※みようによってはツナヒバっぽいので苦手な方は注意してください
「そうか」
唐突に何か気づいたように呟かれた言葉に、思わず反応したのがことのはじまりだった。
「どうかしましたか雲雀さん」
「うん。ねえ綱吉」
「はい」
「僕が勝負で勝ったら」
「はい」
「僕と結婚してよ」
「はい―――ん?」
「言質、とったからね」
ニヤリ、と上機嫌に笑うその表情は、オレがとりかえしのつかない失敗をしてしまったことを表していた。
て、いうか。
「え―・・・・・・えええええええええ!!!!!」
オレの幼馴染、雲雀恭弥さんは、並盛中の風紀委員長だ。
学校と並盛をこよなく愛し、並盛の風紀を守ることに一遍の迷いも見せず、
常日頃から愛用の武器であるトンファーを持ち歩き、気に食わない相手や風紀を乱す輩がいれば容赦なく咬み殺す。
あらゆる方面に力を持っていて、並盛の秩序は己であると言って憚らない、恐ろしいお方である。
そんな雲雀さんは強い人間がそれはもう大好きだ。幼い頃唯一自分と互角に戦えたオレに大喜びで目をつけて、
10年近くたった今でも、しばしばオレに戦闘をもちかけてくる。
できることなら争いごととは無縁な平穏な毎日をおくりたいオレとしては、ぜひともご遠慮願いたいんだけど、悲しきかな
それができるなら10年もこんな関係を続けちゃいない。
日頃いっそ見事なまでに運動能力皆無なダメツナで通っているオレが、何故か雲雀さんと戦う時だけ
ありえない身体能力を発揮してしまうことを、少々恨めしく思った。
「ちょっと待ってください雲雀さん!い、今なんとおっしゃいました?!」
「うん。だから、僕が勝負で勝ったら君、僕の夫になりなよ」
にっこり。そう形容していいだろう表情で笑むその人は、顔だけなら大層麗しい。
まっすぐに伸びたさらさらの黒髪も、黒曜石のような漆黒の瞳も、ほっそりとしたその輪郭も、
白いワイシャツと黒の制服ズボン、学ランに包まれたすらりとしたバランスのとれている体躯も、
どれもこれもが常人より美しく、整っている。
うっかり見惚れてしまい、反復された言葉を流しかけるが、なんとか日頃の耐性で踏みとどまった。
「なっ、なっ、なっ・・・・・・!!なんでそうなるんですかぁ?!」
一体全体どんな思考回路でだされた結果なのだ。一瞬目の前の人の優秀なはずの頭を疑った。
(け、けけけけけ、けっこんーーーーーっ?!)
オレと雲雀さんが?!色々つっこみどころが多過ぎて何からつっこんでいいのかわからない。
いつでも毅然とした態度をくずさないその人は、今だってすごくかっこいいのに、どうして唐突にこういう乱心じみたことを言うのか。
「なんでそんなに驚くのさ」
「驚きますよ!なんでいきなりそんな事言うのかわからないし、大体オレ男ですよ?!」
「それの一体何が問題なの。というかそれこそ問題ないじゃない。だって僕は―――・・・・・・」
「女なんだし」
そのあまりにも堂々と宣言する態度に、オレは頭を抱えた。
そう、雲雀さんこと雲雀恭弥さんは、名前も格好も喋り方も仕草も、何もかもが男みたいだけど、
正真正銘、実の、女の人、なのだ。
オレがこの人を恭弥さん、ではなく雲雀さん、と呼ぶのも、ひとえにそれが理由。
だって恭弥さんて、なんだか男の人みたいだし。いや雲雀さんにとても似合ってはいると思うし、
かっこいいとは思うんだけどね?でもオレはよくわからない意地のようなものでずっとこう呼んでいる。
雲雀さんは、あらゆる面で男だと思われてた方が都合がいいからって、ずっと男の振りをしている。
(服装だって男物の方が動きやすいし、特に戦闘面において女だと思われると全力を出し切らない
不届き者がいたりするのだとか)
制服だって男物だし、口調も男だし、周囲の人だって皆男だと思って疑わない。
多分、並中でこの人が本当は女性なんだって知っているのは、オレぐらいだと思う。
「そ、それはそうですけどっ・・・・・・」
言えない。実は雲雀さんは女の子の方を好きになるんじゃないかとか思ってたなんて、命が惜しければ言ってはいけない。
そりゃそうだ。いくら雲雀さんが男装して男の振りして生きていたって、できれば男に生まれたかったと思っていたとしたって、
別に自分が男だとは思っていないわけで、好きになるのは異性である男の人であることが普通なのだ。
(好き、に―――・・・・・・)
「うぇえええええええっ?!」
「・・・・・・今度は何?」
もはや呆れたようにため息雲雀さんは聞いてくるけれど、オレはそれどころじゃなかった。
(好きって好きって好きってぇーーーーー!!!!)
