「きょうやさん」
「何」
「オレくつないです」
今度はそっちか。


それはとつぜんやってきました 6




目が覚めたら腕の中に見慣れないイキモノがいた。

すっぽりと腕の中におさまる小柄な体躯。暖かな温もり。
胸元に顔をうずめているそれは、雲雀の位置からだと頭の上しか見えない。
一瞬訝しんで、それをよく観察する。ふわふわとしてはねた、わずかに色素の薄い髪。
とても、身近な色だ。珍しく、好ましいとさえ思っている。
(ああ――・・・・・・)
綱吉か。
そこでようやく、そのイキモノの正体が色々あった幼馴染であることを思い出す。
そういえば家に連れて帰ってきたような気がする。
子どもを放し、むくりと起き上がる。ふぁ、とひとつ欠伸をして。
「綱吉、起きな」
「ん・・・・・・」
むにゃむにゃと眠る子どもは、なくなってしまった雲雀の温もりの代わりを探してか、
擦り寄る様に布団の中に埋まる。もう一度だけ綱吉、と呼びかけたが、んー、と
明らかに起きる見込みの無い生返事が帰ってきた。
呼びかけを二度行なうという雲雀基準で最大限の譲歩はしてやったので、以降は物理的行為に移る。

とりあえず頬をひっぱった。

幼児特有の、ぷにぷにとした感覚。
思いのほか痛かったのか、子どもははっきりと眉をしかめ、顔を逃がすように寝返りをうつ。
うつぶせに近い状態で雲雀の手から逃れると、再び安眠に入ろうとする。寝汚い。
そもそも他人に痛みを与えられてそれでも覚醒しない神経は理解に苦しむ。
事実、自分は時には葉の音でも目を覚ます。昨夜も考えたが、この子どもは無防備がすぎる。
防衛本能はどこへ消えたのだろうか。
(防衛・・・・・・)
防衛。そういえば、この子どもはどの程度強いのだろうか。
まず間違いなく今の雲雀相手ではてんで話にならない程度である事はわかっているし、
実際に戦ったところでそこまでおもしろくもないだろうが、少々興味はあった。
「・・・・・・」
すっ、と雲雀の手が上がる。

「・・・・・・っ!!」

瞬間、何か本能的な身の危険を感じたのか、子どもがいきなり、がばりと起き上がった。
危険の源を探しているのか、ぶんぶんと勢いよく、必死に辺りを見回す。
どこからともなく、いつの間にか愛用の武器を取り出していた雲雀は、ち、と内心舌打ちをした。
ちなみに子どもは気づかなかった。
「・・・・・・?」
跳ね起きたのは無意識の行為だったのか。状況がよくわかっていない様子で、
防衛本能で意識が半覚醒した子どもは、ぼんやりと目を瞬かせる。
「きょ・・・・・・や・・・・・・さん・・・・・・?」
「うん。おはよう」
「おはようございます・・・・・・」
半分は寝ぼけているらしい。挨拶をオウム返しして、視線を移す。
しばらくぼーっと周りを見渡していた子どもが、ゆっくりとした動作で不思議そうに首をかしげる。
「・・・・・・ここ、どこですか?」
「僕の家」
きょうやさんのいえ、と確かめるように繰りかえし呟いてから、唐突にはっとして目が生気をおびる。
「ああーーーっ!!」
「うるさい」
「ご、ごめんなさい・・・・・・で、でもそーだきょーやさんおっきいんだ!」
うわあ、うわあ、と感心したように子どもは興奮している。
一晩寝て現実味が薄れていたのだろうか。
昨日初めて――というか――会った瞬間のように、じろじろと雲雀を観察し始めた。
楽しそうだ。飽きないのだろうか。
「……そんなにおもしろいのかい?」
「おもしろいです。きょうやさんおっきくなったらこうなるんだなぁって!」
「ふぅん?」
まあ自分とて小さな綱吉に新鮮さを感じているのだから同じか。
そう結論付けて立ち上がる。子どもは不思議そうに雲雀を見上げている。
「さっさと起きて。時間がくる」
今日は月曜だ。学校が始まる。まだ始業時間には程遠い時間だが、雲雀の登校時刻は当然のように早い。
ただでさえ色々時間をくいそうな子どもがいるのだ。早く準備するに越したことは無い。
しかし子どもはあれ?、と疑問符を浮かべ、首を傾げた。
「きょーやさんどっかいくんですか?」
「学校だよ」
「がっこう・・・・・・おとなですねっ」
キラキラと尊敬の眼差しで子どもは雲雀を見る。
中学生は大人と言うには微妙だが、まあこの年代の子どもにとっては充分大人に感じるのだろう。
つい昨日までこの子どもとてその「中学生」であったという違和感はいなめないが。
「あ・・・・・・」
「?」
しかし、楽しそうにしていた子どもが、突然何かに気づいたように声を上げる。
みるみるうちに雲ってしまった、軽く眉をよせた表情と、その色の違いに、あまりよろしくない事柄なのであろうと知った。
「きょうやさん、いっちゃうんですか・・・・・・?」
戸惑いがちな、残念さを隠しもない台詞。
この時代において雲雀がいないという、重大問題に、不安と寂しさが身体全体から感じる程に、しょぼん、と落ち込む子ども。
しかしそれは雲雀にとって眉を寄せるものでしかなかった。
「行くよ」
憮然とした口調で返す。当たり前だ。何故そんなことを言うのだろう。
子どもはがくりと肩を落としたが、すぐに気を取り直して、視線を向けなおす。
その瞳には何事かの決意がこもっていた。おや、と思う。
「あ、あのっ・・・・・・だ、だいじょうぶ、だったら・・・・・・」
何故かそこで恥ずかしそうに顔を赤らめて、照れくさそうにつっかえつつ、それでも止まることはなかった。
だいじょぶで、へいきで、できたら、と何度も前置きを飽き飽きするほど繰り返してから

