いまだ薄暗い明け方。柔らかな布団に投げ出されている身の色は漆黒。
深層を漂っていたはずの意識が唐突に覚醒し、反射的に飛び上がる。
わずかに遅れて、漆黒の髪がさらりと揺れた。今の今まで床についていたそこには、
当たれば痛いだけではすまされない拳。刺すような殺気。
ちゃきりと愛器を構える。
数度しかければかるくいなされる攻撃。挑発するように段々とスピードと威力を増していくそれに。
自然と口角が上がる。抑えきれない期待で身が震えた。
自分を狙う相手。小柄なその人影に蹴りと叩き込んで障子ごと外へとふっとばせる。
庭へと追いかければ相手は大した負荷もなく起き上がって見せた。受け身は完璧らしい。
うすらぼんやりと明るくなりはじめた世界。
雲雀の本気にも互角にやりあってみせるその人物は、再びその視線をまっすぐ雲雀へとあわせた。
今度は自覚して口角を吊り上げる。
突然の襲撃者。しかし雲雀に恐怖などない。おもしろいと舌なめずりする。
さあ。


「楽しませてくれるんだろうね?―――綱吉」


せきにんはとろうとおもっています



「それにしても、今日はさすがに少し意外だったよ。まさか寝込みを襲われるなんてね」
「・・・・・・その言い方はやめてください。なんかオレ危ない人みたいじゃないですか!」
数時間後、ぐったりと指一本動かせそうにない琥珀色の子どもと、同じくぐったりと壁に身体を預けている雲雀は、
からかう雲雀の口調に反発しつつ、先程までの殺伐とした空気は露ほども残っていない。
満身創痍で地面に寝転がりながら、つっこむ。口を開けるほどに回復するのだって随分な時間がかかったというのに。
「いつの間にか家に侵入して寝ている人間に本気の拳を向ける。ほら、危険だろう?」
「正論なのにこの人だけには言われたくねーーーー!!!!」
叫ぶ子ども。失礼な。
「僕がそうしてって言ったわけじゃないしね。君が自分で考えた結果だろう」
「そうですけど、ヒバリさんが一番喜ぶプレゼントなんてこれしかないじゃないですか」
「それは否定しない」
今までそれでからかっていたくせに、いけしゃあしゃあと肯定する。

プレゼント。

戦う事が大好きな雲雀の為に考えたプレゼント。
何故綱吉がそんなことを考えたのかといえば、至極簡単な理由である。
今日この日、5月5日は。
「もーいーです。ヒバリさんの誕生日なんです。今日ぐらい、オレだって頑張ります」
子どもはむくれたが雲雀は愉快そうに笑った。
そう、雲雀の誕生日。毎年雲雀は忘れているが(もちろん学校が休みであることは覚えている)この子どもは
毎年それでも雲雀を祝おうと必死だ。普段雲雀が争いをふっかけると嫌そうな顔をするくせに、
この日だけはこうして自分からしかけてきては、雲雀が満足するまで付き合ってくれる。
毎年忘れていようが楽しいことにはかわりがなくて、子どもがこうして祝うようになって初めて、
雲雀は誕生日も悪くないと思うようになった。
「だって雲雀さんに連絡してから、っていうのも微妙じゃないですか。雲雀さんいわくの『わくわくする状況』
とはいいがたいですしね!」
嫌味ったらしく吐き捨てて、危険な状況を楽しいと言ってしまえる雲雀は相当危ないと子どもは思う。
それでも結局付き合ってわざわざこうして驚く、より危険な方法を模索したりするのだが。
「大変だったんですよ!ヒバリさんより先に起きるの。昨日なんて寝たの8時ですよ8時!」
雲雀の朝は早い。けれど今回は雲雀が寝ている間にこなければ意味がなかった。綱吉には辛い時間帯だ。
「いっそいつもその時間にすれば?遅刻も減るだろうし」
「う・・・・・・」
やぶへび。
風紀委員長が幼馴染なわりに、子どもは遅刻常習者、それもかなり上位に位置している。
何度かそれで咬み殺されてもいるくせに、学習しない子どもである。
これは綱吉の方が分が悪い。だってできることとできないことはあるのだ。
今日できたのだからどちらかといえば『できること』に属しているのは考えない。
うなだれて視線をそらす。
子どもがばつが悪そうにしているのは不本意だったのか、雲雀は小さく呟いた。
「・・・・・・まあ楽しかったよ」
それは事実だ。思う存分やりあえて、楽しい。子どもはよほど雲雀を楽しませてやろうと必死なのだ。
疲労で動けない子どもは、ぱっと顔を輝かせて目線だけを雲雀に向けて微笑む。単純だ。
「今日はヒバリさんは風紀の仕事もお休みです。ちゃんと草壁さんに頼んであります!」
自信満々にこころなしか胸をはる。その計画性を他の所で使えたらこの子どもの人生も色々楽だったろうに。
そうか、最近微妙に書類仕事が増えたと思ってはいたが。いつの間に手を組んでいたのか。
妙にあの部下と子どもは仲がいい。どこに意気投合する部分があったのだろう。
「母さんがケーキとか色々作ってますから、夕飯はうちにきてくださいね」
「うん」
ぼろぼろでお互い地面にへたれこんでいたり寝転がっていたり、今の今まで戦っていたけれど。
嬉しそうにへらりとしている子どもを、やっぱり嫌いではないと思った。