自意識過剰もほどほどにしろ!と自分に言い聞かせるのだけど、でもさっきのは明らかにプロポーズで。
ってことはやっぱり普通に考えて雲雀さんはオレのこと―――・・・・・・
「うそぉ・・・・・・」
沢田綱吉、性別男。
人生初の告白の前に、人生初のプロポーズをされてしまいました。
僕の幼馴染、沢田綱吉はよくわからない男である。
僕と戦う時には強いのに、そうじゃない時ははっきりいって雑魚だ。
勉強はできない、運動も駄目、芸術面もからっきし、どじで不器用で気弱で顔も普通。
学校ではダメツナと呼ばれてたりすることを知っている。
唐突。
そう唐突だった。
いつものように戦って、腹立たしいことに勝てなくて。
争いが終わった途端に、へらりと安堵したように嬉しそうに笑うその表情を見たときに。
それでもこちらをまっすぐに見て、家でご飯食べていきますか、と当然のように台詞をはかれたときに。
いつものことだった。沢田綱吉がそう言うことは何も珍しいことではなかった。
けれど明らかに争いごとを忌避している事を表した直後に、その言葉を何の含みもなく言えることが。
忌まわしい事態を引き起こす張本人を、あっさり受け入れることのできる事実を表していることに、唐突に気づいた。
そして、苛立ち。
君は誰も彼も受け入れる必要なんてない。
誰にでも平等に、優しくあれるその姿は、尊いものと呼ばれるのかもしれないが、自分にとっては
腹立たしいものでしかない。
他人のことなど考えさせたくない。そんなものはおもしろくないし欲しくない。
その琥珀色の瞳も、色素の抜けた金色の跳ねた髪も、細いその手足も、
苛められた時の怯えた表情、慌てた顔、時折幸せそうにほころばせるその表情、悲しげに歪められるその瞳。
小さなその存在全て、己の物であればいい。
愕然と、した。
つまり自分は。
この子を誰にも渡したくないと、自分が手に入れたいのだと、気づいた。
(へぇ)
まさか自分に存在するとは思わなかった感情に、困惑よりも先に感心してしまう。
あろうことか。
僕は沢田綱吉に恋、をしているらしいのだ。
気づいてからは速かった。元々欲求には素直な方だ。欲しいから誰にも渡したりはしない。どんな手を使ってでも必ず手に入れる。
あまり頭が良いとは言えないその子をいいくるめて、逆らえないように言質をとって。
あの子にとっては災難かもしれないが、そんなものいちいち気にすることではない。
もしかするとこれは『恋』などというそんな綺麗なものではないのかもしれない。
もっとどろどろとした俗物的で醜悪な、何か。
それでも自分は沢田綱吉という人間におそらく好意を持っていて、手に入れたいと思った。
それだけで十分だった。
いきなりの僕の台詞に狼狽する様がおかしくて、もっと苛めてやろうか、と思う。
それはそれで楽しい。
ねえ沢田綱吉。君は僕にこんな感情をもたせてしまったんだから、きちんと責任をとってよ。
オレと雲雀さんは戦闘においてほぼ互角だ。ただ中学に入るころになって、男女の差なのかなんなのか、
最近はオレが連勝している。けれどだからと言って油断はできない。
相手は『あの』雲雀さんで、屈強な男共をけちらして並盛の秩序を守っているお方。
少しでも気をぬけば負けてしまう。
お馬鹿なオレは雲雀さんの誘導に簡単にひっかかってしまったから、オレが雲雀さんに負けたら
問答無用、真剣に即婚約者決定である。約束を破ったときのことなんて、恐ろしすぎてもう想像もしたくない。
それはもう必死さの度合いが違う。
「そうこなくちゃ」
舌なめずりする雲雀さんは非常に楽しそうだった。
オレは全然楽しくない。ただでさえ必死だったそれに、こんなオプションまでついてしまって、何が楽しいというのか。
