綱吉はわりとすぐに目を覚ました。意識がはっきりしてからは、比較的冷静でさえあった。
バジルの説明も静かに聞いていたし、あの敵がボンゴレの人間であることもわずかに眉をひそめただけだ。
奴の目的が当然あの箱の中身だったことには納得顔をしてみせる。
とりあえず誰も命に別状はなかったと聞いて緊張が緩んだのが見て取れた。
それにディーノもほっとする。様子が様子だっただけに不安だったのだ。可愛い弟分が苦しむのは辛い。
「話が終ったならもう連れてってもいいかい?」
それを許すにはちょっと疑問符が浮びすぎていた。
「で、一体何がどうなってんだ?」
いまだ手を繋いだままの2人から目をそらしたくなりつつ声をしぼりだす。
話の間中、最初から最後までその掌は触れ合っていた。
指をからませあう、……まあいわゆる恋人つなぎでこそなかったが、離すまいと
必死に握り締めているのがわかる。相手がそれに答えていることも。
綱吉が目を覚ましてから、あの時のように錯乱することはなかったが、不安を振り払うように
彼は雲雀に傍にいて欲しがった。雲雀がまさかそれを承諾してしてしまうものだから、
周囲の人間だけが微妙な空気の中、居心地の悪さを感じている。
寄り添うように並んでいる2人。時折顔を歪めては綱吉は雲雀を覗き込む。
雲雀は静かにそれを見返すだけだ。言葉はない。でも確かに通じているものがある。
……そんな目と目で会話をして2人の世界を作り上げないで欲しい。
「ディーノさんの方がわかるんじゃ……?」
「いや、そーじゃなくてさ」
敵襲とかそっちではなく。ぽりぽりと頭をかきながら言いよどむ。
「……どういう関係?」
きょとん、と琥珀の瞳がまたたく。
何が?と言葉にしなくとも困惑が伝わってくるのだが、ディーノとしては他に思いつかない。
ある意味敵襲そのものより余程動揺させられている。
「幼馴染」
2人して黙り込んでしまった空間でばっさり空気の読めない口調の返事がひとつ。
暇なのか人口密度に苛立ちを我慢しているのかその手は片方は綱吉の手を握り締めたまま、
片方は綱吉のふわふわ跳ねた髪の毛をいじっている。綱吉はもちろんそれに気づいているだろうに
これといった反応はなかった。むしろ時折頭を撫でられて嬉しそうでさえある。
そして雲雀の台詞に、あ、そういう意味だったんですかと納得顔だ。
「おさななじみ?」
「はい」
「……仲良し?」
「えーと、たぶん」
「多分って何」
「だって……いいんですか?」
「?いいも何も、君と険悪になった覚えはないんだけど」
「そ、そうですよねーっ」
えへへ。
「………………………………」
お兄さんびっくりすぎて言葉もでません、先生。え、何この会話。
可愛い弟分がいつ自分を殺す殺人犯になるだろうとひやひやしている凶暴な弟子
(そんな覚えはないのにかつての家庭教師にそう呼ばれていた)の、幼馴染。
(ぇええええええええっ?!)
「に、似合わない……」
そりゃあなんだかんだいいつつ雲雀は可愛い……可愛い、はずだ。たぶん。そう思わなくてはやってられない。
顔を合わせる度に殴りかかってくるのも黒猫がじゃれてくると思えば可愛い。命かかってるけども。
それでもやっぱり、この、どちらかといえば弱々しい弟分が草食動物が嫌いと豪語している弟子と
繋がりがあったなんて、違和感を感じる。それとも正反対だから逆に相性がいいのだろうか。
それにしたって、もう一年近くの付き合いになるが、ディーノはこの2人が一緒にいるところを見たこともなければ
仲良さそうな空気さえ感じたことはないし、むしろどちらかといえば綱吉は雲雀を恐れている風だったような気がするのだが
さっきのやりとりはそうでもなかったしいやでも――……
「というか、ディーノさん、きょー……ヒバリさんと知り合いだったんですか?」
「え、あ、知り合いっつーかなんつーか」
知っていると言えばもちろん知っている。なにぜ会うたびに殺し合いになるというそれはそれはディープな仲だ。
いや名誉のために言っておくと決してディーノに雲雀を殺す気はない。危険大好きってわけでもない。
初めての顔合わせ。あれはいつだったか、日本にやってきていたディーノにいきなりしかけてきた少年がいたのだ。
本気も本気。うっかりするとその銀色の武器で脳天をかちわってお花畑を見る感じの。
マフィアのボスなんて物騒な仕事で鍛えてなかったら危なかった。
いやそもそもマフィアのボスじゃなかったら狙われなかったのかもしれないがそれはそれ。
後にその少年の正体を元家庭教師に聞いて知った時には驚いたものだ。
とにかくそれ以来どこから嗅ぎ付けてくるのかディーノが日本に来た時は大抵どこからともなく
あらわれて気の済むまで殺り合って帰っていく。
それをどういう関係といえばいいのか。捕食者と獲物だろうか。それはディーノのプライド的にちょっと。
「ええっ?!」
事情を知った綱吉が悲鳴に近い驚愕の声をあげてきっ、と雲雀を睨むが雲雀はどこふく風である。
「だって君遊んでくれないし」
「ヒバリさんのあれは『遊ぶ』じゃありませんっ!あっ、だからディーノさん時々
オレのとこ来る時怪我してたんですねマフィアの裏事情じゃなかったのかよ!!」
すいません実は違いました。ちょっと目をそらす。
でも兄貴分としては弟分と同世代の少年にやられたなんて言いたくなかったんです
かっこいい兄貴でいたかったんです。あの、だってほら、見栄とかってあるじゃん?
