「オレ、ヒバリさんのこと好きなんだ」
子どもは泣きそうな声でそう言った。
「どうしてだろう、あの人のこと怖いって思うのに。強い人にしか興味ない人なのに。
痛いのも、辛いのも嫌なのに―――・・・・・・」
「おとこどうし、なのに・・・・・・!!」
それは相談なのか、愚痴なのか、それとも懺悔だろうか。
振り絞る声はかすれている。兄である己に言うのでさえ、相当の覚悟がいったのかもしれない。
ここ最近様子のおかしい弟を問い詰めてみれば、そんな、耐え切れなくなったかのような叫び。
知っていた。
子どもが普通の、当たり前の思考をもっていること。
そこらの女子を普通に可愛いと思い、なんでもない未来を夢見るような。
それでもこの子どもがもう一度、あの男を好きになるだろうことも。
何故なら『彼』もこの子どもも、あまりにかつてと同じでありすぎた。
だからそれは己にとってひどく今更なことで、『彼』が存在すると知ってからは必然だろうと思っていた
予定調和。
けれど。
子どもは苦しいと泣く。
自分を見て欲しい、嫌われたくない、けれどそれは叶わない夢と知って泣く。
己が一般的でない道にはまって絶望して。
ひとつ教えてしまうならば、彼はきっとこの子どもを見ている。
かつてよりも早く、かつてよりも純粋に、この子どもに興味を持っている。
あの時、子どもを脆弱だ、と称した彼の声に、蔑む色はなかった。
そして「あの子」と呼ぶ、その理由は。
この子どもと同じように、彼もまた。
「僕は協力してあげますよ」
「骸・・・・・・」
そう言ってやれば信じられないとばかりに唖然とした表情で見上げてくる涙をたたえた子ども。
「僕はかっこよくて頼れる素敵な綱吉くんのお兄さんですから」
「いや、その台詞はいらな――って何つっこんでんだオレ!」
こんな状況だろうと反射的につっこんでしまって自分で撃沈する彼がおかしい。
相変わらずおもしろい人だ。
「ただあっさりうまくいくのは癪なので、くっつく直前になったら邪魔してあげますけどね」
「なんだそれ?!」
「君達はくっつくと傍迷惑な痴話喧嘩ばかりするようになって、
僕に甚大な被害を与えるんです。困ったものですよ」
わざとらしく大仰に言ってみせる。
本当に、あの頃はいつこんな馬鹿馬鹿しいことで死ぬのではないかと気が気ではなかった。
「あるわけないじゃん。オレあの人に見向きもされないのに」
はっ、と自嘲気味に笑う声は、それでも少しだけ救われている。
否定の言葉には、何も言わず笑みだけを返した。
(本当なんですよ)
ただそれは確かに真実だったけれど、彼らにとっての真実ではない。
この彼らがどれだけ悩もうと、戸惑おうと、必ず上手くいく確信があった。
けれどそんなこと、彼らは知らないのだ。
誰も何も覚えているはずのないこの世界。
ただ己1人が異質であり異端であり異邦人。
己に何かをさせたいのか、それともこれが罰だとでも言うのだろうか。
時々そんな世界ごと終わらせてしまいたくなるけれど。
今は、まだ。
ねぇ。その痛みはやっぱり、くるしいですか?
それはいつだって消えることなく。
2007.10.22