「はやくかえってきてください、ね・・・・・・?」

仰ぎ見るようにおずおずと懇願される。
雲雀は瞠目した。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「君、何言ってるの」
「うえっ、ご、ごめんなさいっ!」
「違う」
何故そんな事を言うのか、更には謝られているのか、雲雀には理解できない。何故なら。
「君も行くんだよ」



「え?」



子どもも学校へ連れて行く。
雲雀の中では当然の決定事項だ。むしろおかしなことを言いだす子どもを訝しく思う。
子どもを一人ここに置いていくには不都合がある。何をしでかすかわかったものではないし、
ただでさえおかしな事になっているのだ。子どもの今の立場上、身の危険もある。当たり前のことだ。
なのに、子どもはまぬけな声をあげた。ぽけっとして、驚いているらしい。
「い、いいんですかっ?!」
「いいんじゃない。君も並中生なんだし」
正確には未来の、だが。綱吉は並盛の生徒だ。そしてこの子どもは綱吉だ。
というかそもそも、並中の秩序は自分だ。何の問題もない。実際にはあるはずなのだが、雲雀は気にしない。
綱吉は思わぬ雲雀のお許しに、子どもは歓声をあげた。ぱっ、と立ち上がり、じゅんびしてきますっ!と笑顔満面でぱたぱたと走っていく。
……結局何を気にしていたのだろうか。

雲雀はとことん鈍かった。



お互い身支度を終えて、食卓へと着く。
白米に味噌汁に、魚の焼き物、野菜のおひたし。典型的な日本の朝食である。
作ったのは雲雀だ。むしろ他にいるわけが無い。基本的に雲雀は何でもそつなくこなす。
ちなみに子どもの格好は、慣れない服に軽く10分は悪戦苦闘して着た、例のワンピースだった。
ふんわりと可愛らしさを強調した、明らかに子ども向きのそれは、しかし正真正銘の子どもには、幼さと相まって非常に似合っていた。
女に生まれてきた方がよかったのではないか、と考えかけて、いや女なんだったっけと思い直す。
綱吉の男装は大したものだと思っていたが、今度大きい方の綱吉にもこういう服を着せてみれば、案外似合うかもしれない。
そんなことを思いつつ、野菜に嫌そうな顔をする子どもを睨んで脅したりしながらの朝食も終え、準備万端、
子どもと連れ立って、まさに家を出ようとしたその瞬間、デジャヴュさえ感じるその問題が浮上したのである。
(靴……)
さすがに靴までは部下の用意したもろもろの中にもなかった。あれはもろに足の大きさが関係してくるので、購入されていたとて、
実際に使えるかどうかは甚だ疑問だが。
そういえば来る時は雲雀が子どもを抱きかかえてきたのだ。
その前も子どもは靴を履いていなかったし、あの家にもありはしないから、気にしていなかった。
服の次は靴。案外、子どもは何かと入り用らしい。
というよりは、新たに住人が増える際の弊害だろうか。