綱吉はお風呂に入ってから帰宅する。この日ばかりは気づかいも何もしないので、
子どもの身体はぼろぼろなのである。髪はぼさぼさ、肌は土で汚れ。なんとか動ける程度まで回復すると、
這うように子どもは浴室へと向かっていった。ちなみに服はあまりにぼろぼろになるので最初から
捨ててもいいように着替えも持ってきている。いたれりつくせりだ。
「・・・・・・何辛気臭い顔してるんだい?」
「・・・・・・」
そんなこんなでお風呂を借りていた子どもは、何故か出てきてからずっと顔をしかめたままだ。
ずーんと空気は重く、怒っているわけではなく、多分落ち込んでいる。
問いかければ、ちらりと、視線が雲雀を向く。
さっさと言え、と無言の圧力をかける雲雀に観念したのか、重い口をおずおずと開いた。
「・・・・・・お風呂でたら、洗面台に鏡があるじゃないですか」
「あるね。それが?」
「そこで、自分の身体を見たんです」
「で?」
(で、って・・・・・・)
自分から話し始めてなんだが、本当に遠慮の欠片もないよなこの人、と子どもは少し意識を遠くに飛ばしたくなった。
内容が内容なのに、ちょっとぐらい聞きづらい内容かもとか、聞かない方がいいんじゃないかなと逡巡したりしないのだろうか。
「で、というか・・・・・・なんというか・・・・・・」
どう、と言う類のことではないはずだった。
そこで見たのは、本当にどうして今頃気づくのだと思える程当たり前の――
「オレ、身体中青あざだらけだったんです。虐待ですよどこのDVだって感じなんです」
「・・・・・・」
散々トンファーで殴ったり蹴ったりふっとばされていれば当然だろう。
むしろどこの骨も折れてもいないことが奇跡だ。
遠まわしに雲雀を非難しているのだろうか。そう考えたことを感じ取ったのか、子どもはぶんぶんと首を振る。
「別にヒバリさんを責めたいわけじゃないんです。ヒバリさんと戦ったりするのはオレが
決めた事だし、オレだってヒバリさんに怪我させてるわけだし・・・・・・」
「じゃあ何が気に入らないの」
「気に入らないっていうかお嫁にいけなくなっちゃったらどうしようっていうか
あんまり見ていて気持ちのいいものじゃないし全然女の子って感じしないしむしろ武将っぽいし
ヒバリさんだって身体中痣だらけなお嫁さんなんて欲しくないでしょう?」
ただでさえ顔もよくないのに。しゅん、と落ち込む子どもは本気らしかった。
む、と雲雀はわけもわからずおもしろくなさを感じた。
「別に僕は気にしないけど」
むしろ子どもに自分のつけた痕が残るのならば、薄暗い歓喜さえ感じる。
ちなみにそこで綱吉を自分で貰うこと前提の想像であるということにはもちろん気づいていない。
ぶっちゃけ綱吉限定でしか考えていない事も当然だと思っている雲雀は、大層こういう感情に疎かった。






