ふと屋上から下を見下ろせば、ずるずると人間を引きずっている真っ黒な恋人の姿。
「あ、恭弥さんだ」
ぱっと笑みを見せる主に、獄寺は飲みかけの飲料水をぶっと吹き、大いにむせこんだ。
「だ、大丈夫獄寺君!?」
「じゅーだいめぇええええええ!!」
いきなり噴き出した友人を心配してみれば、悲痛な叫びが返ってきた。あまりの剣幕に思わずひく。
「な、何?」
「な、なんすかそのきょ、きょ、きょ・・・・・・!」
駄目だ言いたくねーーー!!と、耐え難いとばかりに高らかに叫び、獄寺は悶絶している。
今にももてあました感情発散に何かを破壊し始めそうだった。
とりあえずそんなことをされてはこよなく学校を愛している恋人に怒られてしまうので(学校側は大した問題ではない)
また暴走しているなぁ、と思いつつ、綱吉は素直に聞きなおす。
「きょ?」
「何すかその呼び方!」
「ああ、恭弥さん?」
「ぐごほっ・・・・・・!」
クリティカルヒット。獄寺は999のダメージを受けた。
地面に倒れ付し、時折ぴくぴくと悶絶しながら、大げさなまでにうちひしがれている。
世界中の不幸を背負っているかのようなショックの受けっぷりである。
もちろん彼はいつだって本気なので、今頭の中はどこかの底辺を彷徨いながら嘆いているに違いない。
「いや、付き合い始めたんだし、いい加減呼び方戻せばってヒバリさんが――・・・・・・」
「あのヤロー10代目に無理強いしやがってぇえええ!!!」
頬を赤らめながら、オレもそっちの方がなれてるし、とへらりとしながらいう綱吉の
惚気に近い台詞はもちろん聞き届けられることはない。
名前呼びといういかにも恋人同士っぽい行為を、雲雀に一方的に押し付けられたものだと決め付けている。
むしろそれ以外は受け入れられないらしかった。
綱吉本人としては昔に戻ったようでちょっと嬉しかったりするのだが、思い込みとは恐ろしい。
どうにも彼はヒバリとのお付き合いを快く思っていないらしい。
はぁ、と綱吉は、好きな人との関係を、友人に受け入れてもらえない事への悲しみが入り混じった溜息をもらす。
悲しいけれど、今まで受けてきた所業を考えると、その気持ちはわからなくもない。
大体彼からしてみれば雲雀と自分は同性同士なのであって、それに軽蔑されないだけ、むしろ有難いと思うべきなのだ。
普通なら気持ち悪いと言われても仕方が無い。わかっているけれど。こうまで嫌がられてしまうと、さすがに悲しい。
けれどこればっかりは、さすがの綱吉も譲歩する気は全くないので、獄寺には可哀相だが我慢してもらうしかない。
その代わり綱吉は、獄寺によって降りかかるあれやこれやの被害にも目をつむることにした。
・・・・・・なんだかおかしくないだろうか。
そう思いはするのだが、幸せ絶頂期である今現在、そんなのはとるに足らないことなので、軽くスルー。
やっぱあいつは今すぐはたすまずはダイナマイトの調達をしていっそ応接室ごと――・・・・・・
そんな物騒な自称右腕の呟きを、綱吉は本気で聞かなかったことにしたかった。
『彼』の大好きな学校、それもその拠点にそんなことしようものなら、結果が恐ろしすぎて想像もしたくない。
すると、それまで自称右腕の暴走を楽しそうに観察しつつ、傍観者を決め込んできた山本が、
何かに気づいたのか、おや、とした顔をして、会話に加わってくる。
「ツナ、前はヒバリの事名前で呼んでたのか?」
「あ、うん。中学にあがった頃に替えたんだけどさ。目立つし」
「なるほどなー。・・・・・・本当に幼馴染なんだな」
しみじみと山本は頷く。
この親友が並盛の風紀委員長と付き合い始めて以来、本当に大丈夫なのかと正直彼は不安に思っていた。
今までのあの委員長に関する記憶といえば、一方的に咬み殺されたり、はたまた誰かを咬み殺していたり、
何故か委員会ぐるみで集金をしていたり、正直かなり容赦がない印象だけだ。
