「外に出るの久しぶりです!うわぁ空が広い!」
視界に広がる青々とした空を見て感動してしまったのなんて、初めてだ。
思わず両手を挙げてんーっ、と伸びをする。
心なしか空気もおいしい気がする。ああ、外ってスバラシイ!!
「来て下さってありがとうございます、ヒバリさん」
久方ぶりの新鮮な空気に、満面の笑みで振り返ると、そこにいたのは黒いスーツに身を包んだ美しい人。
しかしその秀麗な顔に浮かんでいるのは、呆れだ。
「君の自由時間を作るために来たわけじゃないんだけれど」
「う・・・・・・仕事の話もしますよええちゃんと!」
高校卒業と同時に、ボンゴレ10代目へと就任した。
年齢を考えるとさすがに早すぎるが、9代目の歳が歳だ。
彼が存命の間に、きちんとした地盤を築いておかなければならなかった。
マフィアのボスになるなんて、とあれだけ拒否していたのに、結局はそうなってしまってしまっているあたり、
あの家庭教師の恐ろしさを実感してしまう。
最近は大きな抗争こそないものの、日本へと拠点を作るため、その関係の事務仕事に追われている。
サインをいくらしても減ったようには見えない書類の山、山、山。
オレはすぐに根をあげた。いや、あげかけた。
あげられなかったのは恐怖の先生様より脅しという名の激励を貰ってしまったからだ。
でも仕方ないと思う。元来、勉強も書類仕事も総じて頭を使うものは苦手なのだ。
いや、身体を使うものも苦手だけど。ていうかなんでもかんでも全て苦手だけど。
それでも少なくとも表向きはできるようになったのだから、自分の努力を褒めてもばちは当たらないのではないだろうか。
まあそんな訳で、ここしばらくというものデスクワークにかかりっきりで、まともに部屋の外にさえ出られない日々。
どちらかといえばひきこもりの気がある自分が、外に出たい、太陽が恋しい、と思う程度には辛かった。
まさにそんな時、彼からの連絡が届いたのである。
「でも、最近本当に外に出てなかったので。ヒバリさんがきてくれたおかげです」
基本的に滅多に会えないこの人との会合は、替えの効くデスクワークよりも余程優先順位が高い。
隣接させる施設の細かい決め事も必要であるし、珍しく日本へと帰ってきている彼からのアポに
めでたく書類仕事から解放、会食がてら顔を向かい合わせて話し合って来い、という訳だ。
群れを嫌う人だから、いつも大量についてくる護衛もないし。(まあ護衛数人よりこの人一人の方がよっぽど強いのもあるけれど)
何故かは知らないけど、堅苦しい会食場所での待ち合わせでもない。
ていうか、そもそもその場所さえも決められていない。(いつもうるさいくせに)
よってどこへ向かうかも決定しないまま、出発地点から彼と2人きり。もちろん送迎もない。
おかげで久々に開放感のある外出。なんてスバラシイ!
この人と2人きりという緊張云々で辛いなんて微々たる問題だ。むしろどんとこい。
「君が戦ってくれる、って言うんだったらもっと頻繁に会いにきてもいいけれど」
ニヤリ、としながらヒバリさんが提案する。
どうだろう、この書類と向かい合うしかない生活を考えると、それはなかなか魅力的な気も。
「命の保証さえしてくれるなら」
どれだけ魅力的だろうと、さすがにそうしばしば身を危険に晒すわけにもいかない。最もマフィアなんて職業についている時点で
四六時中危険であることに変わりはないのだが。
わざわざ大幅に確率を上げるわけにもいかなかった。
「そんな戦いのどこがおもしろいの」
「・・・・・・ですよね」
あっさり玉砕。わかってたけどね。
たぶん、この人にとっては戦闘に命は懸けるもの、ではなく懸けられているもの、なのだろうな、と思う。
傲岸不遜で
自己中心的で
理不尽で
誰よりも純粋で誇り高い
雲雀恭弥
オレの、好きな人。
「・・・・・・君、まだそんなもの食べてるの?」
道中、見つけた途端、嬉々として買ってきた、ファーストフードの類を見た、ヒバリさんの第一声だ。
そこには再びの呆れがあって、なんだかオレ今日呆れられてばかりじゃないか?とか思いつつ。
「好きなんです。ほっといてください」
「別に、ほおっておいてもいいけど。僕らはこれから食事に行く予定だったはずだから」
「あ」
しまった忘れていた。
冷や汗が伝う。ぎぎぎ、ときしむ身体を向けると、呆れを通り越して哀れなものを見る目だった。
殴られるのとどっちがましだろう。
「い、いやその、最近は周りの目が厳しくてなかなか食べられないんです。
普段は獄寺君がすっごい申し訳なさそうにするし、他の部下の手前、こういう物食べてると色々と問題あるらしくて」
失礼なことをしたのはオレだけど、ばっちりがっつりいい訳だけど、いいじゃないか。たまにくらい。
好きなものは好きだし。あまり関係ないけど、周りにはもっと太れって言われてるし。
ああていうか、ヒバリさんにこうして言い返すなんて本当に成長したなぁ、オレ。
しかもかなりポシティブに考えればこれってデートみたいだし!
