「なんだかうかない顔をしていますねぇ。何かありましたか」
そう話しかけていたのは10年近く付き合いのある腐れ縁というかいわゆる幼馴染、と言われる男。
ただしそれはもう1人いる、少女の求める相手とは違う方だった。
「・・・・・・骸か・・・・・・」
「そんなにあからさまに落胆しないでくださいよ」
慣れているのか、そうあからさまに残念がられても、その少年は気にせず、わずかに苦笑だけをもらす。
「・・・・・・なんでお前はこんなに頻繁に会えるんだよ。違う中学のくせに!」
そう、この幼馴染は何故か1人だけ並盛中ではなく黒曜中に通っている。
ちょうど校区の別れる境目に住んでいたらしい。
「何故かと言うならまあ僕が会いにきているからですけど。その言い草では
つまり貴方は最近『彼』と会えていない、と」
ぐっ。
今まで考えないように思考の隅においやっていた事実をがつんとつきつけられた。
「骸のあほーーーっ!」


むくろくんのじゅなん




ちなみに、先程からうめいてる人物、沢田綱吉は、名前こそいかつい男をイメージさせるが、
そんなことはない。列記とした女の子である。
標準より明らかに小柄で華奢で、まだまだ女らしい凹凸や色気は皆無であるが、琥珀色の髪と大きな瞳が愛嬌があって可愛らしい。
性格は一言でいうならお人好し。本人は自分がそんな人間だとは思っていないらしいけれど。
気弱でどちらかといえば卑屈。すぐに泣くし怖がり。でも最終的に困っている人間はほうっておけない人種だ。
口調は何故か男のよう。別に男勝りというわけでもなく、本人も男の子になりたいわけでもないのに、いつの間にかそうなっていた。
成長する間ずっと共にいたのが男2人だけだったのがいけなかったのだろうか。
しかしそんな彼らは、どちらも言っている内容はともかく、言葉遣いはいつでも丁寧で綺麗であるし、だいたい一人称は「僕」だ。
何故少女だけが「オレ」でしかもこんなくだけた口調になってしまったのか、骸は甚だ疑問に思っていた。


「恭弥さん風紀週間だから風紀強化で忙しいの!」
うう、恭弥さんに会いたいーー!!と少女は涙ぐむ。学校に行く理由の約9割が彼に会う為と自認している
少女からしてみれば、死活問題なのだ。
「なんだか遠距離恋愛中の恋人同士みたいな台詞ですね」
「なっ!!ち、ちがっ・・・・・・!!」
ちょっとからかえば、かあ、と真っ赤になって否定する少女は、どこからどうみても恋する乙女だ。しかし。
「やはりまだ付き合っていませんでしたか・・・・・・」
ため息をつく。こうして『彼』に恋い焦がれていても、その関係は一向に変わっていない。
「まだも何もそんな予定はまったくないって!何言ってるんだよ!」
「だって君、『彼』に片思いして一体何年になると思ってるんですか」
この少女が『彼』への気持ちを自覚してから、もうかなりの年数がたっている。
その間ずっとこうして見守ってきた身としては、じれったすぎて、いい加減進展して欲しいとつくづく思う。


「うっ・・・・・・!だ、だって・・・・・・そりゃお、オレだって両思いになりたいけどっ!
どうしたらいいんだよ・・・・・・」
そりゃあもちろん、綱吉とて好きだというからには好きになってほしいし、付き合いたいし、
できればやっぱり最終的にはその・・・・・・け、結婚できたらなぁとか図々しくも思うけれど、
だからといって好かれている自信も、告白する勇気もないのが現状なのである。
「そうですねぇ・・・・・・幻覚ならすぐにでも見せてさしあげることができるのですが」
「いい!てかそれオレどんだけむなしい奴だよ?!」
ニセモノを見たって仕方ない。本物の恭弥さんがオレを好きになってくれなきゃ意味がないのだ。

(いや見たいか見たくないかって言われるとそれはもちろんものすごく見たいけど!!)