溜息をつく。
(どうせ、この子に会わせていたらどれだけかかるかわかったものじゃないしね)
仕方が無いので、昨日と同じように抱き上げれば、子どもは、わっ、と大喜びし、腕を首に回した。










「なんか、すごいへやです!」
「ふぅん」
応接室へと辿りつくと、子どもはその内装を見てそう感嘆の声を上げた。
黒皮のソファ、重厚な机。学校へと送られた賞状、トロフィー、優勝旗が物々しく飾られているガラス張りの棚。
明らかにその他の部屋とは一線を規している、特別な部屋。俗物的な話、校内で一番金がかかっているのも確か。
きゃっきゃっと子どもは弾力のあるソファににじり上がり、ぽすん、と座り直しはしゃぐ。
座ると地面まで届くことの無い短い足を、遊ぶようにぱたぱたと宙で揺らした。

ちなみにここへ来るまでの道中、道を歩く一般人や、たまたま朝早くから登校してしまっていた生徒、
そういった、運悪く雲雀が子ども−しかも女の子−を抱きかかえて登校してくるのを目撃してしまった人間は
そのありえなく恐ろしい光景に、そろってぎょっと目を見開き、石化した。
ちなみに、何故あの恐怖の風紀委員長様が女の子を抱きかかえて登校しているんだという、
至極真っ当、かつもっともな気になってしょうがない疑問を、実際に口にできた勇者は、残念ながらいなかった。
あれは夢だったんだと泣きそうになる精神の安定を図ったものも少なくない。
雲雀の登校が相当早く、あまり歩いている人間がいなかったことだけが救いである。


はしゃいでいる子どもを放置することにして、雲雀は書類整理の為、机へと向かう。
昨日綱吉に邪魔されて結局終えることのなかった書類を片付け、今後の予定を組み始めた。
どれぐらいそうしていただろうか。ふと顔を上げると、いつの間にはしゃぎ終えたのか、
机の反対側に、子どもが上半身を預けてもたれかかっていた。
子どもの身長と机の高さが合っていないのか、どうやら背伸びをしつつ。
じっ、と子どもは雲雀を見つめている。何かを言いたげに。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・何」
しばし意味のない見つめあいを破ったのは雲雀の方だった。
何か言いたいのなら言えばいいのに、と少々の苛立ちを含みつつ問いかける。
「え、っと・・・・・・」
苛立ちを感じ取ったのか、わずかに動揺したものの、しかしなかなか言葉はでてこない。
何度も言いにくそうに口ごもり、最終的に言葉にすることは諦めたのか、
ちらり、と意味深な視線をよこした。

雲雀の、膝の上に。



5分後、特等席に乗った子どもは至極ご満悦だった。
膝の上に感じる重みが、雲雀をなんとも言えない気分にさせる。
昨日の出来事で味をしめたのか、子どもは雲雀の膝の上が大層気に入ったらしい。
左右を雲雀の腕で囲まれ、時折、子どものふわふわとした柔らかな髪の毛が、雲雀の顎の下に触れる。
(別に、悪くはないけれどね……)
子どもに全開で好意を表されて、悪い気はしていない。色々と釈然としないものを感じないでもないが。
何かを諦めつつ書類へと意識を戻せば、ノックの音がして、慣れた気配を感じ取り、入って、と促した。






草壁は今すぐ戸を閉じて踵を返したくなる猛烈な衝動を、ありったけの忠誠心でもって押さえつける。
内心の動揺は昨夜の比ではない。
なんだろう、今己は物凄く恐ろしい光景を見ている気がする。
「・・・・・・おはようございます、委員長」
「うん。おはよう」
草壁の凄まじい精神力から生まれた必死のあいさつにも、雲雀は普通の反応を返した。

まるで、膝の上の存在が、無いかの、ごとく。

雲雀の腕の中から草壁を見る瞳は、確かに例の子ども。おまけにその格好は自分が買っていったワンピース。
なかなか可愛らしいそれに、ああ本当に沢田は女子だったのだな、と遠くなってしまった思考の隅で実感しつつ、
けれど問題はそこではなかった。
服はいい。自分はその実際の性別を知っていたし、似合っているし、苦労はしたが買っていった甲斐はあった。

だが、だが!!