歩きなれた並盛の道を、並んで歩く。
少しだけマフィアのボスの地位に感謝してもいい気分になる。色々堅苦しい縛り多いけど。
「ヒバリさんだって組織のトップなんだからそういう事――はい、あるはずありませんよね、すいませんお願いですから
そのトンファーをしまってくださいオレが悪かったです!」
オレの必死の謝罪に、ヒバリさんは無表情のままトンファーを降ろす。憮然とした口からもれる声。
「どうして僕が他人の言うことを聞かなきゃならないんだい?あれは僕が使うから作ったものであって、
あれに僕を縛る権利はないよ」
(そうですね)
ヒバリさんの組織は、本当にヒバリさんの為にある組織だ。
草壁さんを始めとして元風紀委員のメンバーが、ヒバリさんのすることに―しかも細々とした生活態度に―ケチをつけるわけがない。
うっかりそれを失念していたオレは、それを侮辱と受け取ったヒバリさんのトンファーの餌食になりかねなかった。
それはつまり、この人が他人の言葉で行動を制限される、ということだから。
誰からも、何からも、束縛されるのを嫌うこの人のプライドを傷つけることになる。
(変わってないなぁ・・・・・・)
それが嬉しいと思う自分も、大概だと実感する。
この人の、凛とした空気が好きだ。
気高く、まっすぐで、誰にも左右されない、自分の意思を貫き通すその姿勢が、好きだ。
その為に強くある、成長し続ける、純粋さが。
おそらくは同じような歳で、同じように組織のトップに立つ身でありながら、
その在り様は見事なまでに違う。時折、眩しい。
仕方が無いので近くのベンチに座って食べ始めれば、なんだかんだいいつつ、ヒバリさんも隣に腰掛けた。
付き合ってくれるらしい。珍しい。
「ヒバリさんも食べます?」
「いらない」
勢いのままに大量にかってしまったバーガーやらポテトやらを差し出せば、
指一本動かない。それはおいしくない、と珍しくも理由つき。クスリ、と笑えば睨まれる。
そんな身近に感じてしまう空気が嬉しくて、普段では考えられない程、話しかけた。
ここでしても構わないような、仕事とは関係ない、たわいもない話。
皆元気だとか、家庭教師は相変わらず恐ろしいだとか、しまいには、東洋人の若い女に対する古株連中の反発に苦労した話だとか。
「最近はだいぶ風当たりもよくなってきたかと思ったら、今度は結婚して後継者をつくれ、ですよ?」
「すれば?」
「酷いです」
最近あきらかに増えていた見合いの類の話を愚痴ったら、どうでもいいとばかりの、あっさりとした返事。
最近覚えたポーカーフェイスを駆使しつつ、苦笑を見せながらも、
ずきり、と心臓のあたりがうずく。中心からひきつったような、痛み。
(不思議だ――・・・・・・)
思考しているのは脳で、その言葉を受け取ったのもそこのはずなのに。
痛いのは、いつだって。
それとも、心というのはそこにあるのだろうか。
馬鹿けている。わかるはずもないし、自分にそんな小難しい話は向いていない。
そんなことは哲学に命をかけている人達にまかせていればいいことだ。
それにしても。
(きっついなぁ・・・・・・)
もちろん彼にとってオレの結婚云々なんて何の興味の無い事柄なのはわかっている。
それでも彼を好きな自分にその言い方はあんまりだ、と理不尽なことを思う。
(勝手に好きになったくせに・・・・・・)
自嘲。理不尽なのはどっちだ。
「――結婚は、しません」
「ふぅん、やけにはっきりしているね。珍しいじゃない」
押しに弱い優柔不断のくせに。
続きはしなかったものの、隠された台詞は大概失礼だ。
しかし否定できない。
実際こうしてはっきりと拒否を示すのには理由があるのだし。
あまりにも幼稚で単純で、けど唯一己に許したわがまま。
珍しい反応に興味を引かれたのか、彼は理由でも?と聞いてくる。
「理由、は・・・・・・まあ、あるにはありますけど・・・・・・笑わないでくださいよ?」
「おかしければ笑うかもね」
そう返すヒバリさんの表情は真顔だ。ごもっともだと言いたいが、いかんせん。
「嘘でも笑わないって言いましょうよ・・・・・・」
「そんな嘘に何の意味があるの」
自信に満ち溢れた台詞に面食らう。
いや、あるような無いような。やっぱりある気がするのだが。
