彼は何も言わない。
あの子どもがこの行為に気づいていることなど、当の昔に気づいていた。
けれど彼は何も言わない。
毎日こうして口付けだけを落としていく男を不審に思っているだろうに、責めることも、問い詰めることも。
今日は何か言ってくるだろうかと思った朝にも、そんな素振りは見せない。
流されやすい子だから、この行為を受け入れているのか。
もしくは。
何もないものとして、拒絶したいのか。
何も知らない振りをして、何もなかったことにして。
なるほど、雲雀がこの感情を伝えていない以上、子どもにしては効果的な対応だ。
いっそ、この扉が開かなければ、と思うこともある。
閉じていても学校に関連する全施設のマスターキーを所持する己であるから、
別に鍵がかかっていたところで問題ではないのだけれど、やめるきっかけにはなる気がした。
毎朝の子どもへの言葉は、何も盗人に対してのことだけではない。
(どうして君は何も言わないの・・・・・・)
繰り返し繰り返し、確実に増えていくその回数。
どれだけ日がたとうと、子どもは何も言ってはこない。
雲雀が部屋を訪れた瞬間、わずかに震える身体を、見逃したりはしていない。
必死で強張りを隠そうとしているその表情も、出て行く瞬間の、ほっとしたような緩んだ空気も。
わからない。
拒絶なのか、そうでないのかさえ。
それでもその行為をやめることができないのは、いっそ滑稽だった。
柔らかな子どもの頬に口付ける。
まるでそれは何かの儀式のように。
限界の近い精神が、この状態に耐えられるのは、あとどれぐらいだろうか。