味方としては頼りになるが、味方だからといって咬み殺さないかと言えば別問題な男だ。
(いやまあそもそも味方と言えるかは微妙なんだよな)
殺されたりはしないだろう。けれど傷つけられはするんじゃないかと心配していたのである。
しかしヒバリとの関係を隠す必要の無くなった親友は、何の戸惑いもなく嬉々としてヒバリの所へ向かうようになった。
今まで彼と遭遇する度にびくびく怯えていた様子が、綺麗さっぱりなくなった。
(後で聞いた話だが、あれはヒバリ本人よりもヒバリとの関係がばれることを怖がっていたらしい)
戻ってくる時の様子も別にどこもおかしくない。怪我をしている様子も、何か脅された様子もなく、いたって上機嫌だ。
道端で出会えば、ぱっと顔を明るくして挨拶をして、声が届かない範囲ならばひらひらと手を振る。
ヘタをすると自分や獄寺に対するそれよりも気安げなそれに、当初はそうとう驚いたものだった。
こうして時折ちょっとした会話の中でも名前がでるようになって、意識せずとも口の端にあがるそれに、
今まではあえて隠していたのだと嫌でも知った。
綱吉、と呼ばれると嬉しそうに笑う。そこにあるのは純粋でひたむきな好意だけで、どうしてオレ達が今までこれに気づけなかったのか、
不思議な程だった。胸中を複雑な感情がうずまく。そんな風に感情を表すのを見るのは、初めてだった。
そこまでこれば認めるしかない。
どうやらあの委員長は、本気で親友に甘いようだった。
どうにも違和感は消えないが、親友は幸せそうなので、黙って見ていることにしている。
「ごちそうさま。ごめん山本、オレ応接室行ってくるから、
授業始まりそうになっても獄寺君がそのままだったら、よろしくね」
最近昼食をとった後の合間に、彼は応接室に向かうようになった。そこでしばらく過ごし、午後の授業が始まる前に帰ってくる。
何を話しているのかまでは知らないけれど、一緒にお茶を飲んだりしているらしい。あのヒバリがなぁ、と思う。
そういう訳で恋人に会いに行くのは嬉しいものの、獄寺を押し付ける形になってしまったのが心苦しいらしく、
その表情は非常に複雑そうだった。それに苦笑を返して、いってこいよ、とうながす。
あまり遅くなると独占欲の強い男が咬み殺しにきかねないのだ。
じっ、と雲雀は己の横に腰を落ち着けた恋人となった少女―綱吉を見ている。
応接室にやってきてからすでに数分、その膠着状態は続いている。
無言のまま一体何を伝えたいのかわからないそれに、見つめられている本人は居心地が悪そうにたじろいだ。
頬をうっすらと紅く染めて俯く。別におかしなことをされているわけでも言われているわけでもないのだが、気恥ずかしいのである。
すると雲雀はその姿に何を思ったのか、そもそも何を考えていたのか、自然な動作で少女の腰に両の手を伸ばし、
その細腕にそぐわぬ腕力でもって軽々と持ち上げた。
わ、と驚きの声をあげる少女を無視して、そのまま自らの膝の上に横向きにのせる。
「きょ、恭弥さんっ?!」
「何?」
更なる困惑のままに声をあげれば、返事が恐ろしく至近距離から返ってきて、
息づかいさえ聞こえそうなその距離に、綱吉はかっと頬が熱を持った。
「いえ、あの・・・・・・ええ・・・・・・?」
もはやまともな思考もままならずに、言おうとしていたあれこれが喉のおくに詰まったまま、もごもごと口篭る。
一体なんなんだこの状況。
とてもじゃないが直視などできずに顔をそらせば、雲雀が楽しげに笑った気配を感じる。
それに恥かしさが増して、逃げようともがくが、がっちりと腕を腰に回され、どれだけ抗おうとびくともしない。
しまいには根負けして、綱吉は疲労からぜーはーと息をはく。腕の力は弱まらない。
そう力を入れているようには見えないし、しかも片腕だというのに。
(そんな細い腕なのにどんだけ馬鹿力なんですか恭弥さん・・・・・・!)