この人にとってないのなら、やはりそう拘ることではないのだろう。
「もういいです・・・・・・」
「ふーん。それで?」
あくまで好奇心を満たすことにしか興味はないらしい。
「・・・・・・しつこく、初恋を継続中なんです」
あまりにも馬鹿馬鹿しい、それ。
意外だ、とばかりに目を見開かれた。
「あの忠犬2人?彼らは君が言えば受け入れると思うけれどね」
「違いますよ。それにあの2人は・・・・・・いえ、とにかくそんな風に見たことはないですし」
きっと、これからもないだろう。あの2人をそういう目で見ることなんて、想像できない。
というよりも、この人を好きじゃない自分、というのが、すでに想像できない。
「あいにく、オレの好きな人は、オレのことなんて絶対に女としての興味なんてないんです」
軽口のように笑おうと思ったのだけれど、想像以上に自嘲的な口調になってしまった。
駄目だ。
痛みにも、もどかしさにも、報われないことにも慣れてきていたのに。
この状況が、珍しくこんな穏やかなものだから。
「むしろ冷たいし特別優しくされた訳でもなくて。なんで好きになっちゃったのかなぁとか
かなり頻繁に思うわけですよオレは」
「そんなこと知らないよ。僕は君の恋愛相談をしにきたわけじゃない」
理由を知ってしまったら興味はなくなったのか。
はたまた予想とは異なる、あまりに馬鹿馬鹿しい理由にもう面倒くさくなったのか。
多分両方だとは思うけど、張本人に暴露なんて恥をさらしてしまった以上、ここでやめる気は毛頭ない。
「もうここまで聞いちゃったんだから聞いていってください」
「・・・・・・いい性格になってきたね、君」
睥睨される。しかしこの10年は伊達ではない。今でもこの人はもちろん怖いけど、
昔に比べれば、これぐらいなら相対できるぐらい図太くなっている。
鬼の家庭教師のおかげだ。これでも自分は、マフィアのボスなのだ。
「それで望みもないし、いい加減諦めようとか思った時に限って、助けてくれちゃったりして。
いや別にそれはオレの為ってわけじゃなかったのは確かなんですけどやっぱり嬉しいものは嬉しいし
やっぱりすごいな、って綺麗だな、って思って惚れ直しちゃう始末で」
「・・・・・・」
完璧に恋のお悩み相談――なんて彼に似合わない言葉だろう!――になってしまった会話に、
いい加減呆れた表情になってきた。今にも帰りそうだ。
「・・・・・・成長して。会うこともますます少なくなって、今度こそ忘れよう、って思うたびに
今度はタイミングよく会いにきたりして。もうあなた何なんですか、って感じですよもう」
そこまでくると、咬み殺すのさえも馬鹿馬鹿しいとばかりに、盛大な溜息をついて、ヒバリさんが席を立つ。
それに気づいたけれど、そちらに視線を向けることはしなかった。
まっすぐに前を向いたまま。
「かえ―・・・・・・」
「だからオレ決めたんです。諦めました」
力強く。
がらり、と変わったオレの声に、その場を去ろうとするヒバリさんが、思わずだろう、立ち止まったのを、気配で察する。
「オレはこの先ずっと、この人を好きでいよう、って」
硬直してしまったまま振り返ったその人と、まっすぐに目を合わせる。
「君が?」
挑発するように、彼は哂う。オレのその言葉を、端から信じていないとでも言うように。できるわけがないと。
「君は子を残さなければならない。ファミリーとやらを捨てられないんだから」
そして、それを身体だけの関係、と割り切れるような人間ではない。
それでもオレは首を振った。他の誰が知らなくても、自分自身は知っていて当然な、理由。
「オレは、自分の子どもに、マフィアを継がせる気はありません」
再びヒバリさんが目を瞠る。
「へぇ?」
「自分もなっておいて、友達まで巻き込んでいるくせに何言ってんだ、って感じですけど。
マフィアなんてろくなもんじゃない」
「それだけは同意してあげる」
同意。けれどそれの意味するところは、自分のそれとはかなり違いがあるのだろう。
彼は単に、無駄に群れるものが気にくわないだけだ。苦笑する。
「実を言うと、誰かに言うのは雲雀さんが初めてなんですけど」
もしかすると、リボーンあたりは気づいているかもしれませんね。