あ、ちょっと自分が痛い。口では何と言おうと本音はでたらめに弱い自分が恨めしい。
これが心の底から混じり気なくそう思えるぐらいなら少しは見込みがあるかもしれないのに。
「こんなんだから恭弥さんに見向きもされないんだ・・・・・・」
ぽつりとこぼれた自分の台詞はとてつもなく切実だった。
自分で言って傷ついていれば世話はない。

そうして己を卑下している少女に、呆れている人間が1人。
この子は何をもって見向きもされないなどとふざけたことを言っているのか。
声を大にして言いたい。
(鈍すぎる・・・・・・)
恋愛云々はおいておくとしても、件の幼馴染がどれだけこの少女に甘いのか、懇切丁寧に言い聞かせたいものである。
弱者は嫌い
群れるのは嫌い
風紀を乱す者は嫌い
人の言いなりになるのも大嫌い
気に入らない者がいればどこに隠しているのかぜひとも問いただしてみたい仕込みトンファーで滅多打ち。
並盛の秩序は己であるとそう言って憚らない、そしてそれが実際にまかり通るだけの権力をもった男。
並盛の中では最凶の風紀委員長として恐怖の対象である。
対してこの少女の方はといえば
喧嘩は弱い
気が弱い
わりとすぐ泣く
傷つくのも傷つけるのも苦手で、争いごとが大嫌い。
ドジでとろくて何をしてもうまくいかない典型的な「できない子」であり、ついでにお馬鹿だ。
およそ対照的な2人だが、少女は『彼』、雲雀恭弥に絶賛片思い中という不可思議な状態におちいっている。
骸と雲雀と綱吉は幼馴染だった。骸だけ住んでいる土地こそ違うが、もう10年近い付き合いになる。
並盛の支配者と、その隣町黒曜の支配者である2人は、基本的に間に少女をはさむ、よくわからない関係が続いている。
そうしなければ会う度に殺し合いで邂逅が終わってしまうからだ。
別にお互いが嫌い合っているわけではなく(いや雲雀はどうも骸の性質が受け付けられない節はあるが、骸はむしろどちからといえば好感を持っている)
単に雲雀が戦闘マニアで、骸も雲雀ほどではないがそうであることが最大の理由だ。
少女が間に割って入らなければ、うっかりどちらかを殺してしまうまで続くかもしれない、と呑気に――でも本気で――思う程度には。
それをどうにかこうにか平穏大好き平和主義な少女が間に入って仲裁することで均衡を保っている。
そんな少女は、彼の嫌いな弱者――彼の言い方で言うなら草食動物――であるかと思いきや、何故かそれは違った。
基本的に彼は少女を咬み殺さないし、危険な目にあっていたら助けてやるし、
この少女に『お願い』をされると、それが少々本人にとって好ましくない事でも、しぶりはするが、大抵の事は叶えてやる。
第一、今まで『幼馴染』という関係が続いているのだ。
いや、己とてその1人であはあったが、自分はそういった彼の『優しさ』とよばれるものを受けたことは一度たりとてない。
逆ならば掃いて捨てるほどあるのだけれど。
おそらく彼にかすかに残った、人としての優しさというものは、全てこの少女1人に費やされているに違いなかった。

