鬼の家庭教師様はその日の日本の風習を知るやいなや、『しばらく旅にでる』と行方不明。
理由は多分、その後を追いかけて同じく行方不明中の某毒サソリさんの手に存在していた元は茶色だったらしい物体。
某右腕志望者と親友は女の子達に囲まれっぱなしで身動きがとれない。
家にいたちびっこ達は気を利かせた某星の王子様が連れ出してくれた。

これはもう神様が応援してくれているに違いない、と某男装中の少女は信じて疑わなかった。



すべてはははのてのうえなのです



「はい、これ母さんからです」
「ん。ありがと」
「で、これはオレから」
「ありがと」
毎年バレンタインになるとオレと母さんはヒバリさんにチョコを作る。
小さい頃からの習慣だ。
いつもは男として生きているだけに、こういった女の子の行事に参加するのには
恥ずかしさもありはするが、オレはこの日ほど母さんに感謝したことはなかった。
出会ったばかりの頃からこういう習慣を作っていてくれたおかげで、
今現在にわたって怪しまれずに渡すことができる。


そう、例え本命であったとしても。


自覚したのは最近であるけれど。
「あ、草壁さんもどうぞ。いつもお世話になってますし」
そう言って草壁さんにもチョコを渡す。
草壁さんはお礼と一緒に受け取ってくれた。ちなみに中身は恭弥さんのと随分違う。
草壁さんの方は京子ちゃん達にもあげた友チョコと同じやつだ。
正確にはチョコというより、クッキー。ただチョコチップがのっかってる。
そう、あれだ。
世に言う、その、本命と義理とかいうあれだ。
まさかそんな事自分がする日がくるなんて、自分でもびっくりだ。
なにせ友達ができたのも初めてなのだ。去年までは恭弥さんにしかあげていなかった。
(ちなみに父さんにはあげたことがない。どうせいつもいないし)
人によって中身が違うものを作るなんて初めてで、自分がとてつもなく気恥ずかしい事をしている気がしてならなかった。
オレ今物凄く女の子みたいじゃないかとかぐるぐるしっぱなし。いや女だけどさ。
その上京子ちゃんがヒバリさん喜んでくれるといいね、とか言うから、ますます羞恥心がつのる。
恋を自覚するって怖い。
(ああてかお願いだからそのことに気づかないでくださいね!)
ちょっと恐ろしくなる。
告白もしていない身であからさまにチョコの種類が違うことに気づかれたら一貫の終わりだ。
「・・・・・・ねぇ」
「は、はいっ?!なんでしょう?!」
「君、あの番犬達にも渡してたりする?」
渡した途端そんな挙動不審になるオレの様子を見ていた恭弥さんは、そう問うてきた。
てっきり気づかれたのかと思ってびくびくしていたので、ちょっと安心したけど、意味がわからない。
「番犬?」
「獄寺隼人と山本武」
ああ獄寺君と山本か。番犬って・・・・・・いや、まあ山本はともかく獄寺君に関しては・・・・・・いやいやここは否定して上げなきゃ駄目だ。
少なくともここでオレが認めちゃいけないってそう本心がどうだろうとも!
そんな事を考えている時点で相当失礼である。
「渡してませんけど・・・・・・?」
そりゃあお世話になってるし感謝してるけど、男だと思われてるのにチョコ渡したりしたら変だろ。
あの2人は他の人からも充分いっぱい貰ってるし、別にいいんじゃないだろうか。
「ふーん・・・・・・草壁に渡してるからてっきり人数分作ったのかと思った」
「違いますよ。女だってばれるかもだし。あ、京子ちゃん達と友チョコ交換はしましたけど」
京子ちゃんとハルとオレと母さんの4人―今思うと結構すごい人数だ―で作ったチョコ菓子はすごい量になった。
色々味見してみたり交換しあったり、あれはなかなか楽しかった。おいしかったし。
女の子同士で遊ぶのって今までにない経験だったから、とても新鮮だった。楽しかった。
「それは別にいいけどね」
「はあ・・・・・・」
微妙に表情が柔らかくて、ちょっと嬉しそう。一体なんなんだ。変な恭弥さん。