「お、オレ負けても雲雀さんの言うとおりにするとは限らないでしょう……?!」
そんなに真剣にならなくったって。けれど雲雀さんはそんなことで手をゆるめるような相手ではなかった。
「いいんじゃない?その時はその時で既成事実を作るって手もあるし」
こういう時だけは便利だね女って。とあっさりとのたまう。泣きたい。
(・・・・・・ああ神様、オレに平穏な日々をください)
そんな切実な悩みによる願いとは裏腹に、平穏とはかけ離れた転機が訪れた。
「雲雀さん!獄寺君!」
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
無関係な人達や、雲雀さんまで巻き込んで。
獄寺君に連れられてきた雲雀さんはひどい有様だった。
白いシャツは土か血のなれのはてなのか、見るも無残に黒く汚れ、秀麗なその顔には擦り傷、
切り傷に青痣、痛々しい痕であふれている。
今まで10年近く付き合ってきて、そんなぼろぼろの雲雀さんを見るのは初めてだった。
この人はいつだって自分の能力を知っていて、信じて疑わなくて、自信満々で、
事実それだけの力を持った人だった。
絶対的で圧倒的で、例えオレにやぶれようと、その先の勝利を信じてどこまでだって進んでいける。
悔しい。
怒りも、悲しみも、もしかしたら憎しみもあるかもしれない感情の中で、その言葉だけが
はっきりと存在を主張する。
悔しい悔しい悔しいくやしいくやしいくやしい!
こんな奴に。
フゥ太を人質にとってランチアさんにひどいことさせて、山本も、獄寺君も、お兄さんも、
草壁さんも、無関係な人達だって巻き込んで、色んな人を苦しめたこんな奴なんかに。
誇り高いこの人を傷つけられた。
「おや、よくその傷で動けるものですね。骨も何本か折ったはずなのですが」
「うるさい」
ぴしゃりと言葉を遮った雲雀さんに、男は何かをおもしろがるように笑う。
「その矜持、忍耐、精神力の強さ、尊敬に値する」
目を細め、うすく口角をつりあげて。
「本当に素晴らしい女性ですね。うっかり好きになってしまいそうですよ」
唐突にもたらされた言葉に、場の空気が凍った。
「お・・・・・・んな?」
唖然とした獄寺君が、傍らに立つ雲雀さんを見やって、信じられないとばかり呟いた。
なのに返ってくると思った否定の言葉はいつまでたっても雲雀さんは発することがなくて、
それが本当なのだと知ってしまった彼は、口をぱくぱくしと動かし、
場の雰囲気とはひどく不釣合いな、まぬけと言っていい表情で、声にならない声をあげた。
あのリボーンでさえ、驚きの表情を隠せていない。
「お前・・・・・・!!」
「おや、その様子だとボンゴレは知ってらしたようですね」
残念です、驚かせたかったのに。
まったくそうは聞こえない声色で呟く。雲雀さんの格好や様子から、それを隠していたことをわかっていて。
だからそれをわざと踏みにじるように晒してみせる。ひどく楽しそうに。
最悪だ。
たぶん、理解はできても一生認めることはできない理屈。嫌悪さえ感じる。
「クフフ、そんな顔しなくても、別におかしなことはしていませんよ。
拷問の過程で身体的特徴から気づいただけです。ご安心を」
「黙れ」
例えば身体の柔らかさ、男性的ではない線。散々なぶった感触をしっているからこその理由。
目の前が真っ赤になった。
許せなかった。
むかつくなんてものじゃない。怒りで体が震えた。
雲雀さんが怒りのままに男に向かっていって、激しい攻防の中、金属同士がこすれあうその音を、
どこか遠くにいるように聞く。何かが、冷えていった。
やがて男を咬み殺して気絶した雲雀さんにかけよる。
本当は意識さえ保っていられるはずもない姿に、胸が痛くなった。
本当は。