「大体オレとやりあえないからってディーノさんのとこいくなんてええそうですよね
ヒバリさんは強ければ誰でもいいんですもんね戦えないオレなんて興味なくてオレが
駄目なら他の人のところいくんですよね」
浮気者!!!
いやいやいやいやいや落ち着けオレ、最後は言ってない、言ってないから!!
綱吉の口調からそんな台詞が聞こえてきそうだったものだからうっかり幻聴を聞いてしまった
とあるファミリーのボスは慌ててそれを振り払う。
「何でそうなるのさ」
一方言われた雲雀の怒りは本物だった。綱吉の台詞に本気で苛立っている低い声は一般人なら泣いて逃げ出す。
慣れているのか綱吉は引き下がらない。はっきり言ってディーノは混乱するばかりでついていけていない。
どうしてここには一般人がいないんだろう。自分より動揺している人間がいたら冷静になれるのに、
とマフィアのボスなんかやってるのを棚上げにしてにディーノは現実逃避気味に思う。
「僕は浮気なんてしてないし、君に興味があるよ」
言っちゃった!浮気って言っちゃったよキョウヤ!!いいのか、それはつっこまなくていいのか?!
そしてなんでそこで頬を染めるんだツナ?!
しつこいようだが綱吉は『浮気者』という単語は一度たりとて使用してはいない。言ってないったら言ってない。これは重要だ。
確かにディーノにも聞こえはしたがそれに対する雲雀の返答は恐ろしい。
しかもそうして言い争い(痴話喧嘩という単語はあえて使わない)している中でも2人の手は繋がれたままだ。
そろそろ目に毒である。
「あなたの疑問も解決したのなら、今度こそ帰るよ」
何かが絶対に間違っているやりとりは、ディーノが呆けている間にいつの間にか収束したらしい。
やっぱり繋いでいる手をひいて、今にも雲雀は綱吉を連れ去らんばかりだ。
「ってうおっいや待て最後に指輪の話が……っ!」
「……!」
その単語を出した途端、はっきりと綱吉の表情が強張る。色がほぼ戻っていたはずのその肌に青がのった。
綱吉の足が止まったことによって、雲雀の足も止まる。
ディーノに向かう瞳には何の感情も見つけることができない。
「――それなら持っていかれました」
「本物はオレが持ってる」
「……いりません」
「ツナ……」
掌を握る力が強くなったのを、雲雀だけが知っている。わずかに目を細めて、隠しているトンファーの感触を確かめる。
成り行きによっては、使うことになるのも厭わない。
「……ろくでもないものなんでしょう?それ」
ディーノはそれに返す言葉を持たない。確かに「ろくでもない」ものには違いない。
これに価値を求めるのはろくでもない連中ばかりだ。自分を含めて。
「けど必要だ。生き残りたいなら」
厳しいことを言っているのはわかっている。まだ中学生だ。こんな血なまぐさい陰謀に巻き込まれて平気なわけはない。
険しい表情の綱吉とは反対に、くあ、と雲雀がつまらなそうに欠伸をする。
「真面目に聞けって、キョウヤ」
「何を?その指輪とやらをどこかの群れが狙ってる、まあそれはどうでもいいけど、
ついでにそいつらはこの子の命も狙ってる。だったら何を聞いたって聞かなくたって、
僕のすることは変わらないよ」
本当にどうでもよさそうに言う。こんな群れの中から一分一秒でも早く立ち去ってしまいたい。
オーラがそう主張している。それを我慢しているのはひとえに好きな子を悲しませたくないという
至極普通の中学生の思考があるからだ。ディーノには知る由もないだろうが。
「オレはマフィアになんてなりませんから!!」
叫ぶなり今度は逆に雲雀の手を引いて部屋から走り去る。
戸口から出て、その姿が見えなくなる直前、雲雀が振り返り、今まで静観していた家庭教師と視線を交わす。
交わった視線は一瞬で離れて、2人の姿は残った人間からは視認できなくなった。
室内はすぐに静かになる。重苦しい空気はぬぐえない。
「まだ諦めてないんだな……っていいのか?」
「かまわねーぞ。元々今日はヒバリにまかせる気だったからな」
落ち着かせる人間が必要だろう。
どのみち、本当に逃がしてやることはできない。
リクエスト第9弾。
兄弟子公認になりました。(いやまだ認めてないからね)
段々明るい背景が似合わない感がひしひしと。
ところでディーノさんってどれくらい強いんだろう。
ザンザスには勝てるんでしょうか。謎。
2009.2.18