人類の規格はどこに置いてきたのだろうこの人。常識もだが。
疲労してしまった身体は抜け出すことを諦めて、くたりと雲雀の胸板に体重を預ける。
制服越しの暖かいぬくもりが心地よくて、ふわふわとした気分でまどろんだ。
すると、雲雀の空いている方の腕が伸び、その手のひらで綱吉の前髪を軽くかきあげると、
その額に、唇で触れた。
熱を持ったやわらかい感触が、ぼやけていた意識を一瞬でよびさます。
あまりにも自然で、優しささえ感じられる行為に、綱吉は呆然としながら、
あえてそらしていたはずの視線が、無意識に雲雀へと向かう。
ためらいもなく、まっすぐに綱吉に向けられている瞳が、満足そうに細められる。
(う、わ・・・・・・)
かぁああああ、と急激に頭に血が集結し、熱をもった。
心臓がぎゅう、と痛いほど強く締め付けられて、身体全体がその鼓動を感じる程早鐘を打つそれに、
呼吸さえままならなくなりそうだった。
痛みに胸元を押さえた手の甲さえ真っ赤に染まっているのが見えて、それが更なる羞恥を呼んで、ますます思考は混乱する。
「きょ、恭弥さん!お、おお、落ち着きましょう!!!」
「・・・・・・落ち着いていないのは君だけだと思うけど」
「わー!わー!わーー!!!」
(おちつけ!とにかく落ち着くんだオレ!!!)
とりあえず深呼吸。触れられた額が熱くて、涙がでそう。
なんだこれなんだこれなんだこれ。こん、な。
(オレ達、本当に恋人同士なんだ――・・・・・・)
あまりにも甘くて夢見心地な状況に、今更ながらにそれを実感する。
好きになって、信じられないことに好きになってもらえて、こうして優しく触れられる。
幼馴染のままじゃ、決してありえなかった行為。
胸の内を満たす何かが、溢れ出してきそうだった。
あまりに幸せで、幸せすぎて、
この先の未来が、怖い、ほど。
(……どうして恭弥さんはオレなんかを選んでくれたんだろう)
ふと、不安が浮き上がる。それは、水面に落ちた雫の波紋のような。
始めはともかく受け入れてもらえたことが嬉しくて、浮かれてたから考えてもみなかった綱吉ではあったが、
少し落ち着いて・・・・・・まあ物を考える余裕ができるくらいになってくると、疑問だ。
顔
ではない、よな。あんな綺麗な自分の顔見慣れてる人がオレの顔気に入るわけないし。
ではありきたりな所で性格?
・・・・・・どこらへん?
めんどくさがりだし情けないしよく無くし弱虫だし。むしろ恭弥さんは嫌いなタイプではないだろうか。
権力や財力
そんなの一介の中学生にあるわけない。マフィアの10代目がどうの言われてるけど
そんなものになりたくはないのでそっちは却下。ていうかこの人すでに自分でもってるから必要ないじゃん。
運動芸術料理を筆頭とする家事一般。
他だって『ダメツナ』の異名をもっているぐらいだから、何にもできやしない。
となるとやっぱりていうか最初からそれしかないとは思っていたが。
(戦える事、だよな・・・・・・)
恭弥さん戦闘狂だし。
好敵手(なんだか嫌な言葉だ)であるオレに対する好意が、たまたまオレが女だったから
少し繰り上がったくらい?
(・・・・・・)
え、それってちょっとやばくない?
「きょ、きょーやさん!お、オレ強くなりますから!」
「・・・・・・うん、もちろんそのつもりだけど。何?」
「捨てないでください!!」
「は?」
今まで慌てたり紅くなったり楽しい反応をして雲雀をおもしろがらせていた恋人は、
そのうちどこかへトリップしたまま悩み始め、次には真っ青になって叫んだ。
どんな関連性から導きだされた台詞かは、雲雀にはさっぱりわからなかったが、
少なくとも膝の上で抱かれているような状態で言うことではない。
「・・・・・・君、何言ってるの?」
「だ、だって強くて可愛い女の子とかいたらどうしようって・・・・・・!
