その子どもはやたらと体が弱かった。
いや、そういうと少々語弊がある。その子どもは、決して年中入院していなければならないような病気もちというわけではない。
ただ、いっそ異常なまでに暴力、そして血を嫌い、接触があればしばらく寝込むというおかしな体質をもっていた。
喧嘩にでくわせば顔を真っ蒼にし、血に触れるとその場で倒れ、肉も魚も駄目、という極端っぷり。
暴力を嫌がるストレスからくる――そういってしまうには、やけに切羽詰ったものを感じるそれ。
そんなものをもつくせに、極めつけに底なしのお人好しという、人の悪感情に弱い、困ったいきもの。

そしてその中でも一番の問題は、そういった体質でありながら、
とてつもなく自分に懐いてしまったことだと雲雀恭弥は信じて疑っていなかった。

「だめ、です……きょうやさん……」
顔を青ざめながら、意思だけは強く訴えてくる瞳に、今回もまた雲雀は自身が抗えないことを悟った。
「……綱吉」
雲雀については離れない、幼馴染――沢田綱吉。その子どもが、ひどく苦しそうにしている様を見ては、
それ以上雲雀はその群れを痛めつけることができない。
連中の痛みなんて命に関わりさえしなければほとんど興味もないが、この子どものものだけは違う。
雲雀にとって、意味のある。
雲雀恭弥は自他共に認める戦闘狂である。そんな雲雀から離れたがらない子どもは、必然的に体調を崩す機会が激増する。
「……何度も言っているよね。僕はこういう人間なんだから、君の体質には最悪だ。
嫌だというなら、せめて家以外では僕に近づくな」
自分で言っておきながら、そんなことになったら自分はどうなるのだろうと思う。この子どもが離れていく日。そんなもの。
子どもは血相をかえてふるふると首をふる。
「嫌ですっ!お願いです。オレ、気をつけますから!」
一緒にいさせて。言葉にはならない声。気をつければどうなるというものでもないというのに、そんな懇願をする。
奇妙な感覚が雲雀を襲う。
この子どもは、本当に小さい時から雲雀に本当に懐いていた。両親がそろっていない時でも、雲雀が1人傍にいれば元気で。
逆に両親が傍にいようとも、長らく雲雀に会えなければそれだけでわんわんと大泣きした。
どう考えても相性は最悪なのに、それがゆらいだことはない。

そんなに辛そうな顔をするくせに、何故離れない。

雲雀が粛清をするたび、群れを咬み殺すたび、曇った顔をして。雲雀が中学へ入り風紀委員会を作ってからは、
暴力なんて日常茶飯事。年がら年中雲雀から離れたくない子どもは、同じく年がら年中体調を悪くする。
それが嫌でせめて子どもの居ない時にすませてしまおうとしても、
何故か、勘か何かなのか、子どもは「血の匂いがする」と気づいてみせるのだ。どれだけ痕跡を消しても無駄だった。
そしていつも顔が歪む。辛そうなそれに、つい雲雀は折れてしまうのだ。重症だと自分でも思う。
「……辛い?」
「すいま……せ……」
「いいよ、もう」
だるそうな子どもを抱え上げて、自分で歩けます、という声を黙殺する。
「……オレ、いつまでたっても弱くてすいません……情けないです」
「馬鹿な子。……多分、君のそれは弱さとは違うよ」
あえていうならば優しさ。だがそれだけとも思えない何かがある。時折子どもの存在に感じる違和感。
「でも、恭弥さんに迷惑かけてばっかりだ……」
「僕は迷惑だと思っているんなら咬み殺すなりなんなりして絶対にやめさせる」
そう、それが全ての真実なのだ。邪魔されたってなんだって。雲雀はこの子どもが。
己の生き様と相反する、この困った生き物が。


どうしようもなく、愛おしくてならない。


子どものためなら本能に近い衝動だって我慢してやる。根本的に変わることこそできないけれど、
雲雀以外が原因でこの子どもが苦しむのなら、その原因を全て消し去る。
守るのだと、誓った。
そっと子どもの頭を撫でる。すると苦しさがまぎれるのか、ゆるりと嬉しそうに笑う。
けれどこの行為を、子どもは雲雀以外に決して許さない。
両親であろうと、子どもは頭に触れられるのが大の苦手だった。
「君は……」



君は本当は、何者なんだろう。










「いた!恭弥さん!」
「……綱吉」


「雲雀さんってどこからともなく昼寝場所探してきますよね。しかも何気にいいポジション」
感心しているのかおもしろがっているのか呆れているのか定かではない口調で子どもは笑う。
「ここは涼しいんだ」
木漏れ日が美しく、ざわめく木々が聴覚的にも涼しさを感じさせる。
「そうですね〜オレも好きですここ。それにしても雲雀さん、
涼しいとこ見つけて寝てるってなんか猫みたい」
心なしか嬉しそうだ。どこらへんに喜ぶ要素があるのかわからない。
さらに言うならそういう台詞を子ども以外がはいていたら今頃トンファーで血みどろだ。
「……」
暴力や血にさえ近づかなければ、子どもは本当に普通の子どもで、元気に生活している。
ちょっと運動神経や頭はよろしくないが。そこらへんはご愛嬌だろう。
「君こそ、よく僕をみつけられるね」
森の真っ只中とまではいかないが、行き先を知っていなければまず入らない林の中。
隠れるようにしてできた、開けた土地。何も言わず出てきた。それでも子どもは雲雀をみつけた。
雲雀の言葉に、子どもははっとするほど穏やかに目を細める。


「地球上のどこにいたって、何をしてたって、どんなことになったって、
オレは雲雀さんがいる場所、きっとわかります」


誇らしそうに、へへ、と子どもが笑う。
「……」
「すごいんですよ。オレ、これだけは胸を張って他の人に自慢できます。
雲雀さんがどこにいるのか、オレにはわかる。感じるんです。
なんていうか、こう、オーラみたいな、気配……?
オレの中の何かが、確かに、雲雀さんの存在を感じるんです」
心底嬉しそうに、愛おしささえ感じる仕草で、胸元に手をあてる。雲雀は絶句した。
「……僕にはわからない」
近づけばもちろん気配は感じる。それが人より鋭い自信もある。
それでも、雲雀は子どものように、その存在を見つけ出す事はできない。苦い、と感じる。
「だから言ったじゃないですか。自慢できるって。これだけはオレ、雲雀さんにだって勝てます!」
珍しく自信ありげに。嬉しいと思う。身体中を歓喜がかけめぐっている。
何故ならそれは、雲雀にしか適用されない。子どもの中で、雲雀が特別だという証。嬉しい。愛おしい。

だが、それ以上に。


――悔しい。


そう、悔しいのだ。
子どもが雲雀をわかるというのなら、雲雀も子どもをわかりたい。そういう存在ならばよかった。
いつ、どこにいても、この弱々しく、強く、美しい子どもを、見つけられたのなら。
けれどそれはできないから。
「目を離せないんだよ」
「?」
これのどこが雲雀恭弥だというのだろう。
それでも今は、胸をはる子どもに笑みを返して、再び眠りの世界へおちるべく目を閉じる。
たぶん、おきる頃には子どもも寝てしまっているだろう想像を楽しみにして。
今はまだそれでもいい。いつかは変わりたいけれど、この時間も嫌いじゃない。
しばらくは、こんな日常をくり返していくのだろう、と薄れ始めた意識の中で思う。





子どもが消えてしまったのは、それから2週間後だった。




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