「おいで綱吉」
そう言って信じられない程美しく笑うその人は、並盛中学風紀委員長、雲雀恭弥。
何を隠そう、オレの恋人だ。
「間違ってる」
「え」
前ぶりのない指摘に、びくり、と反応する。
「え、と・・・・・・?」
放課後の応接室で、恋人の仕事が終わるのを待つべく、時間をつぶすために宿題を広げていたオレ。
ちなみに数学のプリントだったのだが、正直まったく全然これっぽっちもわらない。
あてずっぽうで適当に書いてみるのだが、どうにも答えが合わない。
2x+10=16でx=16って明らかに間違ってるよなこれ。なんでこうなったのか自分でもわからない。
とにかく万事が万事そんな感じだった中の言葉。
「問題。そこは全部値を移行して、因数分解」
ぽかん。
その瞬間のオレの顔を表現するとしたら、それが最もふさわしいと思う。
いや、なんというか、もう、びっくりした。
とにかく、びっくりした。
「え、ええっ・・・・・・?!」
「何」
何、って。
「だ、だってまさか、ヒバリさんが、勉強教えてくれるなんて・・・・・・」
「別に教えると言うほどの事はしてない。それとも、僕が勉強は苦手だとでも思っていたのかい?」
「違いますっ・・・・・・!!」
とんでもない。むしろ滅茶苦茶頭良さそうだよなーとか思ってたし!
思ってた、けど。
(す、すごいよオレ、ヒバリさんに勉強教えてもらっちゃった・・・・・・!!)
本人が目の前にいなければ今にも「きゃーーーー!!」と叫んでしまいそうだ。
ありがとう先生。オレ、生まれて初めて課題に感謝しました。
ぶっちゃけ今まで、こんなの何に役にたつんだとか宇宙語にしか見えませんとか見なかったふりをしちゃおうかなとか
こんなものがあるから某鬼の家庭教師にしごかれるはめになるんだいやもう本当消えてくださいとか
考えてましたけど、そんな事ありませんでした。
ビバ課題。
どう考えてもその感謝の仕方は邪だ。単純だとか、色ボケだとか、なんとでも言うがいい。
さりげなく勉強教えてもらうとか、なんかすごく恋人っぽい。
にまにまと頬が勝手にゆるんで、慌てて取り繕う。
こんなことでいちいち小躍りしたくなるオレと雲雀さんは、いまいち『恋人』という感じではない。
こうして応接室で会ったりとか、一緒に帰ったりはするようになったのだが、なんといえばいいのか。
本当にいるだけ、というか、帰るだけ、というか。
空気はほとんどの場合重いし、会話はないし、恋人同士の甘さなんてものはゼロだ。
実を言うと、手を繋いだこともなかったりする。オレはオレでヒバリさんが怖くて終始びくびくしてるわけだし。
ヒバリさんの性格から考えて、一緒に帰るだけでも十分恋人らしいといえば恋人らしいのかもしれないけど。
「君、明日は?」
言外に明日はこれるのか、と聞かれて、う、と気まずくなる。
「明日はちょっと……あんまり頻繁だとばれちゃいますから・・・・・・」
オレとヒバリさんの関係は誰にも話していない。家庭教師あたりは話してなくても知ってそうだけど。
なのであまり頻繁に別々に帰ると、獄寺君や山本に勘付かれるので、オレがヒバリさんと過ごす日は実はそう多くない。
「君、あの2人にも言ってないの?」
「だ、だって・・・・・・」
はっきりと苛立ちを含んだ声色にびくりと身体が震える。わかっている。悪いのはオレだ。
恋人を友人にも打ち明けないなんて、まるで雲雀さんと付き合っているのが恥かしいみたいで、失礼だとは思う。
だが、それでも正直山本はともかく獄寺君には言いたくないのが本音だ。
彼に話したら最後、うっかりあっちこっちでオレとヒバリさんの関係を叫んじゃいそうなのだ。
……色々と邪魔をしてきそうでもあるし。それが本当にオレの為を思ってすることなのだから、無下に扱うわけにもいかない。
が、大暴露。それは絶対にいただけない。断固拒否。
「どうしてそこまで拒むの。別に、何の問題も無いのに」
「あると思います・・・・・・」
何せ付き合っている相手が『雲雀恭弥』なのだから、学校中大騒ぎになること間違いなしだ。
オレは一躍有名人だろう。(死ぬ気状態やら色んな事件のせいである意味とっくに有名だということはこの際おいておく)
