障子から差し込む光は朝日は音もなく人に覚醒を促す。
身体のどこか本能の部分が光にそって生きる生き物であることを教える。
上体を起こし、猫のように伸びをして身体の調子を確かめる。問題ないらしい。
襖越しの部屋にいる幼馴染に想いをはせる。
いくら雲雀がこういう状況にわりと慣れているといったってここ1年近くは
ご無沙汰だったわけだし、そもそも根本的な部分で雲雀は自覚という最大の変化があった。
いくらなんでも想う相手と同じ部屋で何もなしに熟睡なんてできるわけがない。
襖を開ければ案の定すやすやと寝息をたてている小柄な塊がひとつ。
「つなよし」
「きょうやさん・・・・・・?」
雲雀よりよっぽど早く夢の世界へ旅立っていたくせに、まったく覚醒する気配のない少女をゆすり起こすと
ぼんやりとした琥珀が雲雀を見つめる。
警戒心のかけらもない寝惚け姿に、複雑な心境になる。
この光景の理由が、もっと別のものなら、雲雀とて素直に喜べただろう。
つんつん跳ねた髪は相変わらずで、寝起きもあいまって見事に爆発している。
それさえ可愛いと思ってしまうのだから、大概自分も盲目だと雲雀は思う。
「おはようございます・・・・・・」
「おはよう。起きなよ」
雲雀の幼馴染は結構寝汚い。雲雀に何度粛清されても遅刻常習犯であるあたり、筋金入りだ。
挨拶してもまだ半分夢の中である綱吉は数秒たってからようやく違和感に気づいたらしい。
「・・・・・・きょうやさんち?」
「うん」
日常ではないが見慣れた景色に綱吉の脳はそう決断を下す。
もう何回お世話になったかわからない、雲雀の家。
何故ここにくることになったのだったか、綱吉は動きの遅い頭をフル回転させて思い出す。そうだ。
「何か変なやつがきて・・・・・・」
ボンゴレ、の。
無意識に唇をかんだ。
いやがおうにも巻き込まれる事態に興奮した自分を雲雀が連れ帰り落ち着かせてくれたのだ。
落ち着いた思考で思い出すと、昨日の雲雀へのくっつきっぷりに恥ずかしくなる。
「どうするの」
これから。差し出される選択肢。選ぶのは決まっていた。
「・・・・・・帰ります」
本当ならば帰りたくないけれど。ここは綱吉に優しすぎる。陽だまりのようなぬくもり。
ここにいれば絶対に安全だという安心感。今まで通りそうしていられればどれだけよかったか。
だからこそ、それはできなかった。帰らなければ。いっそ強迫観念のように。
雲雀は馬鹿な子だね、と小さく呟いた。
雲雀は当然のように綱吉を家まで送り届けてくれた。
そんな二人を玄関の前で待っていたのは小さな影である。
「リボーン・・・・・・」
予想の範囲内ではあった。今はひどくおそろしい存在である家庭教師。
一通り綱吉の様子を観察すると、わずかに口角を吊り上げる。
「助かったぞ、ヒバリ」
「君に言われることじゃない」
そのやりとりで、綱吉はそういえば昨日からずっと傍についていてくれたのだと今更ながらに思いだす。
「ありがとうございました、恭弥さん」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・何か?」
綱吉の礼に雲雀は沈黙を返すだけだった。
「やっぱり連れて帰――」
「これ以上の時間はやれない。余裕はねーんだ」
雲雀が口にしようとしたそれをうちきる声がかかる。
綱吉にはそれが少々意外である。家庭教師は基本的にあまり雲雀の要望は跳ね除けない。
しかし、無事届け終えて、役目は果たした。
今はとにかく時間がおしい。こちらの心情がどうであれ、向こうは待ってはくれない。
そういった家庭教師のつきつける現実を感じたのか、
雲雀は、少しだけ不満そうに何か考えるそぶりをみせたものの、
ちらりと一度綱吉に視線を向けると、何かあったらすぐに呼ぶんだよ、とだけ伝えると、そのまま踵を返した。
「聞いていかねーのか」
事情を。
「言ったじゃない。僕のすることは変わらないよ。それに、大体見当もついてる」
指輪を受け取った。本物を持っていると言った跳ね馬。それを渡した沢田家光。
なんとなく想像はつく。だったら今のうちにやっておくこともある。
