「ちぇ。損な役回りだぜ」
がしがしと頭をかく。可愛い弟分に拒絶されたくてきたわけではない。
覚悟はしていたがあまりよろしくない気分である。
「お前を恨んじゃいねーさ」
「だといいがな。キョウヤの奴は思いっきり気に食わないみたいだけど」
話の途中だろうと注がれ続けたさっさと消えろオーラは痛かった。
知らない仲でもないのにあの少年の中でディーノの立場はいったいどんなことになっているのか。

「お前があいつに懐かれてるのがおもしろくないんだろ」
「……それが驚きなんだよな」

まさか雲雀が弟分に執着しているなんて想像できるはずがなかった。
どこから驚いていいやらわからないくらい、驚きである。
ディーノに嬉々として襲い掛かってくる雲雀からは、とても想像できない。
違和感というか、今まで隠されてきたこともあいまって、複雑な心境なのである。
「まあヒバリにとっては気に食わないにしろ何にしろ、お前がヒバリのかてきょーだからな」
「わかって――……は?」
今何と言った。耳を疑う台詞が聞こえた気がする。
もう一回言ってはくれまいか、いややっぱ言って欲しくないですと言いかけたところで
元家庭教師様は言いなおしてくださった。


「お前がヒバリのかてきょーをしろ」


「はぁあああ?!キョウヤを?!」
「そーだぞ。今回めでたく雲の守護者に選ばれた」
めでたくない。いやある意味心強いだろうが今のディーノの心情的には全然めでたくない。
「あいつがツナの守護者でいいのか?!あいつこのままツナが強くなったら嬉々として戦いに行って
楽しすぎて『あ、うっかり殺しちゃったまあいいか』ってやっちゃいそうなやつだぞ?!」
すでに死闘は数えられないような雲雀と綱吉の詳しい関係性を知らないディーノは
何気に凄い事を言っているがもちろんつっこんでくれる人間はいない。
「わかってんじゃねーか。やっぱりうってつけだな。さすがオレの人選だゾ」
家庭教師は楽しそうに笑うが、今は自画自賛するような場面でもない。
「あいつは実践で伸びていくタイプだからな。思う存分、満足するまで相手してやれ」
それはオレに死ねとおっしゃる。
「確かに強いし将来性もあるだろうが・・・・・・」
はたしていいのだろうか。うっかりボンゴレ自体、気まぐれで中から潰されてしまったりしないだろうか。
「手懐けたのか?」
言っておいてそれはありえないだろうとディーノ自身わかっていた。
あれは手懐けられるくらいなら死を選ぶ類の人間だ。それがあの少年の矜持である。

「手懐けちゃいねーしボンゴレの味方とも言えねーが、絶対にツナの味方だ。だからこそ守護者に向いている」

ボンゴレ自体はボンゴレという組織の為に存在しているが、守護者はボスの為に存在する者だ。
ならば求められるのはただそれだけである。

雲雀恭弥は決して、沢田綱吉を裏切らない。

ディーノからしてみれば、わかったような、わからないような。
「ツナの味方ねぇ……確かに仲良さそうだったけどな……何だあいつ、ツナに惚れでもしてるのか」
大部分が揶揄を含んだ冗談だったのに、その答えはぶっちゃけありえなかった。


「その通りだな」


なんか今、ありえない台詞が聞こえた気がします、神よ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・え?」
「その通りだぞ。オレの勘だが、あいつはツナに惚れてる」
「はぁ?!」
てか、ええ?
「恭弥だぞ?あの恭弥だぞ?」

あのやたら気位が高くて凶暴で凶悪で理不尽で自己中で群れが大嫌いな戦闘狂の暴れん坊が。

「気が弱くて平和主義者で争いごとが嫌いな優しくて友達大事なツナに惚れてるって?」

よりにもよって何なのだそのチョイスは。
幼馴染云々は本人に聞いたし仲がいいことまではこの際納得してもいいが、でも。
「ありえねーだろ。むしろ想像できないんだけど、オレ」
「オレが知るか。好みは人それぞれだしな」
「あいつに強さ以外で人間を好ましいと思うような精神があんのか・・・・・・?」
それとも逆に、正反対だからこそ惹かれたのだろうか。
それにしたってそれが単なる好意ではなく、特別な恋情に変化したというのが一番すごいことだ。
そうか。あの猛獣も人の子だったのか。ちょっと感動。
「お前だって見ればわかっただろ。あいつらばれてからは隠す気ねーからな」
「はーまあ特別扱いはあからさまだったけど・・・・・ん?」
あいつ『ら』?
ひっかかりを覚える言い方である。え、何それ。
「ちょっと待てリボーン。その言い方だとまるで――」
ものすごく。ものすごーく嫌な予感がする。信じたくない予感である。
そしてそういう予感はよく当たる。
家庭教師様はふっとそんなディーノを嘲笑う。



