※獄寺女体注意
麒麟、というらしい。本当の自分というやつは。
己をこの世界へと連れてきた女怪というまあ妖怪の一種みたいな存在に教えられた綱吉は、
しばらくの間それを理解できなかった。
「あ、あの……人違いなんじゃ? オレみたいにダメツナって呼ばれてるような奴が
とてもじゃないけどそんな大層なものなはずが……」
「間違いありません!オレがあなたを間違えるなんてありえませんから!」
自信満々に胸をはる。ああ、そいうえばオレも似たようなこと恭弥さんに言ったなぁと少し現実逃避。
瞬間、ぎり、とねじられるような鋭い痛みが胸に走る。痛い。
それが物理的な要因で起こるものではないことを、綱吉は知っていた。
(恭弥さん……)
思えば思うほど、じわりと胸に毒が広がっていくようにそれが増す。
(思い出しちゃ駄目だ!)
雲雀を思い出せば、一度でも会いたいと願ってしまったら、
自分はきっとここには立っていられなくなる。
まさかここまで雲雀に依存していたなんて、自分でもわかっていなかった。
苦しい。
寂しい。
――恋しい。
いきなり現われた銀髪の奇妙な姿形をしているその存在は、綱吉を見るなり目を潤ませた。
あなたこそオレの主…!駆け寄ってきた姿を、呆然と見ていた綱吉が理解していない間に、
気が付けば雲雀がトンファーをその存在めがけて振り下ろしていた。
「この子に触れるな」
底冷えするような低い声。反射的に避けたその影との間に、綱吉を庇うように立ちふさがる。
「なんだ、テメェ……!」
美しい容姿とは裏腹に口は悪いその影は、シャーっと雲雀を威嚇する。
一触即発の空気に、綱吉は焦りを覚えた。駄目だ、と反射的に思った。
喧嘩が駄目だとか、そういうことだけじゃなくて、綱吉にはこの影が雲雀の思っているように、
綱吉に害を与える存在だとは思えなかったのだ。
「その方を返しやがれ!」
「返す?ふざけたことを言うね」
この子は僕のものだ。
怒りをにじませた宣言に、しかし綱吉はどきりと胸をはずませた。
雲雀のものだ、と。本人の了承もえずに断言されて、嬉しくてたまらないなんてどうかしている。
なのに頬は状況も忘れて勝手に熱を持って、頭を振ってそれをはらった。
影の腕が、力づくでも綱吉を手に入れようと伸びれば、ガッ、と雲雀のトンファーがそれを阻む。
「この子に触るなと言ったはずだよ」
「下郎が……!」
盛大に雲雀を罵る、はっきりと憎しみのこもった声。その表情は完全に怒りにそまっている。
影の気配がはっきりと雲雀への殺気へと変化した。
ぞくり。
綱吉の体が、勝手にそれに反応してびくりとゆれる。胃からせりあがってくるような気持ち悪さ。
ぎゅう、と支えを求めるように雲雀の袖を握り締めれば、それに気づいた雲雀が、はっと我に返った。
今にも相手を射殺しそうな眼差しを、少しだけゆるめ、大きく舌うちをした。
このまま争えば、必ず血をみることになるとわかっているからこその躊躇。綱吉はほっと安堵する。
「綱吉、君は先に行って」
「恭弥さん!!」
なのに、雲雀の返事は綱吉が一番望むものではない。
「僕はあれを咬み殺さないと気がすまない」
「そんな……!あ、あの、あの人…人じゃないかもだけど、とにかくあの人は
そんなに悪い人じゃないと思うんです!オレ何もされてないし!落ち着いてください!」
「君にとってはそうかもしれない。でも少なくとも、敵だよ。僕にはね」
雲雀の怒りは尋常ではない。雲雀も綱吉も、まだこれといって何をされたわけでもないのに、
雲雀はあの存在を完全に敵として認識している。
何故。
「君が耐えられる程度に抑えられる自信がない。今のうちに行って」
ガキィッ、トンファーと爪がぶつかりあう。身がすくんだ。恐ろしい。
わからない。
一体何がどうなって。
とにかく止めなければといつの間にかへたりこんでいた体を起こそうとする。
が、それは何者かによって阻まれた。
腕を引かれて振り向けば、目に入ったのは金。
「え……」
そのまま両腕を拘束され、振りほどこうともがくが、対格さからか、びくともしない。
「いやだ……!!」
「ちょ、ああ、落ち着けってオレは敵じゃない!」
慌てた金色が困り果てた顔で主張する。反射的に抵抗が止まる。
けれど疑いが残っているのか、その瞳に宿るのは懐疑心。
それでも金色の男はほっと息をつき、きっと例の影を睨みつける。
「ばかやろう!麒麟の前でいきなりおっぱじめるやつがあるか!」
簡単に挑発に乗りやがって!
それに影はぎくりと体を強張らせた。
が、もう片方はそれにも動じなかった。
「あなた、誰」
今まで影に意識を奪われていた雲雀が、綱吉を拘束している姿を見て取り低い声で呟く。
「悪いがこいつは連れて行かせてもらう。そうあるべきなんだから」
「ちょ、なっ……!?」
敵じゃないとか言いながらとんでもないことを言い出す男に綱吉は再び叫びを上げる。
「その子は僕のものだ」
「いいや違うね」
「この子はこの子の王のもの」
「何を言っているのかわからないよ」
どちらにしろ他人のものだと言われるのは我慢ならない。
だろうな、金色は苦笑して方を竦める。それに頓着せず雲雀は綱吉を取り戻そうと金色へと向かう。
ぶわり、と金色に襲い掛かる殺気。
「っ……!」
その身体が射程距離に入る寸前、影が間に割って入り邪魔をする。
ガッ!
鼻の先までやってきていた銀色に、ぞくりと金色の本能が警報を鳴らした。
いや、警報など、この場にやってきた瞬間からなりっぱなしだ。獣の本能は、危険に敏感だった。
「……こりゃ、マジでさっさと離れた方がいいな」
言うなり金色は、じたばたと雲雀の元へ駆けつけたくて暴れる綱吉を強引に抱え込み、
いつの間にかできていた、空間にぽっかりと空いた穴へ、潜り込もうとする。
影とやりあう雲雀が、今度は確かな焦りを持って叫んだ。
「綱吉!!!」
「この子のことは忘れろ。それが一番いい。ここは離れるが、それがこの子の幸せだ。
信用できないのはわかっちゃいるが、心配することはねえよ」
「黙れ!!」
影の爪が腕、胴体、頬の血肉を切りつけることにもかまわず、なりふり構わずすり抜けたその先へ、
手を。
「きょ……!!」
抱え込まれた隙間から伸ばされた指は、けれど雲雀のそれに触れることなくすれ違った。
「あ……」
再び追いついた影が、その一瞬で視界を埋め尽くし、2人はお互いの姿さえ、もう捉えることはできない。
「いやだ!離せよ!!恭弥さんになんてことするんだ!」
あの人が、あの強い人が、あんなにも傷ついている。それも自分のせいで。
発作ともいえる血への反応を示す身体と、その事実だけで、意識はすでに遠のきそうだった。
ぐわんぐわんと視界がぶれる。
「すまん!ちょっと我慢してくれ!すぐに説明するから!」
ゆっくりと、その金色の身体が、綱吉を抱え込んだまま円になったその空間を潜り抜ける。
いやだ。
(いやだ、いやだ・・・!!)
心が悲鳴を上げる。どこか深い本能の部分で知っているこれから先を思い、叫んでいる。
「綱吉!!!!」
再び聞こえたその音が、綱吉の耳が捉えた最後の雲雀の声だった。