――恭弥、と
そう、小さな幼馴染が呼ぶ時は、今では昔懐かしい雰囲気になったりだとか、あわてているだとか、
――感情が昂っている時か、不安定であるとき
特殊な条件化のみだ。最近気づいたそれは、雲雀にはたいそうおもしろくない。
表面的には大分落ち着いたようだが、雲雀を変わらずそう呼んでいるということは、
まだどこかでわだかまりがあるのだ、きっと。
だからできることならそのまま連れて帰りたかった。止められてしまったけれど。
まあ、半分は昔の癖がでてしまった名残であり、あの様子ならそう深刻なものでもない。
だから、本当に求められた時に、必要なものを与えられる用意を。
ふん、と家庭教師は感心しているのかおもしろくないのか、どちらともつかない音をならす。
しかし今の本題はそこではない。すぐに教え子に意識をもどした。
「家光がまちくたびれてるぞ」
「・・・・・・父さん?」
身構えていた綱吉は、予想外の名前に首を傾げた。
家光。歴史上の人物のことを指していないのなら、それに該当するような人物は
綱吉の実の父親にあたる人間だけだ。そう、最近行方不明でないことが判明した。
ぐうたらで見るからにどうしようもない父親。そういえば近々帰ってくるのだったか。
タイミングが悪いな、となんともなしに思い浮かべていたのだが
「つなーーーー!!!」
玄関をくぐるなり筋肉質な腕に抱きしめられる。仮にも女子中学生(中身だけだが)である綱吉はぎょっとした。
「無事か?!雲雀恭弥に何もされてないか?!」
「・・・・・・父さん?」
久方ぶり(それこそ数年ぶり。正確な数字は覚えていない)のむさくるしい顔に、
それでもどことなく覚えがあった。このマイペース、図体の大きさ、
身なりに気をつけているそぶりなんてまったくない格好。その他色々。
一日ぶりの帰宅でありながら思わず疲れると溜息をつきたくなるのも仕方がないというものだろう。
思春期の女子は複雑なのだ。
「まさかあの時家の中にはツナがいたなんて父さん思いもよらなかったんだ!
知っていればそのまま連れ帰ってやれたのに悪かった!!
いや安心しろツナもう大丈夫だからなあの年頃の約束はもちろん時効なんだ
気にすることはないし無理矢理あっちに押し切られようと
流されてやる必要はないからな父さんが守ってやるからな!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
どういう意味だ。むしろいきなり現われて何の話だ。
というか、何故父親が雲雀のことを知っているのだろう。
「落ち着け家光。そっちじゃねーだろ。まあお泊りしてきたあげく仲良く
送られてきたとあっちゃ、気持ちはわからなくもないけどな」
そのわりにどこかおもしろがっているような響きな気がするのは綱吉の気のせいだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・知り合い?」
やけに親密そうな二人のやりとりに疑問符が浮ぶ。綱吉でさえ相当久しぶりに会うのに、
これはどう考えてもあって一日の仲の良さではない。
すると家庭教師はまっすぐ綱吉の瞳を見据えて言った。
「言っただろうツナ、お前は初代ボンゴレの直系の血筋だってな」
結局のところ綱吉の認識で行方不明だったろくでもない父親からもたらされた新事実は、
本当にろくでもない類のものだった。
父親が継いだ血。ボンゴレリング。後継者の証。
――ああ、やっぱりろくでもないじゃないか。
掌に大きな指輪が落とされる。これが兄弟子の言っていた本物か、と漠然と思う。
「いらない」
どうせ貰うならばこんな血なまぐさい、物騒な気配のするものではなくて、もっと違うものがよかった。
はっきり言ってしまえば、それが、雲雀から贈られる約束の形ならばよかった。
綱吉が欲しいのは、それだけだ。
「拒否権はねえ。他の指輪はもう配り終えている」
獄寺隼人、山本武、笹川了平、ランボ、六道骸。
あげられていく名は、予想できたものもあれば、到底ありえないものもあった。
