「だから、すっごいおっかない人なんだって!」
「何の話です?」
「うちの風紀委員長!」
ぴくり、と自分の身体が反応したのがわかる。
今、己の弟である子どもはなんと言ったのか。
この子どもが生まれてからすでに13年。
まだほんの赤ん坊でしかなかった存在は、すでに中学生となった。
かつて初めて会った頃と、同じ。
成長した子どもは、もちろん前世でのことなんてまったく覚えていなかった。
血を流して苦しんだことも、あれだけ愛していた男のことも。それが普通だ。
仕方のないことだと、思う。
1人だけ覚えていることに、複雑な思いがないかといえばそれはもちろん嘘なのだが。
「骸が卒業した後に丁度入学してきたから知らないだろうけど、今のオレのひとつ上の
先輩に、雲雀恭弥、って人がいるんだよね」
今度こそ。
今度こそ、頭が真っ白になった。
「ひ・・・・・・ばり・・・・・・」
確かに。彼は確かにそう言った。
「なんだ骸、雲雀さんのこと知ってんの?」
その呼び方に、激しいデジャヴュを覚える。懐かしい名前、懐かしい呼び方。
「知っているといえば知っているかもしれませんが・・・・・・知らないといえばまったく知りません」
事実だった。だってその人物が本当に「彼」かなんて、自分は知らないのだ。
生まれ変わりといったって、以前とまったく同じ人間に出会うなわけではない。
事実、かつて己についてきていた3人も、この子どもに付き従っていた忠犬2人も、
この時代では存在していない。己がこの子どもと会ったことさえ奇跡なのだ。だから彼も。
彼もいないと。もう会うこともないと。そう、思っていた。
「何だそれ」
「色々複雑なんですよ。それで?雲雀くんとはどんな人なのですか?」
「ああそうそう。そうだなー・・・・・・怖い人?なんか人が群れるのが大嫌いらしくて
群れを見つけたら嬉々として咬み殺しにいくような人なんだよな」
おっかないだろ、という子どもは、言葉とは裏腹に、ほんの少し楽しそうで。
彼、だ。
黒と血の赤で染められた、美しい獣のような立ち姿が目に浮かぶ。
弱い群れが嫌いでいつだって自分中心で。そう何も覚えていなくてもああ、きっとかわっていない。
「―――それはそれは。是非お会いしたいですね」
「えー相変わらず怖いもの知らずだよな、骸って」
心からの言葉に子どもは呆れているけれど、僕は知っているんですよ。
「クフフ、君だって『かっこいい人だなー』とか思ってるくせに」
「ぶっ!!!な、なんでそれを?!」
「兄としての勘です」
「お前の勘はまじでろくな使われ方しないな!」
いらないことばっかりお見通しで!そういう子どもの顔は真っ赤で、あまりにもわかりやすい反応に口角がつりあがる。
「お前だなんて人聞きの悪い。以前みたいにお兄ちゃんと呼んではくれないんですか?
反抗期って嫌ですねぇ」
「うっわめっちゃうさんくせぇーー!!大体中学生にもなってお兄ちゃんなんて気持ち悪いだけじゃんか!」
「冷たいですね。よし、ではその雲雀くんに代わりに『義兄さん』と呼んでもらうことにしましょう」
「なんでそうなるーーーー?!」
「君と彼が結婚したら僕は彼の兄になるわけですし」
「ぎゃーーーーーーーっ!!!!な、なななななんだよそれーーー?!
つっこみどころ多すぎてどこからつっこむべき?!どうしてそんな考えにいきついてんの?!」
「さあ」
そうして自分でも胡散臭いとわかる笑みをひとつ。
だって君は、本当にあの頃と変わらないのだもの。
だから出会ったのならきっと、君は彼を好きになる。こうして帰ってきてまで話題にだすのがその証拠。
ねぇあの日。
君が生まれたあの日。
本当は願ってしまった未来があるよ。
あるはずもなく、酷くエゴで固められた、途方も無い。
けれど。
けれどもしかしたら。
それは叶う日が来るのかもしれない。
時折思い出したように浮かぶ泡沫に映された、かつてのその光景が。
なぜだかくるしくなってめをふせたおのれを、どうしたんだよおまえ、といぶかしむこどもに、
なんでもありませんと、こたえた。
あの日から浮かぶのはいつも決まって
ねえ、それは願ってもいい願い事?
2007.8.23