黒の衣装に包まれた謎の集団が、その身体を引きずっていく。
家庭教師が復讐者、と呼んでいた。それを見送りながら、彼らは一体どうなるのだろうと思う。
死んで欲しくはなかったけれど、あの男がしたことはどうしても許せない。
一度ゆっくりと目を閉じれば、すっ、と額の炎が消える。
「・・・・・・身体は痛まねーのか」
「別に」
――ああ。
身体なんて痛みはしない。いつもより軽くて、調子がいいくらいだ。
ただ。
(頭が、痛い・・・・・・)
ガンガンと血液が波打って、鋭い痛みと、やけるような熱をもたらす。
慰めにもならないとわかってはいても、手の平で顔を覆う。
(なんでもない。これくらい・・・・・・)
激情のままに屠ったけれど、残ったのは脱力感と虚無感だけだ。
だってそれであの人の傷が消えるわけじゃない。
到着した医療班が、次々と怪我人を担架に乗せていく。
その中には呼吸器を取り付けられたあの人の姿もあって、くしゃり、と顔が歪んだ。
とても見ていられなくて、俯いて顔を背けてしまいたくなる。
でも駄目だった。
そんな権利はない。
脳内に響く警鐘が激しくなる。ぐらぐらと世界が熱で溶かされていく。
あの後、いつ気を失ったのかは定かではない。
気が付けば病院にいて、真白いシーツの上、身体が投げ出されていた。
とにかく本能が向かうままにがむしゃらに走って、見つけたその部屋。
その先にいた黒が、どれだけの安堵をもたらしたかなんて、誰にもわからない。
胸がいっぱいになって苦しくて瞼が熱くて崩れ落ちて、子どものように泣き出したくなるような衝動。
恭弥さんの胸に顔をうずめながら、その温もりに安堵する。
ゆっくりと髪をすく優しいその指が、嬉しい。
かすかな鉄の匂いが、心をどん底に突き落とす。
好きだ。
まるで縋るような思いで、想う。
ずっとずっと好きで、気がつくのは遅かったけど、誰よりも。
それはもはや自分にとって当たり前の感情で、なのにこの昂りはいつまでたっても慣れない。
もどかしくてもどかしくてしょうがない。
追い立てられるような気持ちは、焦燥感にも似ている。
夢を、見てた。
このままずっとずっと一緒にいて、やっぱりいつものように争いに巻き込まれて、
時々家で一緒にご飯を食べて、おいしいと母さんに笑顔を向ける光景に嫉妬して、
この人はふらっといなくなったりするけど、あっさりと何もなかったように帰ってきて、オレをからかって。
オレはこの人とやりあう以外は普通の人間で、ダメダメなままで時々色々ばれそうになって助けを求めたりして。
そんな風に、この先ずっと変わらない未来の夢を、見てた。
恋人とか奥さんとか、そんなのに成りたいって、まだ知らなかった頃だったけど、
でも、そんな夢を見てた。
嫌だった。
この人が傷ついてしまうのが嫌で、絶対に巻き込みたくなくて。
弱い自分を後悔して。でも。
(でも・・・・・・)
あの時、助けに来てくれた時の、わずかな歓喜だけは、決して嘘じゃない。
そんな自分が、一番嫌だった。
結局自分は誰よりこの人を頼りにしていて、真っ先に助けて欲しいと思うのはこの人で、
なのに一番助けて欲しくない人もこの人なのだ。
矛盾する感情。
そんなことあってはならないのに、許されて抱きしめられて嫌われなかった事に安堵している浅ましい自分。
どうしようもない想いを感じながら、泣きたくなる温もりに意識をゆだねた。
ついえたゆめのかけら side-β
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絶対に許せないのも本当。でもそれだって、決して嘘ではなかったよ。