問答無用で巻き込まれていく周囲を思い浮かべるだけで、せっかく落ち着いていた気分がぐちゃぐちゃになる。
そして家庭教師は、決定的な名を口にした。
「あとはヒバリだ」
心に杭を打たれた気分だった。
それは、お前が連れてきた存在じゃないだろう。これ以上、関わらせようとするのか。
どうして、
どうして彼まで奪う。
「ヒバリさんに指輪を・・・・・・?」
「ああ、雲のリングだ」
「どうしてっ!!」
「説明しなけりゃわかんねーか?」
言葉につまる。きくまでもなかった。
わかっている。あの人の強さは、綱吉自身が一番よく知っている。
問いかけるのも本当なら馬鹿馬鹿しい。それでも抵抗しようと必死だった。
「ヒバリさんは『守護者』なんて柄じゃ――」
「ならなんで黙ってた」
息を、のんだ。
「お前、隠してたってことは、あいつが協力すると思ってたんだろ」
その言葉は、いつだって核心をつく。
「・・・・・・」
そう、最近までリボーンに雲雀のことを隠していたのは巻き込みたくなかったからだ。
それは間違いない。
だがあの雲雀である。自分のやりたくないことはしない男だ。
他人のためになにかをしてやるなんて善人ではないし、知られたって
本人にやる気がないのならほっといてもどんな条件をつまれたところで巻き込まれてもくれない。
争い事は大好きだし、綱吉が並盛に住んでいる以上、事件に首をつっこんでもくるだろう。
実際そうして今まで家庭教師が引き起こすあれこれにも関わった。
いつかの病院でも本人がそう明言した。
しかし、ここからは程度が違う。
並盛への侵入者を排除するだけならともかく、守護者なんて面倒くさい個人的なしがらみなんて拒絶するはずだ。
巻き込みたくないという意識も、罪悪感も、もちろん本音で本当で最大の理由だ。
だがそれは、いつかこの先、騒動の元が並盛から離れていけば、自然と薄れていく関係が、同じく遠い感情にしてくれるはず。
だったら何故わざわざ、ここまで徹底して隠す必要があったのか。
「『ボンゴレ10代目』ではなく、『沢田綱吉』として助けを求めれば、
あいつが了承するかもしれねーって、わずかでも思ってたってことだ」
だから、少しでも不利になるカードは伏せていた。
「・・・・・・っ」
言い返さなければ、と思うのに、喉が渇いてうまく言葉がでない。
そうだ。知っていたのだ。綱吉は。彼はいつだって本気で助けを求めれば応えてくれた。
いつだって綱吉の味方だった。
きっと今回だってそれは変わらない。どうにかして欲しいと望めばそれを叶えてくれる。
だから絶対に知られたくなかったのだ。
彼は強い。そんなことは知っている。だから恐ろしい。
きっと綱吉なんかよりずっと後ろ暗い職業に向いている。
それを思い知らされるのが怖かった。彼がその道に向かう。
そしてその世界はいつ雲雀の命を奪うかわからない。そこへ連れ行くのが自分だなんて耐えられなかった。
傷がおそろしかった。雲雀があんな風に倒れるところを、綱吉ははじめて見た。
もう二度と目にしたくない光景だった。
今まで散々雲雀に頼ってきた。今だって、臆病で弱虫で情けない自分は彼に頼りたくなる。
一言彼に大丈夫だといってもらえたら、それだけでどうでもよくなる。
でも、でも。
「返してもらってくるっ・・・・・・!!」
「無駄だ。やめとけ。あいつは自分の意思で受け取ったんだ」
そしてそれを覆さない。そういう人間だった。
容赦のない言葉は、しかし彼という人間の本質がよくわかっていた。綱吉だってわかっている。
けれどこのままでは。
――あの人との関係を、変えてしまう。
そんなんじゃなかった。そんなことのためにずっとあの人と共にいたわけじゃない。
(オレは、オレはただ・・・・・・)
あの人と夢見ていた未来は、こんな形じゃなかったんだ。
そう口にだすことは、もはやできない。
リクエスト第9弾。
夢はブログの無自覚IF話と繋がります。その夢が叶った場合。
綱吉は他の友人達であっても巻き込みたくなくて、
本当なら関係なかった、それも想う相手である雲雀さんだと
もういわずもがな。
2009.9.27