「ツナは雲雀にぞっこんだ」



ぞっこん
ぞっこん
「ぞっこんーーーーー?!」
「オレとしたことがあいつらのあまりの鈍さに銃をぶっぱなちたくなっちまった」
やれやれ、と首を振る仕草はとても赤ん坊のものではない。
確かに手もつなぎっぱなしだった。雲雀はディーノに綱吉を触らせようとしなかった。
空気は。あの空気は。そんな馬鹿な。


「オレの可愛い弟分が茨の道にーーーーーーーーーーー!!!!!!!!」


それもどちらかというと男同士という事実より、相手が雲雀というほうが問題ある気がするのは何故だろう。

「うるせぇ」
「ごふっ……!」


家庭教師様はいつまでたっても容赦がない。




しょうらいのゆめはなんですか 5






すうすうと寝息をたてる少女の頬にかかった髪をはらってやる。
今日はここへ泊まらせた方がいいだろうか。
興奮した少女を自宅へ連れ帰って落ち着かせたはいいが、落ち着かせすぎたのか意識まで手放されては少々困りものだ。
病院では他人もいたし、少女の状態も相当悪かったから考えることもなかったけれど、
こうして2人きりで、それも甘えるように擦り寄られて何も感じないほど雲雀とて老熟していない。
けれどもこの状態で家に帰すというのもどうかと思うし、おもしろくない。
思い出したくもない黒曜の件ではろくに慰めてもやれなかった。雲雀自身が原因でもあったからだ。
あの時の不安定さは見るに耐えない。それを思えば、自分の手で救ってやれることに嬉しさを感じるぐらいである。
結局答えなど考えるまでもなく決まっていたのだ。
なんて自分に似つかわしくない、ぬるい感情だろう。それを捨てる気はないのだけれども。
もう一度軽く頭を撫でてから立ち上がり、様々な感情から生まれる熱を逃そうと庭に降りる。
冬はそう遠くない。空気は冷たさを帯びていた。

ふ、と切れ目の瞳が細められる。

ゆっくりと向けられた視線。今まで人を寄せ付けなかったこの屋敷に、自分達を覗いた別の気配。
雲雀が気づいたことに気づいたのか、その気配の持ち主はゆっくりと闇から姿を現した。

「よう。勝手に邪魔して悪いな」

わざわざこんな暗闇に紛れてきたとは思えない明朗な声だった。瞬時に本能が警戒を覚える。

「あなた誰」

睨みつける先には恰幅のいい中年男性。朗らかな笑みを浮かべてはいるが雰囲気は真剣で、隙がない。

強い。

久々の大きな獲物に沸き立つものを覚えつつ、トンファーを構える。
今日はおもしろくないことも多かったのだ。この男の正体も目的も知れないが、丁度いい。
「おいおい、今日は戦いにきた訳じゃないんだ。それをしまってくれねーかな」
「やだ、咬み殺す」
問答無用で殴りかかるがかわされる。そうこなくちゃ。
非常識を発揮して現われたくせに、今更相手は本気で慌てたようだった。
「わっ、まてまて!オレには愛する奥さんと可愛いこどもがっ!」
「知らないよ。死にたくなかったら本気をだしなよ」
「甘いな!奈々とツナは本当にかわいいんだぞ!」
論点はそこではない。しかしその言葉に。


ピタリ、と雲雀の動きが止まった。


まさかこれで止まるとは思っていなかった男も、不思議そうに静止する。
一方雲雀の頭の中はそんなこと気にしてはいられなかった。
奈々とツナ、聞き覚えのありすぎるそれは。まさか。この男は。
落ち着いて、頭のてっぺんからつま先まで、じっくり見直す。
やはり見覚えはなかった。けれどたった一人、あの台詞が本当だとしたら、該当する人物がいる。


「沢田家光・・・・・・?」


雲雀の口から出た名に、今度こそ相手の男―奈々の夫であり、綱吉の父である沢田家の大黒柱、沢田家光は驚いたように目を見開く。
「なんだ知っているのか」
「本当に生きてたんだ」
「勝手に殺さないでくれよ」
雲雀が止まっているうちにと思ったのか、男は何かを取り出して雲雀にむかってほおる。
小さい。思わず受け取ってから何かと手のひらを開くと、雲の刻印の入った、奇妙な形をしたリング。
「……何」
「それをやろう。捨てないでくれよ。大事なものだからな」
「いらない」
言ってしまってからそういえば昼の会話でリングがどうのこうの話題が出ていたことを思い出す。
もしかするとあれだろうか。そういえば必要だとか大事だとか。まあどっちみちどうでもよかった。
即答で投げ返してきたそれをあわてて取る家光は困ったような笑みをもらす。
なんだかそれが幼馴染のそれと似ていた。それに確かな血の繋がりを感じてしまって、
本当に親子なのだと実感する。まあいうまでもなく母親の方がよほど似ているけれども。
「そう言わないでくれ。これを持っていたら強い敵と戦い放題だぞ」
もう一度放り戻される。受け取る。・・・・・・なんだか不毛だ。

(強い敵、ね……)

