例え音がなく、瞼を閉じたままでも、その人が近づいてくることがわかる。
その存在に全身の神経が集中している自分の頬に、暖かな柔らかい気配。
いつものように、ほんの一瞬。何を考えているかは知らない。
でも、やさしい、と思う。
ガチャ、とスライド式の扉が開いて、人の気配が去る。
コツコツ、とした靴音がやがて遠くへと消えていったのを耳で確認してから、
ゆっくりと瞼を上げる。見えるのは白い天井と備え付けられた蛍光灯。うすらぼんやりとした、闇。
けれどオレにとってはそんなこと、どうでもよかった。
家にいた頃は、こういう暗い所では眠れなかったのに。
ここへ来てからというもの、それどころではない。
触れられた頬が、熱い。
じんわりとそこから熱が伝わって、顔全体がほてる。
暗闇で見えなくても、自分の顔は紅潮している事なんて、わかりきっていた。
「ヒバリ、さん・・・・・・」
この熱をもたらした張本人。
彼は毎晩、何かの儀式のように、自分の頬に温もりを落としていく。

―――どうして。

聞けばいい。一言で済む。
彼がキスする瞬間に起きて見せて、どうしてこんなことするんですか、と一言。
(でも・・・・・・)
この習慣がなくなってしまうことが、怖かった。
もしこの微妙な関係を壊して、残るものがあるだろうか。
朝になれば、こんな行為などまるでなかったかのように、あっさりとした彼。
本当は夢だったんじゃないかと、毎日この瞬間になるまで、疑ってしまう。
(キス、してくれるんだし・・・・・・)
もしかしたら、と期待をしていないと言えば嘘になる。
もしかして、彼は自分を気に入ってくれているのではないか。
もしかして、そういう意味で好意、を、持っていてくれているのではないか。
自惚れなんかじゃ、なくて。
「う、あ・・・・・・」
血液が沸騰しそう。
本当はからかっているだけだとしても。いつ気づくのかとおもしろがっているのでもいい。
なんなら子どもへ対する、愛玩動物対するような感情からくるものだろうと、いい。
毎日物凄く緊張して、終わった後は眠れなくて、そのせいで朝は寝坊していつも怒られても。


それでも。


朝と夜の、ほんのわずかな、時間。ただそれだけの為に。
やはりその鍵を閉めたくないと考えるオレは、愚かなんだろうか。





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