「お、かわいーな、ツナ」
呑気で楽しげな山本の声は、いっそ清清しいまでに場違いだった。
「〜〜〜〜〜っひ、ひひひひひ、ヒバリーーーーっ!!!」
「煩い」
「なんだその10代目のお姿はーーーーっ!!」
ごもっともな自称右腕の叫びもなんのその。
基本他人にどう思われようが気にしない風紀委員長様には右から左へとすり抜けていくだけである。
しかしもう1人の渦中の人物、おそるおそる様子を伺っている子どもの方は違うらしい。
今現在最も苦手であると認識している相手の台詞に、ただでさえ不安を浮かべた表情が歪む。
「・・・・・・きょうやさん、おれやっぱりへんですか?」
やっぱり男みたいだから似合わないんだ、としょんぼり肩を落とす。
「似合ってると思うけど」
「宇宙一素晴らしく犯罪並みに可愛らしいに決まってます!!」
ちなみに子どもこと綱吉は獄寺の方の相変わらずの賛辞なんて聞いちゃいない。
雲雀の返事に無邪気に大喜びし、やった、とふにゃりと笑う。酷い。
そのまま喜びを表現するようにぎゅーと雲雀の足に抱きつくと、雲雀はその頭を撫でてやる。
「このっ・・・・・・!10代目を返しやがれ!」
ぶち切れだ。
返せもなにも綱吉の方がくっついて離れないのだが。
「選んだのはこの子だ」
雲雀は一切強要などしていない。現に他の選択肢もあった。子どもにとってあってないような選択肢ではあったが。
「テメーが10代目に何かしやがったんだろうが!そんな格好させやがって―――」
「果たす!」
どこからともなくその両手にはダイナマイト。
後ろで呑気な声がいつみてもそれ手品みたいだよなーと笑っている。大物なのか能天気なのか。
煩わしい。
ここは雲雀の部屋―学校の応接室だが―だというのに、勝手に侵入してきてわめき散らす群れは
腹立たしいことこの上ない。
「これが沢田綱吉だとばれて困るのはそっちだろう」
雲雀の元へきたのもこの服を着たのもこの子どもの意思だ。責められるいわれはない。
大体、綱吉は女なのだから、本来こちらの格好が正しいのだ。それも知らずきゃんきゃんと。
けれどその事を教えてやる気は全くない。誰が教えてやるものか。
真実ではないが嘘でもない理由に、ぐ、と自称右腕―認める気はさらさらないが―は言葉につまる。
どうでもいいのでそのまま咬み殺してこの場から退場させようと再び相棒を構えるが。
「よう、恭弥。ツナは元気か?」
・・・・・・また増えた。
これまた聞き覚えのある陽気な声色。入り口近くに立つその姿はこの地に似合わしくない金。
黒いスーツを着た部下を引き連れた若いやたらキラキラしたイタリア人。
何人これば気がすむのか。何度も言うがここは雲雀のテリトリーだ。最も侵されたくない聖域だ。
それがこうも荒されていく上、群れが嫌いな雲雀にとって、この状況はとっくに怒りの臨界点を超えている。
「貴方には関係ないよ」
「いや、あるだろ。これでもリボーンからツナを任されてるんだし」
「僕には関係ない。部外者が校内に入るな」
「まあまあそれぐらい大目にみろって」
あまりにも雲雀らしすぎるやり取りに、はは、と乾いた笑みがもれる。
ちらりとみやった子どもは状況が理解できていないのか単に怖がっているだけか、顔を歪めている。
しかしまあ見たところ健康なようだし、怪我もしていないし、様子もおかしくない。
大丈夫だろ、と結論付け、「よう、ツナ」と頭を撫でようと伸ばしたディーノの手を避け、
さっと子どもは雲雀の後ろへ逃げ隠れる。
その瞳にやどっているのは『警戒』の2文字。
行き場を失った手をさ迷わせながら、これはまた難関だなぁ、とイタリア人ことディーノは苦笑した。
「うーん・・・・・・まいったな。ツナ、俺の事怖いか?」
「・・・・・・」
子どもは口篭った。肯定したいけれどそうすることが怖い、と顔にはっきり書かれている。
困った。雲雀にはあっさりと懐いたというのに、これはどういうことだろうか。
「じゃあ恭弥も怖いんじゃないか?」
本人を目の前にしてよく言えたものだが、これには子どもはきょとり、とあどけない表情を見せる。
心底不思議そうにふるふると首を横に振って、小さな手できゅ、と再び雲雀のズボンの裾を握った。
身体全体から、恭弥さん大好きオーラが出ている気がする。
何故だ。
なんだか物凄く理不尽なものを感じて、ディーノはうちひしがれたくなった。
