お互い無言のまま過ぎていく時間。
こちらの手を握り締めたまま、ほっとしたのかベッドの端にうずまって
まどろみ始めた子どもに、前ぶりなく呟いた。
「――話したよ、赤ん坊に」
「え・・・・・・?」
「関係。きかれたから。幼馴染だって答えた」
その台詞に、子どもの顔は、はっきりと真っ青に染まった。
穏やかだった空間に、ぴりぴりとした緊張した空気が混じる。
「リボーン、来てたんですか・・・・・・?」
「ついさっきまでいたよ」
ああそういえばあちらもその事は隠したがってたっけ、と思い出すが、まあいいか、と片付ける。
子ども同様、口止めをされた訳でも隠す理由があるわけでもない。
「君に関係すること、訊かれた事は全部、話した」
「なんでっ・・・・・・!!」
「僕には隠す理由なんてない」
我ながら、好きだと自覚したばかりの相手にする態度ではないな、と思う。
その声は容赦なく、子どもを慰めるような、優しさなどない。
握られていない方の手を伸ばす。柔らかい頬に触れ、しかしそこには白いガーゼ。
それがむしょうに苛立たしく、無理矢理剥がしてしまいたい衝動にかられた。
「君のことだから、どうせ馬鹿なことを考えてたんだろうけどね」
「ばっ・・・・・・」
続く言葉は容易に想像できた。けれど結局、何も言わず子どもは口を閉じる。
危険だとか命に関わるだとか。

「そんなの、今更だ」

「知ってますっ・・・・・・!」
元々自分はそういう世界の住人で、命を狙われるのは日常茶飯事だし、銃で撃たれるようになったのも最近ではない。
それが少々増えようと心の底からどうでもいいし、何より今更すぎた。
子どもは目を逸らして、顔を伏せる。握られた掌だけが、強さを増した。
それを知っていても割り切れないのがこの子であるという事実も、やはり今更だ。

「オレは、隠したかったんです。どうしても」
「知ってる」
「・・・・・・なんであっさり言っちゃうんですか」
「訊かれたから」
「恭弥さんの馬鹿・・・・・・」
「それは聞き捨てならない」
失礼な。そもそも口に出して欲しくないのなら、始めからそう言うべきだったのだ。
もちろん本音は知っている。けれどそれとこれとは別なのだ。
あえて情報はもらさなかったし、子どもの事情を調べる事もしなかった。
これ以上を望むのならば、己の願いを叶えたいのなら、『願った』という事実を負わなければならない、
願った責任をとらなければならない、と、思う。
多分自分はこの子どもの頼みなら、大抵のことならきいてやるのだろうが、
だからこそ、こういった事は願われなければ何もしない。
そうあるべきだと考えているし、それが自分にとっておもしろくない事なら尚更に。
「オレ、恭弥さんが怪我するの嫌いです。大嫌いです。喧嘩だって、本当は嫌いだ」
「それも知ってる」
自分でつけた傷にさえ痛そうな顔をする子どもだ。自分の関係でこうした怪我を負ったなら気に病むことはとうに知っている。
だからこそ己を殺したくなる。
子どもの頬に触れている掌が、明らかに通常より高い熱を伝えてくる。
無理矢理力を引き出した代償に、神経がいまだ興奮から冷め切っていない。
一種のトランス状態は、身体に変化はなくとも精神を確実に疲弊させているのだ。
事実、子どもの目は常よりも弱々しい。

「綱吉」

意識をはっきりさせるように呼びかける。
疲労しているのはこちらも同じだ。身動きするだけではしる痛み。
いくら雲雀とて、痛みを感じない訳ではない。むしろ痛覚は正常すぎるほど正常で、
ただ単にそれを我慢できる精神があるだけだ。

「僕は絶対に群れない」

子どもが目を丸くする。
「赤ん坊にも言われたけど、君のファミリーとやらにも入らない。
誰の命令もきかないし、やりたくないことはしない。今までと何も変わっていない」
ぽかん、と表現するのがいかにも似合う間抜けな表情で、子どもはこちらを見上げてくる。
それがおかしくて、笑ってみせた。