それだけのものを甘受しておいて、「見向きもなれない」とは、随分とまあ頭の痛い話である。

骸は随分前にした約束を思い出す。
あの頃から少女の根本的な性質は名にも変わってはいない。
相変わらず争いごとが嫌いで、誰より甘っちょろくて、お人好しだった。
当時黒曜を支配下に置く為色々と暗躍していた己は、かすり傷程度なら怪我なんて珍しくなかった。
事実大したことなないし、気にもしていなかったのだが、ただ運悪くそれが少女に見つかってしまい、大泣きされたのだ。
今現在の成長した彼女ならば己の性質も能力もきちんと把握しているし、それぐらいどうってことない事を理解しているから、
そこまで大騒ぎしたりはしないのだけれど、まだ幼く、お世辞にも良いとはいえない頭の持ち主である少女にはとんでもない大事件だったらしい。
何を言っても泣き止まなくて、途方にくれたのを覚えている。
「・・・・・・綱吉くん、いい加減泣き止んでくださいよ・・・・・・」
「だ、だってとまらないっ・・・・・・うぇっ・・・・・・」
その頃には少女も幾分か落ち着いてきていて、涙は悲しいからというよりも、あまりに泣きすぎて止め方を忘れてしまったような有様だった。
「そうは言ってもこのまま泣き止んでくれないと雲雀くんに殺されてしまうんですよね」
僕が。
そう、このまま少女が泣き続けていれば間がいいのか悪いのか、少女に関することでは特に勘の鋭い彼が
どこからともなくやってきて、原因である己を咬み殺すだろう。
別に骸に非があろうとなかろうとそれこそ問答無用で。
何故確信があるかというと、すでに経験済みだからだ。この2人と共にあるようになって数年、もう身に染みている。
「きょ、きょーやさんっ?!や、やだっ!!」
けれどそこは伝わらなかったらしい少女は咬み殺されるのが自分だと思ったのか、青くなって叫んだ。
必死で泣き止もうと息をとめてみせて、結局苦しくなってむせた。
酷くなった。
「ひっくっ・・・・・・ううっ・・・・・・ごほごほっ・・・・・・うぇー・・・・・・」
ああもう。
タイムリミットは刻一刻とせまっている。このままでは数分後己は血の海の中にいるかもしれない。
必死だった当時の自分はあまり深く考えずに言い放った。
「わかりました。泣き止んだらどんな物でも差し上げますし、どんな願い事でも叶えてあげます」
だから泣き止んでください
はたして。
その台詞には効果があった。
乱れた呼吸の為に正常なそれにもどることはなかったが、涙はぴたりと止まった。
「ほ、ほんとう・・・・・・?」
「ええ」
どうせこのこの少女のわがままなど大したことではない。
子どもであることもあるし、根が優しい分、他人に対して無理難題は言えないのだ。
だから口だけでなく、わりかし本気で何でも叶えてあげる気だった。
大抵のことなら叶えてやれるぐらいの力はある。
泣き止んだことにとりあえず胸をなでおろして、あとは可愛らしい『わがまま』を聞いてやろうと受け身の態勢に入る。
そう、叶えてやる気はあったのだ。
叶えてやれると思っていた。
本気・・・・・・だったのだが。


「じゃあオレ、きょーやさんとけっこんしたいっ!!」


無邪気な、満面の笑顔で、自分の言葉がものすごいことだなんて思いもしない純粋な子どもは、堂々と言い放った。
「・・・・・・」
「?」
目の前にはきょとんとしながらも、期待に満ち満ちた瞳。
「・・・・・・あー・・・・・・」
前言撤回。

やっぱり、ちょっと難しいかもしれない。



そう、結局己はあの『わがまま』を叶えてやれていない。けれどあの約束は消えた訳ではない。
じれったいならこちらがけしかけてやればいいのだ。あの『わがまま』を叶えてやろうではないか。
「はいはい、わかりました。僕がなんとかしましょう」
「はい?」
唐突すぎたのか、一体何の話だと首をかしげる。
「とりあえず雲雀くんに会えればいいんですよね?」
「え?あーうん・・・・・・そう・・・・・・なのか?」
もちろん会いたい。恋人になりたいのはもちろんだけど、とりあえずそれ以前の問題なのだ。
「でも仕事の邪魔したくないし・・・・・・」
別に会うだけなら応接室にでも押しかければ会えないことはないのだ。
でも彼が本当に風紀の仕事に誇りをもっていることを知っているから、その妨げになるような事はしたくない。
変なところで少女は頑固だった。少し少女と会う時間ぐらい、彼にとっては何でもないと言っても聞きはしないだろう。
ので。

「潔くそこらへんは無視してみることにしました」
「へ?」

何か嗅ぎなれない匂いがしたと思った瞬間。
そこで少女は意識を手放した。






目が覚めたらそこはどこかの廃墟でした。なんだそれ。
「・・・・・・ここどこ」
「元黒曜ヘルシーランド。そうですね、僕のいわゆる『アジト』と呼ばれるもののうちのひとつです」
「・・・・・・骸?」
予想外にもすぐ横で返答があって、目線を向けてみればそこには見慣れた幼馴染の顔。
「大丈夫ですか綱吉くん。どこか痛む所などはありませんか」
「別にどこも痛くは・・・・・・」
と言いかけて、身体を動かして確認しようとした少女は重大なことに気づいた。