毎年行われる本当に小規模な誕生日会。奈々は一体誰が食べるんだ、と
思わずつっこみたくなるほどのごちそうを作って待っていた。
冷蔵庫にはケーキもあるそうだ。もぐもぐと食事を取りながら、素直においしいと思う。
ごとん、と鈍い音に振り向けば、机に撃沈した子どもの頭。
「あらあらツッくんったら、恭ちゃんの誕生日はいっつもこうね」
よっぽどはしゃいでるのかしら、とくすくす笑う。
はしゃいでいるといえばはしゃいでいる。物理的に。
2人して苦笑して、ちらりと視線が何かを期待する色を含ませて向けられたので、心得たとばかりに頷いてやる。
子どもの胴体部分と膝下に腕を差し入れて持ち上げると、大した負荷もなかった。
いわゆる『お姫様抱っこ』で抱え上げれば、何故かきらきらした表情で見つめられる。
最近よくあるが意図は知らない。
「いつもごめんなさいね。恭ちゃんの誕生日だっていうのにツッくんたら・・・・・・」
「いいよ」
むしろ9割9分9厘原因は雲雀のせいである。雲雀本人は責任などこれっぽっちも感じていないが。
運んでやるぐらいはどうってことはない。
抱き上げた身体は、あいもかわらず軽かった。軽すぎる。あまりの軽さに、ふと気づく。

―――子どもを抱えられるようになったのは、いつからだろう。





階段を上がり、手馴れた様子でドアを開け、ゆっくりと子どもの身体をベットへ横たえる。
しかしその拍子に、子どもがわずかに意識を取り戻した。
ぼんやりした瞳で雲雀を認識すると、口をぱくぱくと動かす。何かを言おうとしているらしいが、聞き取れなかった。
「何?」
問えばもう一度くり返される言葉。
「きょうやさん、おたんじょうびおめでとうございます・・・・・・」
寝ぼけ眼で、それでも口にされるそれに、うん、と頷いてやる。そういえばまだ聞いていなかったか。
悪い気はしない。それが伝わったのか、子どもがへらりと笑む。

「おれ・・・・・・きょ・・・・・・さんがいてくれて・・・・・・うれ・・・・・・しいです・・・・・・」

最後の力を振り絞ったそれだけを呟くと、子どもはそのまま意識を手放した。
その、台詞に。
身体を貫くような衝動がかけめぐった。自分でも気づかないうちに緩んでいた顔が強張り歪む。
矛先がわからない激情。
感情のままに子どもの額に唇を落とす。そうすれば幾分楽になる気がした。
何かを受け流すように、目を伏せて深呼吸をする。
最近とみにひどいこの衝動を、何と呼ぶのかは知らない。
苛立ちのような焦燥のような、あるいはその間逆で歓喜のように思うこともある。
ただひとつ確かなのは、これがこの子どもにしか向けられていない類のものであるということだけだ。わけがわからない。
今でも雲雀にとってこの子どもの存在は謎だ。わかりやすいのに、わからない。もろいのにしぶとくて。
争いごとは嫌いで事なかれ主義で面倒くさがりで泣き虫で。

おめでとうと言った笑顔。

――馬鹿みたいに、人がいい。

ヒバリとは正反対な、幼馴染。
喧嘩ごとなんて嫌いなくせに、こんなくたくたになってまで雲雀を喜ばせようとする。
傷があるとかないとか、そんなものはどうだっていいのだ。
もちろんそれが他人につけられたものならばそれ相応の対応をするけれど、たかが傷ごときで子どもを―――
(何を考えているんだか・・・・・・)
くだらない。真剣に考える必要さえない。子どもだって、気にする必要はないのに。嘘偽りなくそう思う。
満足気な子どもの寝顔を見つめて、来年、またこの日が巡ってこれば、先程のように、
できなかったことができるようになっていて、この感情も。
この感情も、理解できるようになるのだろうか。



そうであればいい。雲雀は優しく子どもの頭を撫でた。





というわけで綱吉がお祝いを(爆)
キスしそうになる雲雀さんを必死で抑えました。
なんかもうむしろおいしくいただいても
いいんじゃないかなんて思ったなんてことはない(・・・・・・
・・・・・・自覚前の方がバカップルなんじゃないかなぁと思う今日この頃。
なにはともあれ雲雀さん!お誕生日おめでとうございます!

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