流れる。
結局その日、自分は委員長を見舞うことは叶わなかった。
多分この後は適当にごまかしました。がんばれ青少年(違
続きます。雲雀さんサイドはまた今度。