身体が動かない。

意識ははっきりしているものの、身体全体がとても重くて、虚脱感にも似た疲労のように、力が入らない。
「ええーーーーーーっ?!ちょ、オレ動けない!!」
「あ、それだけなら大丈夫です。そういう薬ですから」
いやあよかったです、きちんと効いて。
あっさりと特徴的な髪型をしている男は言い放つ。ちょっとまて。
「犯人おまえかーーーー!!!!」
「あれ、まだ気づいてなかったんですか?」
僕のアジトだと言った時点で気づきましょうね。このままだと君変な輩にあっさり誘拐されて大変ですよ、なんて。
今この瞬間変な輩はお前だ、という台詞を、少女は辛うじて耐えた。
よくよく視線を巡らせれば自分はソファの上に横向きに寝かされていて、その身体は縄で拘束されている。
手首と足首、ご丁寧にも背中の後ろに腕はまわされてから。
例え身体が動いたとしても、綱吉には自力で拘束を解くなんて無理だっただろう。
しかし。
「・・・・・・何でオレ縛られる必要まであるわけ?」
どうせ動けないのに。
「ああそれは僕のシュミです」
「死ねこの変態が!!恭弥さん助けてーーー!!!」
「ヘンタ・・・・・・ちょっと綱吉くんそれはさすがにちょっと傷つくんですが」
自業自得だこのパイナップルめが。
なんでこいつこういう無駄な所こるのが好きなんだ。
やたらと演出過剰というか回りくどいというか遊び好きというか嫌みったらしいというか。
(もうやだ。きょうやさーん・・・・・・)
ん?
「ちょっとまてお前なんでこんなことしてんの?」
「すっごい今更ですね。先程貴方が答えを叫んでたでしょう」
「は?」
「『彼』、呼んだでしょう?」
「・・・・・・え?」


さっき?


誰を呼んだかと言えばそれはもちろんいつも頼りになる絶賛片思い中の相手―――・・・・・・


って。


「あああああーーーーーーーーーっ!!!!」


そうだこいつ恭弥さんに会わせてやるとかぬかしてた!




「いやあ彼のことですからすっ飛んできますよ。よかったですね」
「こんのどアホーーー!!!!お前まじでろくなことしないな!!!!!」




ああなんでオレ今動けないんだ動けたらこいつぶん殴るのに!!!
「オレ仕事の邪魔したくないって言ったろ?!」
「僕も言ったじゃないですか」
「何を」
「潔く無視することにしました、って」
キラリ。一仕事おえた後のように爽やかな笑み付き。いっそ死ね。
「まあ最初は応接室にでも押し込めようかなとも思ったんですけど。
君すぐにでも出て行きそうですし、それにこの方が楽し・・・・・・ドラマチックかなーと」
(本音だだもれだーーー!!!)
「で、でも恭弥さんこの状況なんて知らないし!」
そう、知らなければここにくることもないし、煩わせたりしないですむ。
「ちゃんと連絡したので大丈夫ですよ。言い終わる前に切られましたけど」
あれは相当怒ってますね。と呑気に変態パイナップル(格下げ)は言った。希望の糸が絶たれる。
ふつふつと殺意にも似た怒りが湧き出してくる。大きく息を吸った。
「おっまえただでさえ忙しい時期だっていうのにこれで恭弥さんに少しでも鬱陶しいとかめんどくさいとか
思われたらどうしてくれるんだよお前結局オレだしににして自分が楽しいことしたいだけだろ
馬鹿アホまぬけパイナップル変態!!!」
大音量とノンブレス。さすがに言い切った後にはぜーはーと苦しそうに喘ぐ。
骸が大丈夫ですか、と少女に手を伸ばしかけて―――

ガキィイン・・・・・・と金属音が響く。

骸がとんできた『何か』を愛用の三叉槍ではじいた音だ。
一歩間違えていたら確実に死ぬその大きさ、硬さ、質量、スピード。

「・・・・・・来ましたか」

見据える先には待ちに待った人影。常人ならそれだけで失神してしまいそうな殺気をほとばしらせている人間。
ぞっとするほどの怒りを隠そうともしない鋭い眼光と、すらりとした体躯。
死神を思わせるの漆黒。並盛最強最悪の風紀委員長であり、彼らの待っていた相手。