そんなおおっぴらにオレ達の関係がばれて噂されるなんて、考えるだけで恥かしくて死にそうだ。
この人は自分の影響力をわかっていないからそんなことが言えるのだ。
(……いや、わかってても言うか。この人他人に何言われようが自分のやりたいことするもんな)
なんて羨ましい。
しかしじゃあヒバリさんと別れるかって言ったらそれこそ絶対嫌だ。
そりゃそうしたら問題は解決するだろうけれど、そんなことになったらそれこそ一日中泣きはらすだろう。
どれだけぎこちなくともオレは今の状況に幸せを感じている。
……色々と秘密だけど。
いつだって思い浮かぶのは、自分でも馬鹿馬鹿しくなるぐらいの場面だけだった。
呼び出した日にしかやってこようとはしない子ども。
コン、コン、ノックでさえ遠慮が感じられてぎこちない。
そもそも、そのノックでさえ戸の前で軽く30分は立ちすくんでいたのだ。
それはもう遠慮どころか萎縮である。
ゆっくり扉をくぐる、おそるおそる、を体現したようなその姿。
胸中にわきあがってくる感情は、怒りなのか、苛立ちなのか、呆れなのか、
――悲しみ、なのかさえ。
この子どもは、自分がこんなことを思っているだなんて、まったく考えてもみないに違いない。
――笑顔を、見た。
深く考えての行動ではなかった。
教室の前を通りかかって、顔が見られるなら見ようかな、と軽い気持ちで。
場合によってはそのまま応接室に連れ帰ろうとさえ思っていたのに。
目に入った光景に、情けなくも目の前が真っ白になった。
いつも応接室で見せるようなぎこちない、居心地の悪そうなものではない、自然な笑顔。
楽しそうに談笑している姿。
当たり前の光景だ。草食動物の日常で、ありふれているだろう、けれど。
(僕にはしないくせに――・・・・・・)
ふつふつとした怒りが湧いてくる。
告白したのは、自分からだった。
予想だにしなかったであろう告白に、あんぐりとみっともなく口を開いたまま硬直してしまったあの子に焦れて、
脅すように返答を迫った。
正直良い返事は期待していなかった。
どうせ断わられるだろうとたかをくくっていたが、何も行動を起こさないなど
情けない真似はできなかったから、とりあえず気持ちは伝えただけだ。
慌てて「オレも好きです!」と返ってきた返事に、一番驚いたのは自分だと思う。
驚いたけれど、今まで生きてきた人生の中で、滅多にない――いや、初めてなぐらいだったけれど。
あの瞬間の喜びは、嘘じゃなかった。
(でも―――・・・・・・)
違ったのだろうか。
本当は、あの子は自分の事など恐れの対象でしかなく、だからこそ怯えて要求を呑んだのだろうか。
全て滑稽な一人芝居だとでも言うのか。
「っ・・・・・・!」
ぎり、と奥歯を噛み締める。
だとしてもあの子は自分のものだ。あそこで断わらなかった以上、あの子には自分の言葉の責任をとる義務がある。
ガラ、と戸の引かれる音に反射的に視線を向ければ、そこにいたのはあまりにも予想外の人だった。
「ヒバリさん」
いつもの学ランに、いつもの腕章をつけたその人を見て、表に現われてしまう恐怖とは別に、
例えようもない嬉しさがこみあげる。
ここは教室で、山本や獄寺もいて、けれどこうして会えるのは、やはり胸がおどる。
どうしたんだろう、なんて呑気に思っていられたのは、その瞳を覗き込むまでだった。
心臓が、嫌な風にひきつった。
「ヒバリさんっ?!」
なんで風紀委員長がうちのクラスに?教室内はざわざわと騒ぎ出す。
けれどヒバリさんが煩わしそうに一瞥して、たった一言。
「うるさい。咬み殺すよ」
ざわめいていた教室が、一瞬にして静寂に包まれる。
たった今、この瞬間から、この部屋の王は彼だった。
ああそれと。続けられた言葉に本能、いやむしろ最近鍛えられている直感が恐ろしさを伝えている。
「沢田綱吉」
「うひゃあいっ?!」
どきいっと心臓が跳ねる。何を言う気だ。かつかつと近寄ってきたヒバリさんは、
今までオレが話していた男子生徒に向き直ると、ぎろりとにらみつけた。
「この子は僕のだから、勝手に近寄らないで」
「は、はいぃっ!」
男子生徒は条件反射で返事をする。オレもつられてびくりと震える。
ちょっとまって今のどういう意味?!や、間違ってはないんですけどね?!