これが主でさえなかったら何の問題もないはずの光景は、それが『雲雀恭弥』というだけで、何もかもが一変してしまっていた。
あの。
あの、恐怖の委員長が。
子どもを膝の上で抱っこしている光景の破壊力というものはいかほどのものか。
(俺は何も見ていない俺は何も見ていない俺は何も見ていない!)
何も見なかったことにした。
そうだこれはいつもの無自覚のいちゃつきと同じなのだ、そう、今更だ。気にするなよくあっただろう!と自らに言い聞かせる。
無駄に良識のある中間管理職はいつだって大変だ。
「・・・・・・連れてこられたのですね」
「置いておくわけにもいかないからね」
確かにあの屋敷に危なっかしい子どもを1人残してくるよりは、ここに連れてきたほうがましだろう。
そこが雲雀の膝の上であるということを考えないようにしながら、子どもへと視線を向ける。
子どもはじっと草壁を見上げていた。そこに昨日ほどの怯えの色は見られない。
雲雀に囲まれているという、ある意味の絶対領域状態である今、恐怖心はほとんど払拭されているらしい。
「くさ、さん」
ぽつり、と小さな声がもれる。
草壁は目を瞠った。
「なんだ、覚えてたの」
そう返したのは呼ばれた本人ではない。
くさ、じゃなくて草壁だけど。と、子どもが半分しか覚えられなかったのだろうと見当をつける雲雀は教えなおす。
「・・・・・・くさかべさん」
たどたどしい訂正をして子どもは再び確かめるように名前を呼んだ。
どう反応したものか、草壁はおおいに迷う。
「え、と・・・・・・おはよう、ございま、す・・・・・・」
「あ、ああ。おはよう」
おずおずとではあったがきちんとした挨拶に、反射的に同じ言葉を返した、
瞬間。





「ヒバリテメー10代目を返しやがれぇえええええええええええ!!!」





ダァン、と荒々しく扉が開けられる音のした瞬間。
邪魔になる子どもを膝から降ろし、言葉と同時に降ってきた大量のダイナマイトを片っ端からはじき返すか火を消し、
最後に雲雀は何でもなかったかのように、トンファーを一振りすることで埃をはらう。
「君、風紀を乱しすぎだよ」
昨日は結局雲雀の家を見つけることができなかったのだろう。
ご苦労にも朝一番に応接室へ殴りこみにやってきた駄犬に、はっきりとした苛立ちを返す。
別に争いごとは嫌いではない。むしろ好ましい。
しかしこの男だけは別だった。
風紀は乱すし学校は破壊するしキャンキャン煩いし、大体子どもに付きまといすぎだ。
おかげで雲雀はこの男がきてからというもの、子どもと戦う機会がめっきり減った。
ぶっちゃけ八つ当たりだ。
大体、右腕だのなんだの騒いでいるくせに、子どもへの被害をまったく考慮されていないあたりは頂けない。
今回は雲雀が庇っているから怪我をすることはないが、しかし普段の雲雀の態度を見ていて、
この男が雲雀が子どもを庇うと考えていたとは、とても思えない。
本当に子どもを守る気があるのだろうかこの男は。
今までの言動を振り返ってみるに、どうにもやることなすこと全て実は子どもを殺したいのではないかとしか思えないのだが。

正真正銘偽りのない忠誠は何故か、空回りすることの方が遥かに多い。

そんな雲雀の思考なんて察するはずもなく、全てがあっさりと処理されてしまった事にちっ、と獄寺は舌打ちして
「待っててください10代目俺が今すぐそいつから貴方を救いだ――・・・・・・」
視線を主へと向け、安心させる言葉を向けようとした言葉は、その主本人を視界に入れた瞬間。
ぶつり、と思考と共に停止した。



ぽとり、と役目を失ってしまった危険物が、その心情を表すかのように、地面に落ちた。




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・・・・・・・・・・・・・・・・・。
ヒバ+つな。
+なのに。+のつもりなのに(え


2007.12.08

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