「綱吉に寄るな触るな視界にはいるなむしろ存在ごと消す」

―――雲雀恭弥。










『綱吉くんは僕があずかりました。雲雀くんも最近お忙しそうですし、
制服スカートはいた綱吉くんは可愛らしいですし、いい加減僕が貰っ―――』
健気にも仕事をはたしていた文明の利器は、最後まで相手の声を届けることなく、バキッ、と崩壊音を発する。
見た目にそぐわぬ少年の握力によりへし折られた携帯電話は、機能を停止した。
(あの南国果実が・・・・・・!!)
へし折った張本人である少年――雲雀恭弥は、言葉にさえならない怒りを込めて、内心でそう毒づいた。
形のいい眉をひそめ、誰もが認める美貌にははっきりと怒りの表情が浮かんでいる。
その矛先はもちろん、今の今まで通信していた相手である、10年来の幼馴染。
気に食わなかった。憎んでいるとも、嫌いなのとも違うのだが、それこそ出会った頃から、どうにも腹がたつ。
10年近くたって、成長した今でも、相も変わらず。
性質が受け付けられないという事もあるが、一番の理由は、あと1人存在する幼馴染だ。
いつまでたっても雲雀に対して余所余所しい少女は、あの男に対しては遠慮がない。
名前で呼び捨てるし、言葉だって敬語なんて使わない。
共にいた年数は同じはずなのに、どれだけたっても「恭弥さん」と呼ばれ、敬語も改められる様子がない雲雀にとって、
それは酷く腹立たしい。おまけにこの挑発行為。前言撤回。やっぱり嫌いだ。
そこまで考えてから、雲雀はいらただしげに首を振る。

わかっている。

これは嫉妬、だ。

あの子に一番近いのは自分でありたくて、けれど実際には自分は怯えられてばかりで。
咬み殺したりはしていないし、傍若無人の塊な雲雀にしては優しく接しているつもりではあるけれど、
その甲斐あってか嫌われてはいないのもわかるけれど。
そもそも世間一般の『優しさ』だとか、どうすればいいのだとか、そういうことにむいていない自覚はある。
あの子は依然として自分の前では怯えるそぶりを見せていて、それをどうすれば消せるのかなんて、わからない。
屈強な男100人をいともたやすく怯えさせることのできる存在は、脆弱な少女1人怯えさせないことはできない。
そんな雲雀とは対照的に、もう1人の幼馴染はそういう事が得意だった。
同じだけの力、同じだけの権力、同じように恐れられている存在は、それでも少女を怯えさせたりはしない。

歯がゆい。

怯えさせたいわけではない。恐怖が欲しい訳じゃない。本当は。好意、を。
他人にこういう感情をもつなんて、あの子と出会うまで、考えたこともなかったのに。
更にはそれを受け入れて欲しくて、自分より近い存在に嫉妬して。
自分の思い通りにいかないことなんて、あの少女の事以外なかった。
それでも。

あの変態男のテリトリーである街に乗り込み、アジトと呼ばれる場所を突き止め、配置されていた群れを
怒りのまま咬み殺し、(あまり覚えていないので、死なない程度に手加減ができたかどうかも定かではない)
横たえられている少女に向かって、手が伸ばされる光景に、目の前が真っ赤になった。

それでも。
諦めてやる気も、譲ってやる気も、更々無い。






「恭弥さん!!」
助けを求めた相手の登場に、ぱっと少女の表情が輝く。
なんだかんだ言ったところで、助けにきてくれたことが嬉しくてしょうがない。
「・・・・・・怪我はしてない?そこの変態に何もされてないだろうね」
「はい!あ・・・・・・た、たぶん」
ちらり、と綱吉に視線をよこして、少しだけ和らげられた表情にほっとして、
思わず反射的に答えてしまってから、自身がそれを確かめられない状況であることに気づく。
綱吉は確かな情報を伝えようと、改めて状況を振り返ってみる。うん。
「え、えーと、変な薬かがされて動けなくて、縛られてるだけです」
「ちょっと綱吉くん?!」
さすがの骸も青くなった。何も間違ってはいないが、言い方というものがあるような気がする。
案の定。
「・・・・・・へぇ」
低い。とてつもなく低い。絶対零度の低さだった。
「僕にしては長い付き合いだったね六道。これまでの縁で遺言ぐらいは聞いてあげるよ」
そして死ねむしろ殺す。
断定だった。それが彼の口癖でないあたり、かなり本気であることが伺える。
これ以上があるのかとさえ思った先程の怒りさえ、軽く凌駕した。
というか今更確かめるまでもなく大の本気だろう。少しでも油断しようものなら死ぬ。
さすがにちょっとまずいかもしれない、と骸は少しだけ後悔すると同時に、能天気な少女が少しだけ憎らしくなった。