「開けてみてください」
どこかわくわくした本人に促されたので、包装紙をはがし、中の白い箱をさらに開く。
表面にココアパウダーがまぶされた、思っていたよりも小粒のそれが、きちんと等間隔で並んでいて、へぇ、と少し感心する。
「今年はトリュフなんです!初挑戦です!うまくいったんですよ〜」
褒めて褒めて、とばかりににこにこと笑う子どもはどこか幼い。
とりあえずひとつを口に含んで味に問題がないことを確かめる。確かに悪くない。
初めて貰った時と比較すると、随分上達している。色々と。
この幼馴染はチョコレート菓子作りだけはわりとできるのだ。毎年の習慣の賜物かもしれない。
「いいんじゃない」
「やった!」
おいしいとは言ってやらない捻くれた回答に、軽くガッツポーズを取る光景だけは変わっていない。
それは決して不快ではなくて、自然と口角が上がった。


ちなみにそれを傍らで見ていた、双方の行動理由も言葉の裏側の気持ちも正しく理解している唯一の人物は、
自分に渡された包みを開き、異なる中身を確認すると、なんとも言えない生ぬるい目を2人に向ける。
微笑ましいやら馬鹿馬鹿しいやら。
すっかり2人の世界を作り上げられ、気を利かせたくともしかし無断で退室する訳にもいかない。


というかこれ、非っ常にいたたまれないんですが。


ちろんつっこむことはできなかった。





その後流れで一緒に帰れることになったのに浮かれていたオレだが、その浮かれた気分は
思いもよらないところで粉々に打ち砕かれた。
「・・・・・・なんですか、それ」
「何って、チョコじゃないの。わざわざ今日入れてるんだから」
当然のようにのたまう恭弥さんの下駄箱は綺麗な包みで飽和状態。
ちょ、ま。
「えええええーーーーっ?!」
「うるさい」
いきなりの至近距離での叫びに顔を顰める恭弥さんは今は無視だ。
まさかまさかまさか。
(恭弥さんってモテる?!)
本人も言っている通り、これはどう見てもチョコだ。しかも明らかに義理には見えない高級感、手作り感。
そんなばかな。
この人にチョコをあげられるような強い女の子はいないと思ってた。
そもそも最凶の風紀委員長様に、恐怖以外の感情を抱く子なんていないと思ってた。
いや確かにかっこいいけど。すっごくかっこいいけど。おまけに時々可愛いけど!
群れてさえいなきゃ基本そんなに酷い事しないけど!
誕生日祝ってくれたりとかいつも助けてくれたりとかオレなんかを受け入れてくれるとか、
そういう優しさを。そんなのまともに交流のない人間がわかる訳ないではないか。
違う。わかる訳ないと思ってた。
昔はそんなそぶりなかった。小学生かそこらで、この人にチョコを渡そうなんてたくましい女の子はいない。
難しい理屈はわからない分、そこらへん子どもの方が暴力、というものに対して敏感だ。
「貰う?きちんと調べてからじゃないと身の安全は保障できないけど」
なんだか物騒な台詞が聞えた気がするがそれはそれ。
「いいです。いりません」
少しきつい口調になってしまったかもしれない。
珍しいオレの反抗的な態度に、恭弥さんが軽く目を瞠っている。それでも急下降する機嫌を止めることはできない。
(なんだよこんなにもらっちゃってさ)
しかも平然と。つまりこれは珍しい事ではないのだ。オレは初めて知ったのに。
いらいらする。こんなに大量に貰って、どうせオレのチョコだってその内のひとつで。
こうして簡単に人にあげられるような、軽い。それだけどうでもいいものだと。
オレのはもう食べられてしまっているから人の手に渡ることはないけど、それだってあの場でオレがそうするようにねだったからで、
そうでなければ今頃真っ先に他人の手へと渡っていたかもしれない。
オレにとって初の本命――いや正確にいうなら今までのだって全部本命だったけど、自覚して初めての本命チョコだったのに。
(なにもオレの前でこんな場面見せなくたって・・・・・・)
別に見せようとした訳ではないことぐらいわかっている。これは逆切れに近い。そんな権利ないのに。
でも自分にチョコを渡したような女の子の前でこんな場面見せるなんてやっぱり無神経な恭弥さんが悪い。と
ちょっと理不尽だと自分でも思う結論をだす。

