美しい、と思った。
昔、少し身を隠す必要があって、潜伏先の小さな国にいた彼らは、どこまでも真っ直ぐだった。
決して聖人君子という訳ではない。むしろ片方などは血を流す残虐ささえもっていた。
けれども、その生き方はひどく堂々としていて、気高く、純粋だった。
もう一人の片割れにしても、ひどく不完全で、脆弱で。
片割れと戦うことを除いて、優れていることなど何もなかった。
なのに決して、穢されはしない。
脆弱のように見えて、いや脆弱でいてなお、その精神は純粋なままだった。
その一線を、決して越えない、どんなことからだろうと犯されない強さと、根本的な優しさと。
曲がらないその意思の、それは。
この世界において、美しいと思う唯一の。
その二人が共にあることを、奇跡のように感じてしまった己がいる。
「なんだ、君、生きてたの」
ほぼ二年ぶりにあう人物は、そう愛想なくのたまう。
「勝手に殺さないでくださいよ。お二人に会う為なら、僕は輪廻の果てからだろうとやってきますよ。
お久しぶりです雲雀くん。沢田くんはお元気ですか」
「元気だよ。いい加減、それやめたら」
「それ、とは?」
「僕にその質問をすること。君、綱吉にも同じ質問してるでしょ」
確かめたことはないが、まず間違いなく。
「いちいちそんなことして確かめなくったって、僕は綱吉から離れる気はないよ」
「・・・・・・!」
気づかれていたのか、と内心はっとする。顔にはおそらく出さなかったが、わかっているのかもしれない。
「一体何が不安なの。君も大概変な奴だね、六道」
「・・・・・・そうかも、しれませんね」
毎回その質問に、『知らない』と答えられてしまわないかと怯えながら。
そしてその度に返る変わらない返事に安堵する。
本人ではなく相手のことを聞いて、まだ共にあることを確かめて安心しているなんて。
本当に、おかしい。それでも、確かに。
「重要なんですよ。僕にとっては、ね」
この醜悪な世界の中で、君達だけは変わらずにあってほしいと、願う。
滑稽だと自覚しつつも、その意思が変わったことは無い。
「しかし今回は残念ながら、君達に会う事が日本にきた目的ではないのです」
もしここにもう一人の片割れがいたのなら、いやじゃあお前いつもはわざわざオレ達に会う為だけにわざわざ日本に来てるのかよ!
などと呆れたように言うのだろう。ちなみにその質問の答えは肯定なのだが。
あの子どもは、交流関係は普通じゃない相手ばかりだというのに、
本人はいたって普通で、指摘する問題も、呆れるぐらい一般的だったりするのだ。
それこそがあの子どものすごい所ではあるのだけれど。
「ふうん。で? 『目的じゃない』と言った本人が、わざわざ僕に何の用? 殺りあいに来たなら歓迎するよ」
その台詞に、内心本当に相変わらずだと苦笑する。本当に、変わらない。
「恩を買いに、でしょうか。君に貸しを作ると後が怖いですけれど、まあ仕方がありません」
そう、今回の目的は、彼らに会う為ではない。いや、正直会おうと思ってはいた。
ただそれはあくまで、目的が達成されてからのつもりだったのだ。
目的の人物が、自分が大切に思う片割れの収める学校に関わりさえなければ。
「ボンゴレ十代目。そう呼ばれている人物に心当たりはありませんか」
その質問に、意外にも、相手は目を見張った。常にはない反応に、ざわり、と嫌な予感めいたものが胸をよぎる。
「・・・・・・雲雀くん?」
「君は」
嫌な予感がする。憎しみの対象でしかない神が、己を嘲笑うかのように。
「君は、その相手をどうする気?」
そう言う彼の目は真剣だった。剣呑に細められ、含まれるものは冷たい。
それはおそらく、答えによっては殺意となりえる。
彼が。ほとんどの人間なんて認識する対象にさえならない、彼、が。
そんな表情をして、その先を知ろうとするような相手は。
まさか。
「・・・・・・まさか」
それではあまりにも。
あまりにも、滑稽がすぎる。
「最近転入してきたイタリアからの帰国子女とかいう駄犬が、確かにそう呼ぶ人物がいる」
イタリアからの帰国子女。ああ、それは確かに、ボンゴレの関係者である可能性が高い。
「僕はそう呼ばれるようになった人物は、一人しか知らない。」
「やめてください!」
自分で聞いておいて、けれど、思いついてしまった答えを、どうしても聞きたくはなかった。
己を己として知らしめる根本的な何かを、犯されてしまう予感。
けれど、真実でありながらおそらくは残酷であるそれを、伝える声は止まってはくれない。
「沢田綱吉」
時が止まった。
「十代目、そう呼ばれているのは、あの子だ」
それは、死刑宣告だったのだろうか。だとするなら、一体誰の。
「は・・・・・・なるほど。よくできた世界だ」
憎んでも憎み足りない存在の象徴となってしまった、唯一の存在。
自身の存在さえも脅かすほどの大いなる矛盾。選択する余地さえない二択!
世界はなんと上手くできているものか!
あまりの滑稽さへの自嘲と、笑い出したくなるような衝動。
憎しみとも悲しみとも怒りとも、それさえも通り越したようなものともいえるそれを、何と呼べばいいのか。
ああ、神が嘲笑う声が聞こえる。
残酷な神は哂う
まるで哀れな道化師のように。
2007.7.12