「きょ、恭弥さんすいません!!」
「どうして君が謝るの」
結局その後数時間、彼らは戦い続け(その全てが速すぎて綱吉にはまともに見えさえしなかった。どういう体力をしているのだ)
双方ぼろぼろになって、どちらもほとんど動けなくなるほど満身創痍になるころには、綱吉も動けるようになっていた。
ところどころ擦り切れ血液やら土やらが付着した制服が、その凄まじさを物語る。
何本か骨もいっているのだろう。
お互いにくずれ落ちるように壁によりかかりながら、自身で応急処置を施している間にも、時折顔をしかめていた。
逆に邪魔になるので手伝うこともままならないまま、綱吉は心底後悔していた。
「だ、だってオレが恭弥さんに会いたいなんてうっかり言っちゃったから・・・・・・」
死にさえしなかったものの、2人にこんな怪我をさせてしまった。
悪いのはほとんど骸ではあるのだが、それでも彼が綱吉の願いを叶えようとしてくれたのは本当だった。
自分が図々しくもそんなことを願ってしまったから。
その台詞があまりにも予想外だった雲雀は、目を丸くして心の底から驚く
一瞬、都合のいい夢でも見ているのかと疑ったほどに。
「・・・・・・君、僕に会いたかったの?」
「えっ!?あああ!!!いえっそのっなんといいますかっ!!
うわーーお願いだから聞かなかったことにしてください〜〜〜!!」
「却下。僕に会いたかった、って君、何か用事でもあったの?」
それならさっさと会いにこればよかったのに、という台詞に、
存在をすっかり忘れられ、2人の邪魔をしないよう、1人寂しく傷の手当をしていた骸はずり落ちた。
ここまできて、この展開で、その台詞がでてくるなんて、一体どれだけ鈍いのだこの男は。
「ち、違うんですっ・・・・・・用があった訳じゃ・・・・・・なくて・・・・・・かった・・・・・・から」
「何?聞こえないんだけど」
「だ、だからっ・・・・・・寂しかったから・・・・・・会いたいなーなんて・・・・・・」
言った。言ってしまった。恥ずかしいことこの上なかった。
そもそも綱吉は雲雀の恋人ではないのだから、単に会えなくて寂しいなんて、筋違いのような気がするが、そんなのは後の祭。
真っ赤になって俯いてしまった綱吉が、しばらくしてもあまりの雲雀の反応の無さに、恐る恐る顔を上げると、
そこには初めてといっていい、雲雀の呆然とした表情がまっていた。心なしかその肌は赤みをおびている。
(可愛い―って違う!え、ええっ?!)
「きょ、恭弥さん・・・・・・?」
「・・・・・・君は」
「え?」
「君は、僕に怯えてるんだと思ってた」
「えええっ?!違いますよなんでそうなるんですか?!」
「だって僕と2人になると挙動不審になるし」
「ぐっ・・・・・・いやそれはちょっと緊張してるだけであって別に怯えてるわけじゃ・・・・・・」
「緊張?」
「そ、そこはあまりつっこまないでいただけると非常に嬉しいんですけど」
「怖くはないの」
「何で恭弥さんが怖いんですか?」
きょとん、と不思議がる綱吉の言葉に戸惑いはなかった。
綱吉にとって雲雀はいつも助けてくれる頼りになる想い人で、まかりまちがっても恐怖の対象ではない。
日頃の行いから怖いことをするな、怖い人なんだな、と認識はしていても、雲雀が綱吉に酷いことをするとは思ったことがない。
というか、雲雀の姿を目にいれるだけで、心拍数があがったり赤くなったり緊張して、正直それどころではないのが本音だ。
小さい頃はそのうち慣れるからそしたらもっとアプローチとか色々頑張ろう、とか
せめて緊張しなくなってからの事を考えていた時期もあったのに、
慣れるどころか年々ひどくなっていくのは一体全体どうしたことか。
しかもそれが怯えている(よくよく考えるとかなり心当たりがある)と思われていたなんて、本末転倒というか、なんというか。
ちょっとショックだった。自分のバカ。
「オレ、恭弥さんがいたらすっごく安心するんです」
「・・・・・・そう」
「はい!」
綱吉は真っ直ぐに目をみて自信満々に言い放つ。あまりにも予想外、そして都合のよすぎる展開に、
雲雀はどうしたらいいのかわからなくて、意味もなく視線をさ迷わせる。
今、自分がすごいこと言っているのを自覚しているのだろうかこの子は。
「・・・・・・うん、僕も会いたかったよ」
「え」
「綱吉に」
「ええっ!!!??」
「今度からはそこの変態に頼ったりしないで、直接僕のとこにおいでよね」
驚愕にそまった少女の頬に手をあてて、雲雀は無意識に表情を和らげる。
「っ・・・・・・!!はい!」
その表情に見惚れた少女は、嬉しそうに満面の笑みを返した。