・・・・・・怒りの裏側にあるものは不安だ。
現実は想像以上に厳しかった。恭弥さんを好きなのは、オレだけじゃない。
(これくれた子と付き合っちゃったりして・・・・・・)
恭弥さんが、彼女と一緒に出かけたりとか、笑顔を見せたりだとか、その隣にある姿が。
想像するだけで心臓にちぎられるような痛みがはしる。
どうして浮かれてなんかいられたんだ。馬鹿じゃないのか。
例えオレなんかがチョコを渡せたところで、何も変わりはしない。
同じ事をしているだけなら、このチョコの子達の方が、よっぽど。
「お返し大変そうですね」
そんなつもりはなかったけど、自然と僻みっぽくなってしまった。
ホワイトデーにはオレと母さんは毎年恭弥さんからお返しを貰っている。
一見、いやどれだけ見ようととてもそんなことしそうにないのに、そこらへん変に律儀なのだ。
オレは毎年かなり嬉しいが、だからといってこのチョコをくれた女の子達にもお返しして欲しいかと言われれば
もちろん答えは否だ。いや、するべきだとは思うけど、やっぱり嫌なものは嫌だ。
これをくれた子達の中に、可愛い子がいたらどうするのだ。
可愛くて、頭がよくて、運動もできるような子。
いやそうでなくても恭弥さんの好み―存在するのかは知らないがむしろ存在するならぜひとも知りたいが―に合うような。
今はまだ下駄箱越しだからわからないけれど、直接会ってしまったら、これだけいるのだ、どんな可愛い子だってよりどりみどりだ。
先ほどの想像がリフレインして、ずきりと心臓が痛む。
ただでさえ望みは薄いのだ。これ以上不利になる条件が増えて欲しいわけがない。
瞼が熱くて、眼球の表面が潤み始めているのがわかる。


「しない」


当然だろう、と、断言する、声。


(―・・・・・・ん?)


あれ?
どろどろした感情に鬱状態になっていたオレは拍子抜けする。聞き間違いだろうか。
「直接1人で渡しにもこない草食動物なんて、興味ない」
憮然と言い放つ。
(いや、それはまず無理ではないでしょうか・・・・・・)
いくら憧れているとは言っても相手は並中最凶(誤字ではない)の恐怖の風紀委員長様だ。
怖いし失敗して目をつけられたらたまらないし。
チョコを間接的にこうして渡しているだけでもかなり豪胆な精神も持ち主であるはずだ。
そう突っ込んではみたが、ぶっちゃけ嬉しいのでそれはあくまで内心だ。
そう最低な事を思ってしまうことに対しての罪悪感と、嬉しいと思う本音がせめぎあう。
も、もしかして。
「じゃ、じゃあ、オレと母さん以外にお返しあげたことは?!」
「ない」
(う、嘘みたい・・・・・・!)
感激するしかない返答に、どくりと心臓が波打つ。じわじわと顔の筋肉がゆるむ。


ないって。


オレと母さん以外にあげたことないって。


「何ニヤニヤしてるの」
「あ、あはは」
青くなっていたかと思ったらいきなり怒りだして更にいきなりにやけ始めたオレに、
恭弥さんはあからさまな不審を隠そうとしない。
でも今のオレにはそんなの全然堪えない。
だってだってだってだって!
(よかった幼馴染で・・・・・・!)
むしろ母さん本当にありがとう・・・・・・!!
そんな事を考え付かない幼少の頃から植えつけられたお陰だ。
改めて母に感謝する。ここまで真剣に母に感謝したことなんて、生まれて初めてではないだろうか。
心が浮き足立つ。今なら何でもできそうだった。現金なものだ。


(ねえ、恭弥さん。それ、特別っていうんですよね!)


その理由はどうであれ、オレは恭弥さんにとって特別な位置にいる。
誰にもしていないことを、してもらえているくらい。

―――今はまだ、母さんと同じ扱いだけど。

行くよ、と促す恭弥さんの声に従って、満面の笑みを浮かべながらその隣を歩き出す。

―――いつか幼馴染だからじゃなくて、オレだから受け取ってもらえるようになったら、嬉しい。




だったらさっさと告白してくれないだろうか、という涙ながらの某中間管理職の希望(現在進行形)は、わりと切実なのである。





ちなみにそれがかつて2人をくっつけようと決意した母親の思惑通りだなんて、誰も知らない。

母の企てはこうしてこっそり成功していたりする。(※『はははなんでも〜』参照)
どれだけ遅れてるんだって話。バレンタインって何日前でしたっけ(爆)
・・・・・・ほら、テストでしたから(をい
右腕候補達に嫉妬&優越感なでも無自覚雲雀さん(まてこら)
実は雲雀さん、草壁さんへあげたこともちょっとは気にしてたりします。
草壁さんじゃなかったら(無自覚のくせに)咬み殺してしまう程度には。
(お前どれだけ主従に夢みてんの)
草壁さんは鈍い2人に苦労中。
そして将来はそんな2人の娘にせまられて苦労中・・・・・・かもしれない(え)
頑張れ中間管理職!(ええー

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