本当は、嬉しかった。雲雀さんがオレを選んでくれたこと。
だって本当はオレはずっと。
意識が。どこか慣れ親しんだ『何か』に変化した意識が。
背後でゆらりと起き上がった男の気配に反応する。
「オレが」
目で見ることなくそれをはっきりと捕らえ、呟いた。
「オレが『こうなって』しまってから」
冷える冷える、意識が変革する。
「『この人』以外の為にこの力を使うのは、お前が初めてだ」
光栄ですね、と返された気がする。
ゆっくりと振り返る。体は、軽い。意識が、変わる。
「『婚約者』をやられたまんまじゃ、死んでも死にきれねぇ……!」
それから先は、あまり覚えていない。
ただ全てが終わった後で、恐ろしい家庭教師に詰め寄られ、全部洗いざらい吐かされ、
さんざんねちねちにやにや脅され、いじめられた事だけが、痛い記憶だったと、思う。
それから数日。いまだ安静を言い渡されている雲雀さんの病室で、オレ達は向かいあっていた。
いつでもオレについてこようとする獄寺君は、今回こなかった。雲雀さんが女であることを知って、どう対応していいのかはかりかねているらしい。
「・・・・・・すいません、ばれちゃって」
女であることを今まで完璧に隠せていたのに、オレのせいで、それが他人にもれてしまった。
この人が今まで築いてきたものを、オレが壊してしまった。
どうしようもない罪悪感。
けれどそんなオレの感情とは裏腹に、雲雀さんはとてもあっさりとしていた。
リボーンはともかく、天敵といっていい黒曜連中や、そりが合わない獄寺君にばれてしまったことに
相当の怒りを覚えているはずなのに、まるで大して気にもしないないみたいだった。
「別に。君の責任でないことを謝られると、逆に不愉快だよ」
そうはっきり言い捨てる姿に感嘆する。だってこの人の言葉に嘘はないから。
オレのせいで巻き込まれたことは間違いないというのに、心の底から、本気でそう思っている。
そういう潔くて、自分の行動全ての責任を迷いなく負う姿に、オレはどうしようもなく憧れているのだ。
この人のようになりたい。
この人に、追いつきたい。
「まっててくださいね」
「何を?」
くっ、と楽しそうに、皮肉気に笑う。問うているくせに、きっと全部わかっている。
わかっていて、あえてこちらの希望通りには行動してくれないのが雲雀恭弥という人間なのだ。
「君が」
目を真っ直ぐに合わせて、オレはその黒曜石に魅入られる。その声はまるで神への宣言か、さながら歌うように。
「君が追いつく前に、僕が君を負かせてあげる」
そしたら君は僕の夫になりなよ。
心底本気でそれが実現されると信じているその人は、意地悪く口角をつりあげる。
2度目のプロポーズ。
なんだかすごく気障っぽい気がするのに、ものすごく似合っていて、
オレは、五月蝿い心臓の音と、それから頬が熱くなるのがわかった。
ああもう、なんでこの人はいちいちこんなにかっこいいんだ!
真っ赤になって迫力がないことは自覚しつつ、楽しそうに笑っている相手を睨みつけながら、
せめて、普通の告白なら受け入れられたのに、と思う。
だって今更だとは思うけど。
プロポーズはオレからしないとかっこ悪いじゃないか。
それも結構時間の問題っぽいけど!
リクエスト第2弾。
楽しかったです。(え
・・・・・・これってもしかしてツナヒバなんだろうか。一応ヒバツナのつもりで書いたんですが。
実を言うと私ツナヒバ全然OKなんですけど(え、ちょっとまて
私は2人が幸せならぶっちゃけ気にしないんですが(ええー
一応注意書きは書きましたが何かの間違いで読んでしまった苦手な方は
本当に申し訳ありませんでした!
天野緋奈様に捧げます。煮るなり焼くなり捨てるなり文句言うなり
お好きにどうぞ。返品は受け付けます。