後ろでじゅうだいめぇえええ!と自称右腕は男泣きだ。
黙りなよ、と雲雀がその頭上めがけてトンファーを振り下ろす。
げ、と嫌そうな声を出したのは誰だったのか。
その瞬間、平和だったはずのとある学校のとある一室は、戦場と化した。
「学校への不法侵入、僕の部屋で群れた上騒ぐ――・・・・・・」
その額には青筋。
「咬み殺す」
それから先は、言わずもがな。
「気に入ったやつ、選んでおいで」
暴れまわってそこそこすっきりした雲雀は、そう言って子どもの背を押して送り出した。
並盛にあるショッピングセンター。例のごとく綱吉を抱きかかえてきた雲雀は、
子供向けの服やら靴やらを売っている一角までやってきている。
まずは靴を買わねばならない。いつまでも雲雀が抱えて歩くのでは不便すぎる。服も草壁に用意させた1着ではもちろん足りない。
というわけで必要にかられここにいるのだが、1人送り出される子どもは不安げで戸惑いも隠せていない。
いきなり幼い子ども1人、それも普段は女物など着ないとあっては、無理もなかった。
しかし子ども以上に雲雀に小さな女の子の衣服などわかるはずがないのだ。むしろわかりたくない。
第一段階ですでにつまづいってしまった2人が途方にくれる中、微妙な救いの声は確かにあった。
「恭ちゃん?」
たった1人、雲雀をそう呼ぶ、柔らかな。
「奈々」
予想外の人物の登場に、雲雀は面食らう。ここで会うとは思いもよらなかった。
「元気だった?実際に会うのは久しぶりね!」
電話は昨日したばかりだけど、とクスクス柔らかく笑う。
「うん」
煩わしい人間が綱吉の周りに増えてからというもの、雲雀は滅多に沢田家に寄り付かない。
必然的に奈々と対面するのは久しぶりだ。連絡はわりと頻繁に取っているのだが。
「なんでここに?」
「うちの子達の服を買いにね。小さい子が増えたから」
そう言う奈々は嬉しそうだった。雲雀とは違い、奈々は賑やかなのは大好きだ。
綱吉もそうだけれど、普通以上に煩わしい子どもをよく面倒見れるものだ。
「そうそう、ツッくん、何か迷惑かけてない?」
「そう感じたことはないよ」
不便さは感じたが。子どもは全身で好意を表してくるし、意外にもなかなか悪くない。
これが今の綱吉ならどうなっていたのだろう。
「ふふ、楽しみね。私は応援してるからね!」
何を?
雲雀は基本的に他人が何を考えているかなんて興味がない。しかし奈々の思考はそれ以前の問題だ。
雲雀にとってこの親子は世界で一番よくわからない存在なのである。
すると雲雀以外にも小さな影がある事に気づいたのか、奈々の視線がそそがれる。
はっとして視線から隠そうと雲雀が身体を動かすが時すでに遅し。
「あら、ツッくん?ちっちゃくなっちゃってどうしたの〜?」
・・・・・・。
・・・・・・さりげない爆弾発言がやってきた。
「・・・・・・奈々?」
「なあに恭ちゃん」
珍しく戸惑いを含んだような雲雀の声色にも、奈々の笑顔はまったく崩れる様子がない。
何かがおかしい。
まさか、と思う。
「この子が綱吉だって、わかるの?」
「?だってツッくんじゃない」
いやそれはそうなのだが。そう当然のように言われても困る。
雲雀の動きは意味もなくぎこちなくなる。最近予想外のことが多すぎる。
「それにしてもツッくん可愛い〜〜ワンピースすっごく似合ってるわ!」
「・・・・・・かーさん?」
どうやら自分の母親らしい人物の登場に、子どもが疑わしそうにしつつおずおずと呟いた。
じーっとてっぺんから爪先まで確かめるように凝視している。
「ええ。あら、ツッくんもしかして中身もちっちゃいの?」
「そうらしいね」
「まあ!素敵!ロマンティックね!」
・・・・・・キラキラしている。
どこらへんがロマンティックなのかは果てしなく謎だ。
自分の娘がいきなり幼くなっているというのに疑問は抱かないのだろうか。
雲雀もその事を考え奈々には何も知らせていなかったというのに。
にこにこと笑うその表情に翳りは見られない。
「だから恭弥ちゃんのお家に泊まるって言ってたのね。あら?ならまだ先ってことからしら」
それは残念ねぇ。
ここまできて初めて言葉通り残念そうな表情を見せるが、何が残念なのか、
奈々本人以外にはさっぱりわかっていない。
奈々は綱吉が大きいままで雲雀の家に泊まった方が嬉しかったらしい。それはさすがに問題ではないだろうか。