と、自分をマフィアのボスに仕立て上げた家庭教師を思う。
「―――ヒバリさん、オレ」
この際だと、言いたかったことを全て吐露しようと。
「変わり、ましたか?」
聞くには、勇気が必要だった。なのに、本当はわかっている。あの頃とは、自覚するほど。
「それがただの草食動物だった頃からの比較だとしたら、僕を楽しませる程度には」
彼の言葉に躊躇はなかった。思ったまま、感じたまま。
「・・・・・・そう、ですか」
それには感情は含まれていない。視線を、どこか遠くへ彷徨わせる。
「変わらないでいたかった?」
「どう、なんでしょう・・・・・・そうなのかもしれない」
物騒な日常だったけれど、今のような薄汚い世界ではなかったことは確かだ。
様々なものを失った。例えば、今手の中にある固形物のように、当たり前の、尊いはずだった日々。
後悔も、数え切れないほどした。
もっとよい選択があったのではないか
少しでも多くのものを助けられたのではないか
傲慢だ。
知っていてなお、そう思うことをやめられない。血なんて、一生嫌いなままでいい。
「変わってしまえば、よかったのに」
風に乗るような、柔らかな、さらりとした、声。
自然すぎて溶けてしまいそうだったそれは、確かに自分へと向けたもの。
見つめれば、戸惑うほどに穏やかな黒曜石。
――息を、呑んだ。
「・・・・・・今、オレのこと変わったって言いませんでしたか?」
「そうだね。でも、君は変わっていない」
だから、変わってしまえればよかったんだろう。
変わったという口で、変わっていないと否定する。わけがわからない。
言葉遊びだろうか。揶揄めいた、けれどどこかに、瞳と同じく優しさが含まれているような気がするのは、
浅はかな希望だろうか。
「嫌いじゃないよ」
「え」
薄く、その唇が弧を描く。
前振り無く、ぐい、と襟元を掴みあげられ、随分と差ができてしまった身長が、近づく。
いつもは見上げなければならない秀麗な顔が間近にあって、へ、と呟きかけた唇が、彼のそれで、遮られた。
「―――っ・・・・・・!?」
柔らかな感触を、神経が感じ取る。深くはない。けれど啄ばまれるようなそれは、ひどく心臓を暴れさせた。
(な、に―――・・・・・・)
頭が真っ白になって、わけがわからなくて、ただただ身体が熱い。
温もりが緩やかに離れるのを、ぼぉっとする思考の端で感じる。
「変わったけれど、『君』は、変わっていない」
いっそ愚かなまでの優しさで、それを許容している姿、あまりにも凡庸すぎる願い。
「だから」
漆黒の瞳に捕らわれる。ゆっくりと、その口元が移動して。
「愛しているよ、沢田綱吉」
夢が、現実をついに浸食してしまったかのような。
耳元で、ぞくりとくるような低い声が、直接鼓膜を震わせる。
見えもしないのに、その口元が笑みを浮かべていることがわかった。
「初恋は終わらせてあげる。その代わり―――」
僕の方は、叶えさせてもらうけどね。
初恋は実らない
リクエスト第6弾。
雲(→)←綱だったヒバツナ。
初恋が実らないと思っているツナと
初恋を実らせる気満々な雲雀さん。
・・・・・・の、つもり(え
途中で訳がわからなくなりました(まちなさい
J様に捧げます。可変、掲載、返品、文句、ご自由にどうぞ。
本当は雲雀さん視点も書きたいなーとか思ってたんですが
無理だったのでここに補足。
「すれば?」=邪魔する気満々てことです雲雀さん(え、そういう意味だったの?
結婚?すれば?その前に相手がいつの間にか消えてるかもしれないけどね、っていう(危ない!
自分が束縛されるのは嫌いだけど自分で束縛はしそう。
綱吉の初恋を潰す気満々だけど
その相手が自分だなんて欠片も思っていない雲雀さんが笑える(え
いや、わりとシリアス目で書く予定が結局単に
この2人って勘違いカップルですよね!(色々台無しだ!
ちなみに何故2人の会合がどっかのレストランとかじゃなく、
普通に外出させているのかと言えば進展しない2人に周りが気をきかせたという
かかないとまったく意味のない裏設定もあります。(爆)
さらには山獄という更に全くもってどうでもいい裏設定もあります。(え、まてそれ
2007.12.11