「ちょっ、ヒバリさん?!一体どうしたんですか?!」
なんだか様子がおかしい。ただの機嫌の悪さではなかった。
その言葉に何を思ったのか、漆黒の瞳は、感情を感じさせない、いっそ凪いだままで
あくまで静かに、言葉を。
「例え君が嫌々こういう関係になっているんだとしても、君は僕のものだ」
「え・・・・・・」
その熱烈な台詞の剣呑さに息をのむ。その瞬間に。
かぷり。
感じたのは、唇への柔らかさと、わずかなちくりとした感触。
キスというよりは、獣のじゃれあいのような噛みつき。
静寂を通り押して、空気は凍った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「じゅ、じゅうだいめ・・・・・・?!」
獄寺君の信じられないとばかりの表情がちくちくと痛い。
本日警鐘なりっぱなしの超直感はこれからよくないことが起こると告げている。
ぶっちゃけ直感がなくてもそう思う。なにせすでにとんでもないことがおこっている。
「ヒバリてめー十代目に何しやがる!!」
「別におかしくはないし、そうする権利のある立場に居るよ僕は」
ねえ、綱吉。
その笑みはいっそ美しい。美しいだけに、恐ろしい。
「それはそうですけどっ――って違う落ち着いて獄寺く――」
反射的に頷きかけて、質問した人間がとんでもない人物であることを思い出したが、
慌てて振り返った先には当然というかやはりというかすでにふるふると断じて恐怖や悲しみではないもの震える銀色。
「うそですよね十代目っ?!」
「いや、それがその・・・・・・」
隠しているのは確かだが、嘘をつくのは嫌でつい、本当につい、言葉をにごしてしまったのがいけなかった。
その銀色の肌は、銀よりもさらに白みを帯びていく。いや、いっそ青く。
まるでこの世の全ての絶望を背負ったような表情。
無心論者の自分が思わず十字をきりたくなったのは、きっと正しい。
「十代目がヒバリとできてるだなんてオレは信じませんーーーー!!!!!」
いっそ学校中に聞えるんじゃないかの大絶叫。
この状況を知らなかった他クラスにもまず間違いなく届いているであろうその声。
獄寺の悲痛な叫び。
静まり返っていた教室中が、ぶわっと再びの喧騒の中へと。
え、やっぱりそうなの?沢田ってヒバリさんとつきあってるわけ?
あの沢田が?!
野次馬も絶好調である。
ああ。
(獄寺君・・・・・・)
君って人は・・・・・・!!
なんだろう、目から熱い何かがこみ上げてくる。目頭を指で押さえてみた。
自称右腕の友人は、どこまでも想像通りの男だった。
「ちょっとヒバリさん!!学校中にオレ達の噂広まっちゃってるんですけど?!」
「ワオ。素晴らしいね」
予想通りというか案の定というか表現の仕方はどうでもいいけどその噂の広まる早さといったらなかった。
実際はオレは雲雀さんの奴隷みたいなものだとか(まあこれはまだわかる)
やたら下着姿で暴れまわるオレに風紀を守るべく咬み殺していたヒバリさんが逆に興味をもったとか(間違ってはいないかもしれない)
実は2人は親同士の決めた許婚だったとか(いやいやどこの少女漫画だ)
オレがとんでもないマゾでサドのヒバリさんとなんか相性がいいだとか(これはちょっとまて)
担任の教師なんて肩をたたいて「強く生きろよ」なんて言ってきた。あの葬式にでもきているような目が忘れられない。
「素晴らしくないですよオレがどれだけ珍動物見られるような目で見られてると思ってるでんですか!
休み時間まで色んな学年学級からオレ見に来るし貴方なんですか!絶滅危惧種ですか!珍獣ですか!
パンダの結婚なみの大騒動ですか!」
「・・・・・・あんまり君が見られるのもそれはそれで問題だね。おもしろくない」
「そっちじゃありません!」
気にするところ変だよこの人?!
ああああとのけぞって叫びを上げればヒバリさんはクスクスと楽しそうに笑う。
「うん、君やっぱりそっちの方がいいよ」
「へ?」
そっち?
「僕に何か意見するぐらいね。そっちのほうがおもしろい」
「おもしろ・・・・・・」
それは褒められているのだろうか。
「知ってるかい?僕は君が好きだ」
「うえっ?!」
内緒話のように耳元で囁かれるそれに、かーっと頬に熱が集まる。
狼狽しているオレを見て、ヒバリさんは壮絶な笑みを浮かべる。
「君は僕の告白に答えたんだから、もう僕から逃れられないよ」
肉食動物に秘め事なんて似合わない。獣は微笑んだ。
リクエスト第8弾になるはずだった第10弾。
本当に申し訳ございません・・・・・・!!(大汗)
うちのツナはやたらと雲雀さんとの関係に積極的なので(爆)
池鳩紀沙羅様にささげます。
数年(!)も待たせたうえ、こんな内容で本当にすいませんっ!
返品うけつけます・・・。
2010.5.11