そんな事をつらづら考えていると、くいくい、と小さな手が雲雀のズボンの裾をひっぱった。
「・・・・・・きょーやさん」
「何?」
「かーさんおんなじです」
「・・・・・・そうだね」
子どもは大真面目に考え込んでいた。
数年前の子どもでさえそう言う程、髪の長さ以外変わった所がみられない。恐るべき童顔と若さだ。
これは驚いてもいいと思う。
「いつかと逆ね、ツッくん」
「いつか?」
以前にも同じ事があった事を示唆する台詞に雲雀が反応する。
雲雀が知る限り、子どもがこういった状況になるのは初めてだ。
「ええ、結構前に、ツッくんがいきなり大きくなっちゃったことがあったの」
今度はちっちゃくなってるのね、昔に戻ったみたい!と。
―――数年前のツナと入れ替わってるんだと思うぜ
鞭の男の台詞。ならば。
「――ねぇ、それって、どれぐらいの間?」
「そうねぇ、3日か4日くらいだったと思うけど・・・・・・」
4日。ではこの状態はあと3日もすれば元に戻るという事だ。
現代の綱吉は、確かに過去に飛んでいる。
思わぬ情報を得てしまった。
やはり母親は偉大らしい。
(というか、あの子隠れきれなかったのか・・・・・・)
奈々がその事実を知っている以上、過去へと跳んだ子どもはあっさりと見つかってしまったらしい。
何をしているんだか、と雲雀が呆れた溜息をついたあたりで、再び明るい声。
「たくさん可愛い服着せられて、すごく楽しかったわ〜」
・・・・・・何したんだい、奈々。
丁度いいので選ぶのは彼女にまかせ――それはもう楽しそうに可愛らしい服ばかり着せていた――
一通り買い揃えてもらった。戻ってきた2人の手にあった衣服は、とても4日かそこらの量ではない。
子どもはぐったりしていた。予想以上の重労働だったらしい。慰めるように頭を撫でてやると、嬉しそうに顔をほころばせる。
そういえば。
「どうするんだい綱吉。奈々にばれた以上、僕の家にいる必要はない」
奈々にばれない為に預かっていたのだから、ばれてしまった今、必要がなくなってしまった。
母親がいるのならば住み慣れた実家の方がいいだろう。元々雲雀は子どもの面倒を向いているとは言いがたい。
帰るのかそのまま元に戻るまで滞在するのか。雲雀としてはどちらでもいい。
「・・・・・・かえらないとだめですか?」
「別にどっちでもいいよ」
子どもは母親と雲雀を交互に見やって、やがてきょーやさんちがいいです、とぽそりと呟いた。
それに気分が良くなった自分を訝しく思う。
母はにこにこしていた。ついでにおまけもあった。
「試着したツッくんの写真、いっぱい撮ったから後で送っておくわね!」
大物だ。
「君の分の布団も買ってきたから、今日からそっちを使いなよ」
「え」
ちらり、とその視線が雲雀が用意した――正確には草壁だがまあいつもの事である――真新しい布団にそそがれる。
喜ぶかと思いきや、意外にもその表情は微妙だ。子どもは小さな声でわかりました、と呟く。
ぱじゃま代わりの甚平のひもを不満そうにぐずぐず弄っている。
雲雀の頭には疑問符が浮かぶ。了承があったので蒸し返しはしないが。
ただただしゅんとした子どもの頭を見下ろしていた。
薄暗い部屋の中で、寝ていたはずの子どもの瞼が持ち上がる。
横目でもう一人の住人が眠りについたままであることを確認すると、小さな影はむくり、と起き上がった。
もぞもぞと動いて身体に毛布をまきつけるように羽織ると、ぺたぺたと毛布をひきずりつつ、雲雀のすぐ傍まで近寄って、
ぽふん、と雲雀と同じ布団にうずもれる。
雲雀の体温が伝わる距離。
それに満足したらしい子どもは、満面の笑みを浮かべてから、ゆっくりと瞼を閉じた。
「・・・・・・」
すぅ、という子どもの小さな寝息を拾いながら、雲雀は薄く目を開ける。
子どもが動き出した時点で意識は覚醒していた。何をするのかと思ったら。
ちらり、と子どもの為に用意した真新しい布団へと視線を移す。使用者を失って取り残されたそれ。
子どもは結局雲雀の布団一枚に収まってしまい、はっきり言って意味がない。
戻してしまおうかと考えたのは一瞬。傍らにある子どもの小さな身体。その寝顔はひどく安らかで。
結局無言で昨夜と同じように子どもを抱き込む。
もしかして自分はこの子に甘すぎるんじゃないだろうか。