「何を驚いているの?当たり前だろう。僕は君が関わろうと関わらなかろうと、
並盛で起こることには必ず干渉するし、それは一生変わらない。君のしている事は、無駄だよ」

泣かせる程の怪我をしてしまったことは後悔しているが、だからといって危険に飛びこまないなどという選択肢は
始めから存在しない。多分、もし子どもが本当にマフィアも何も関係のない、普通の一般人だったのだとしても、
自分の未来は変わらなかった気がする。
子どもは息を飲んだ。
じわり、とその目の淵を潤ませる液体をぬぐいながら、戸惑いがちな言葉を待つ。
ようやく口からでた音は、かすれていた。
「―――オレ、わかってるんです。巻き込みたくないとか、隠すとか、恭弥さんにとってありがた迷惑だって・・・・・・」
「そうだね」
子どもは気づいているだろうか、この部屋に入ってきてからずっと、呼び方が元に戻っている。
思考が混乱している最中にでてくる呼称がそれであるなら、もしかすると今でも、
内心でこの子どもは、自分をそう呼び続けているのかもしれない。
そのままそう呼べばいいものを、と馬鹿な事を思う。
前々から考えていたことではあるが、その理由を理解してしまっては、自分がつくづく愚か者になった気さえした。
「恭弥さん、危険な事大好きだし、自分から首をつっこむし・・・・・・戦う事が一番好きだし」
「うん」
「でもオレはやっぱりさっきも言った通り、怪我して欲しくなくて、巻き込んだこと後悔しちゃうし、
罪悪感も感じちゃうし。こればっかりは、どうしようもないんです」
それでもその声色には、少しだけの安堵。ファミリーに入らない、と言った事を、心の底から喜んでいる。
先程までの深刻さはかすかに薄れて、諦めに近い溜息をつきながら、子どもは告げる。

「じゃあ一生そうしてれば。僕と関わる限り、それは変わりようがない」
その台詞はそっけいないはずだったが、そうします、と何にかは知らないが、くすぐったそうに笑みを見せながら返された。
ただその表情は一瞬で、すぐに複雑そうなものへと戻る。
罪悪感だとか責任だとか、くだらない。くだらなすぎて反吐がでる。

「――なんなら許しを与えようか」

「え?」
子どもが言葉を理解できないとばかりに眉を寄せた。
「君は巻きこんだ事を気にしてる。なら、まだ言っていないことがあるだろう」
自分にとってはいらないが、子どもには必要であろう言葉。
罪悪感はいらない。子どもを手に入れる為の邪魔にしかならない。罪悪感から手に入れた心など、己のプライドが許さない。

「全部許してあげるから、言ってごらん」

そこでやっとその言葉の意味を悟った子どもが、硬直する。
数秒だったのか数分だったのか、どちらでもあるような間に、じわじわと相好が崩れた。
「・・・・・・ごめんなさい」
力の抜けた、小さな声が、謝罪の言葉を伝える。

――何も言わなくてごめんなさい
――勝手なことばっかり言ってごめんなさい
――なのに結局何もできなくてごめんなさい
――巻き込んで怪我させてごめんなさい


「あと――・・・・・・」
これだけは言いづらそうに躊躇してから、一番弱々しく、呟くように。


「――嫌わないでください」


言ってしまってから、はっと後悔したように顔を歪める姿に溜息をつく。
つい最近、己が何を自覚したのか、いっそこの子どもに懇切丁寧に教えてやろうか。

「僕は本気で君を嫌いだと思った事は、この10年一度としてないよ」

そう言ってやれば、子どもは再び綻ぶ様に笑って、しかし自身の言葉が恥かしかったのか、
緩んだ表情を隠す為にベッドへ顔をうずめた。
その腕を掴んで引き寄せて、軽く理性を飛ばさせる発言をする子どもの頭を、身体ごと抱きこむ。
子どもが驚く気配が伝わってくるが、無視した。身体中が激痛に悲鳴をあげる。
「もう寝な」
誤魔化すように、まだ休んでいたほうがいい、と、いまだ熱のある子どもの双眸を掌で遮り、諭すように呟いて。


どうやらこの感情が、思っていたより余程重症らしいことを知った。



ついえたゆめのかけら side-α



>>

かけらを握り締める子ども。


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