く、クロームとかすっごい可愛いし、強いし・・・・・・」
普通なら並盛最強の風紀委員長を満足させる女子などそこらへんにいるわけがないが、
ここ最近綱吉の身の回りというのはそれはもう変人奇人、やたらと腕っ節が強い人間ばかりが集まっている。
しかも何の嫌味か、中身がどれだけ変人であろうと何故か皆美形ばかり。
ただでさえ強い劣等感をぐさぐさと刺激してくる連中なのだ。その中にはもちろん女の子だっている。
自分から言い出しておいて、わざわざ他の女子―それも身近で今最も可能性のある―の魅力を語ってしまっているような状況に、
どんどん言葉がしぼんでいく。
けれど雲雀の反応は、恐れたそれではなかった。
「僕にあの男の分身を好きになれって?いい度胸してるね、綱吉」
苛立ちを抑えた憎々しげな口調。
・・・・・・しまった例えが悪すぎた。
綱吉はそこで初めてその事に気づいた。
そういえばそうだ。
雲雀は骸を毛嫌いしている。
なのに骸と一心同体(むしろあれは二心同体?)なクロームに好意は持たないだろう。
自分の頭、というか察しの悪さに軽く落ち込んだ。
しかし、となると今現在綱吉の周りでヒバリが好きになりそうなぐらい強い女子はいないことになる。
(さすがにビアンキは除外していいだろう。色んな意味で)
(よかった・・・・・・)
泣きたいような気分で、ずきずきと不安を訴えていた心臓が収まっていく。
京子ちゃんやハルのような美少女にくらくらきてしまう可能性は除外できないけれど、
とりあえず一番この人の高得点となりうる最重要ポイントはクリアだ。
油断はならないけれど、ひとまず一安心である。
少々せこい気がしなくもないが、色々自分に自信がない綱吉にとって、こういった外堀は大事だ。
例えそれが、ライバルになりそうな人間を近づけないという、情けない行為であろうとも、
少しでもこの関係を長く続ける為の努力はおこたってはいけないのである。
この人の興味を引く『強さ』を磨くことも。
(ああ、本当よくぞここまで強くなった)
偉いぞオレ!!
そこだけは自分で自分を褒めてやりたい。偉いよオレ。よくやったよオレ。
そのお陰でこうして晴れて恋人同士。奇跡だ。
もはや雲雀の好意の理由を断定してしまっている綱吉は、
湧き上がる歓喜を抑えられずに、雲雀の首に腕をまわして、ぎゅっと抱きつく。振り払われる様子はない。
肩に顔をうずめれば、ため息をはかれつつも、頭を撫でられた。それが心地よくて、へらりと笑みがこぼれる。
(苦労って報われるんだなぁ)
じーん、とうちひしがれつつ、感動してしまう。
嬉しい。
今まで散々命の危険にさらされてきたけれど、その甲斐があったというものだ。
―――いつまで続くかは、わからないけれど。
(別に、恭弥さんを信じてないわけじゃないけど・・・・・・)
そういう嘘をつく人ではないし、嫌いな人間にこういう接触を許すほど社交性のある人ではない。
事実、心変わりはあるかもしれないと思っていても、今現在浮気をしていないかなんて心配は、思考の端にも上ったことは無い。
何故なら、雲雀は他の女性が気にかかるようなことがあれば、
きちんと好きになる前に、必ず綱吉と別れるだろうという変な確信があるからだ。
誠実というよりは正直というか、相手に興味を失えば義理だの申し訳なさだの何だのその他傷つける云々は一切考慮せず、
ばっさり切り捨てるに違いない。
だから今この瞬間、雲雀が別れをきりだす様子が無いという事は、
雲雀はそれが例え好敵手に対する好意の延長線であろうとほんのわずかだろうと
本当に綱吉が好きで、さらには綱吉以外の女子に好意をもってなんかいないのである。
これから先の心配はしても今現在の好意は疑わない。
(オレ頑張ります恭弥さん!)
恋する乙女の自信は何故だか微妙にずれていた。
リクエスト第4弾。
10年も無自覚でいたほど鈍い綱吉は、もちろん雲雀さんがどれだけ
綱吉に執着しているなんて気づくわけがありませんというお話。(え
たぶん強くて美人なお姉さん、ラル・ミルチに会ったら
相当ひやひやすると思います。
2人が仲良くなったりしないか気が気じゃない(爆)
ラブラブという言葉の意味を調べて来いっていうね!(爆)
少女漫画少女漫画とぶつぶつ呟きながら書きました。
・・・・・・本当にこんなかんじになるんだろうか(をい
まゆき様に捧げます。
煮るのも焼くのも加工するのも捨てるのも返却もお好きにどうぞ!(爆)
2007.10.31