結局雲雀は例の銀髪の剣士とやらとは会えていない。幼馴染の忠犬達があっさりやられたらしいから、
それなりの腕前を持っていることは確かだ。戦えなかったのは心底残念である。
そしてその剣士が狙っていたのがこのリングだというのだから、なるほど、確かに持っていればいい獲物にありつけるかもしれない。
あの幼馴染はまた巻き込むのがどうの煩いだろう。容易に想像できる。そのくせ自分は事態の中心にいたりするのだ。
自分が巻き込まれるのはまったく構わない。むしろ血なまぐさい事件は大歓迎だ。
しかしあの子を傷つけるものは気に食わなかった。
(そういえばこの人もマフィアとか言う群れだったんだ)
このリングを持ってきたということはそういうことだろう。あの幼馴染がマフィア創設者の直系というなら、
父親だってそうだろう。奈々の可能性がないわけではないが、考えにくい。
なら父親が実はマフィアの関係者であっても不思議はない。年中家によりつかないわけもわかる。
「ところで。何故オレを知っていた?調べたのか?」
思っていたより綱吉に興味をもっているのかと期待して聞いてみれば、意外な返事が返ってくる。
「奈々と綱吉に聞いた」
「ちょ、ちょっとまて?!なんで人の奥さん呼び捨て?!」
「僕の勝手でしょ――そうだ」
大事なことを忘れていた。そういえば雲雀は沢田家光に会えたら真っ先に言わなければならないことがある。
そして前振りもなく口にする。





「あなたの娘、もらうから」





「………………………………は?」
沢田家光は、顎が落ちるんじゃないかというぐらい口を大きく開いた。
緊迫した空気はどこへやら。あたりに漂い始めたのは困惑と驚愕とある意味の恐怖。
「ちょ、ちょーっと待ってくれ。どういう意味だそれは……?」
「そのままだけど。わかりやすく言ってあげると、結婚して僕の妻にする気だよ」
ふんぞりかえって雲雀は言う。仮にも妻にしようとしている少女の父親に向かって偉そうにいうことではない。
そうだ。


けっこんして、つま。


「ちょっとどころじゃなくまてーーーーーーーーーーっっ!!!!」
「声が大きい。近所迷惑だよ」

悲痛な叫びをあげる家光とは裏腹に雲雀は落ち着き払っていた。
ただただ娘の守護者にリングを配りにきただけだったはずの父親は混乱の嵐だ。
初対面の少年が、大事な娘をいきなり嫁にするというのだ。驚かない方がおかしい。
しかし何故か「娘の結婚」という単語にデジャビュを感じた家光の脳内は、嫌な記憶をひきずりだす。
随分前のことだが、確かこれに近しいことがあった気がするのだ。そう。


―――ツナは結婚したい人はいるのか?


そう訪ねた父親に、かつての幼い娘はなんと答えたのだったか。
嬉しそうに、照れくさそうに呟かれた名前はなんだっただろうか。いや忘れていない。
忘れるはずがない。考えたくなくて記憶の隅においやってはいたが、人生でも3指に入る衝撃だったのだ。
家光の顔色は真っ蒼になった。

目の前にいる少年。彼の名前は、正式名はなんだっただろうか。

嫌な符号。おそろしきかな記憶のよさ。まさか、まさかまさかまさか。

「おおおおおおお前っ!!まさかツナの『きょうやさん』か!!!」
「なんだ聞いてたのかい?だったらさっさとそう言えばいいのに」

否定して欲しかったのに返ってきたのはまごうことなく肯定だ。
なんてことなんてことなんてことなんてこと(以下エンドレス)!!
幼い頃から可愛い可愛い可愛い(以下エンドレス)娘がちょっと家にいない間に見知らぬ男の魔の手に!!!
「って、それにしたってなんでお前がツナの性別を―――まさかっ?!」
雲雀は家光の子を娘、とはっきり言った。その意味は、まさか。最悪の事態なのだろうか。
中学生にして大人の階段を上ってしまったとでもいうのか許すまじ雲雀恭弥!!
実際の所大人の階段を上るどころか2人はキスだってしていない清い仲だ。更に言うなら付き合ってさえいない。
まあいずれそうなるだろうし別に勘違いさせておいてもいいかなぁと雲雀は父親的には残酷なことを考える。
だってどうせそうなるなら二度も騒がれるのは煩わしいし。雲雀的論理は絶好調である。

うん、挨拶も済ませたことだし戻ろう。

今までの会話のどこらへんが「娘さんをください」だったのかは激しく謎であるが雲雀は本気だった。
慌てている男に少し鬱憤をはらしつつ、渡された指輪を見る。
これを砕いて捨てたらもっとこの男にダメージを与えられるかななどと物騒なことを考えながら、
すぐ奥の部屋で眠りについている存在を思い出した。
ちっ、と内心舌打ちをして、本来の目的も完全に忘れてわめき続けている男を無視して、
手には唯一自分を縛る証をにぎりしめたまま、雲雀はその場から去った。




リクエスト第9弾。
父親公認になりませんでした。(そりゃそうだろうよ)
娘さんくださいを言わないとっていうのは
ブログに載せた小話のネタです←

2009.3.30

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