「で?」
「で?って何が?」
その1週間後、まだまだあちこち痛む身体を引きずりつつ、近況を確認しに少女の家にやってきた骸は、
いらっしゃいと暖かく迎えてくれた奈々の入れたお茶を飲みつつ、問いかけた。
「結局その後君達はどうなったんですか?」
「どうって・・・・・・恭弥さんのお仕事終わるまでオレが応接室で待ってていいって。
それで終わったら一緒に帰れるようになったんだよ!遅いから家まで送ってくれるし幸せ!」
「それはよかったですね」
骸は万感の思いを込めて相槌をうつ。
やっとこのじれったい2人も落ち着いてくれたかと今までの記憶を思い返し、感動にも似た思いでしみじみしていた所に。
「一緒に帰るなんてなんか恋人同士みたいだよなー」
うっとりと夢見心地で呟かれた言葉に、しかし、ぶっ!と思わず飲んでいたお茶を噴き出した。
ごほごほとむせながら骸は先程の言葉を反復する。恋人同士『みたい』?
「ごほっ・・・・・・ちょっ・・・・・・」
「どうかした?」
頭に疑問符を大量に付けながら、少女は無邪気に聞いてくる。
「ちょっとまってください。君達、付き合い始めたんじゃないんですか?!」
「ええっ!!そ、そんななんでいきなりそんなことになるんだよ!」
「一緒に帰ってるんでしょう?!」
「そりゃそうだけど・・・・・・別に付き合ってるわけじゃ・・・・・・そうなったらいいなーっていうか」
へらっと赤くなって嬉しそうに少女は言うが、そんなことはどうでもいい。
なんてこった。
あれだけお膳立てして、盛り上がって、あんな台詞を交し合っておいて、進展したのは一緒に帰るだけ?!
何の為にわざわざあそこまで手の込んだことをしたと思っているのだ(いや大部分は趣味が入っていることは否定しないけれど)
ああいう事件を起こせば盛り上がった勢いで何かあるだろうと、というか実際にあれだけのことをお互い告白しあっておいて。
「・・・・・・一応確認しておきます。君、雲雀くんと結婚したいんですよね」
「け、け、け、結婚っ?!うわぁ・・・・・・し、したい・・・・・・けど。恐れ多いっていうか」
真っ赤に両手を頬にあてて俯く。少女は変わっていなかった。夢も、想いも、その他いらないところまで。


ああ。

折れた肋骨がずきずきと痛む。




道のりはまだまだ遠いらしかった。






リクエスト第1弾。
なんとヒバツナの大先輩成瀬様にリクエスト頂きました。
最初名前見たときは夢かと疑いましたよ。もうすごい感動ですよ。
なのにすいません。本気ですいません。内容リクからなんかずれててすいません!!!
少女漫画ですいません!タイトルからしてすいません!収拾つかなすぎてすいません!
なんだか想像以上に長くなって視点もめちゃくちゃでもうどうすればいいか
わからなくなって結局そのまま載せてみたり(今すぐここに土下座しろ
へ、返品受け付けます。

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