知らぬ土地、知らぬ文化、決まりごと。かつて彼の愛した土地ではないこの地。
郷愁の念さえ届かない。誰も味方はおらず、見知った顔もいない、
いまだ若い身を見下す周囲。
二度と戻ることのできない道、背負わされた大嫌いなはずの枷。
―――いつかそれが、この人を蝕んでしまう。


「僕がこの国の秩序だ僕に従え。貴方達が覚えることはただ一つ、僕は弱い草食動物が嫌いなんだ。
―――群れたら咬み殺す。何か言いたいことがあるなら、実力行使は歓迎するよ」


なんてことあるわけありませんでしたうん知ってた。
かつて愛すべき故郷を支配していた王様は、どこへ行ってもその性情が変わる事もなく
今日も元気にいっそ清々しいほど素敵な暴君っぷりを発揮しまくっている。
一国の王になったというのにやってることも態度も何もかも、
今までの何の変化もないあたりどこへつっこむべきだろうか。
「おっかしーな・・・オレの予想ではもっとこうドラマチックな試練とか苦難とか差別とか
色々あって2人手をとって共に乗り越えていくっていう感動的で涙の出る展開が・・・」
「ベタなドラマの見すぎじゃないの?」
微妙に馬鹿にした口調で綱吉の主となったただ一人の人は切り捨てた。
「まったくここの連中は使えないね。何も難しいことは言っていないのに、誰も僕の意図を理解できない。
群れるなって何度も言ってるのに。これじゃ風紀委員の方がまだマシだよ」
一介の中学生にも劣るだなんて国が滅びかけるわけだと悪態をつくけれど、
もしかしなくともそれは風紀委員の方がおかしいのであって、世の中学生の皆さんと
彼らを一緒くたに扱うのは一般の中学生に申し訳がたたない。
そもそも並盛の風紀委員は雲雀の思うことをするためだけに成立していた組織であるから、
昨日今日臣下となった者達からしてみれば、雲雀の意図を汲み取るという点で負けるのは
仕方がないのではないだろうか。
大の大人にあれこれ命令するのにも何の躊躇も戸惑いもないらしい平和ボケ日本出身のはずの少年は、
ついさっきも年若い新たな王に取り入ろうと群れてきた――もとい挨拶してきた狸連中を
思う存分咬み殺してきたばかりだ。悪びれは一切ない。ごめんなさいオレ悪くないけど。
それとも雲雀を王に任命してしまった綱吉にも責任の一端はあるのだろうか。あるかもしれない。
ちょっと頭を抱えたくなる。
「ああ、そこのあなた、その屍片付けておいて」
「は、はいっ!」
近くにいた衛兵に連中の後始末(いやいくらなんでも生きてるから!)を押し付けて
本人は最近あまり運動ができなくて身体がなまって仕方がないんだと不満気。
いつ勝手に城下に降りて風紀を正すとかいいつつ群れを狩ってまわりやしないかというのが
最近の綱吉の悩みである。彼の相棒はこちらへ来てからも絶好調で活躍中。
ああ、偉そうにふんぞり返るのがこれ程似合う中学生もいないだろう。
蓬莱出身とあってまともな知識さえもなくいつでも他の官達に対して縮こまっている綱吉とはえらい差だ。












雲雀と綱吉おさめる慶国には水寓刀と呼ばれる宝刀がある。
歴代の王にしか扱えず、それどころか他人には鞘から抜く事もできない特殊な刀で、
冬器と呼ばれる特殊な武器でした傷つけられない不老不死に近い仙も妖魔もばっさりな、
切れ味、強度その他もろもろ最高級の世界にたった一つしかない一品である。だが。

「いらない。捨てていいよ。売ってもいいけど」

臣下にそれを渡された際の雲雀の反応ときたら。
完全に興味を失い、そのままぽいと剣をそこらへんに放ってあっさりその場を去ってしまった。
まだその日の天気のほうが興味をしめしたかもしれない。
投げ出された値段なんてつけられない価値のある宝刀を、もちろん捨てたり売り払ったりできるわけもなく、
慌てて臣下が大切に保管しなおした。おそらくは今も宝物庫のどこかへ眠っているだろう。
これからが雲雀らしくの本番だった。王となった彼は武器を扱う冬官のもとへおもむき、自身の愛器を見せて


「これと同じ武器をその冬器とやらで作って」


なんて命令する始末。とりあえず第一ラウンドは禁軍と呼ばれる王直属の軍隊の将軍だそうだ。
・・・将軍が謎の人物との殺し合いによる負傷で辞職なんてなりませんように。
綱吉の悩みは想像していたのとは違った部分でかなり切実である。










「よう恭弥!」
「・・・あなたそんなに暇なの」
漆黒の少年はきらめきをもった金髪に向かって目を細めた。
「そんな風にいうなよ。可愛い弟分たちが心配できてんだからさ」
元々の綱吉を可愛がっていた某国の麒麟はことあるごとに慶を訪ねてくる。
隣国というわけでもなければ近くもない。なのにここまで頻繁にやってくるのは
大層な暇人だと雲雀は呆れるやらうざったいやらである。

本当のところ、ディーノの心配はこの王と麒麟、その王の方だ。
ディーノは今でも、この少年を危ぶんでいる。
なぜなら獣の本能が叫ぶのだ。この見目は麗しい漆黒の、幼ささえ残るその顔立ちのその下、
その身の内に秘められた凶暴性さを、感じてしまうのだ。
第六感、獣である部分が生存本能、から。ざわりと反応する。

危険な生き物。油断をすれば牙をむく。野生に近い生き物ほど、きっとそれを感じ取る。
生き物の防衛本能が、無意識のうちに警戒心をもつのだ。
ディーノはこの少年に出会ってから、それが解けた事がない。
それは、そういうことだろう。
この少年の本質は、決して麒麟に適しているとは言えないのだ。
麒麟は争いを忌み嫌うようにできている。なのに穏やかさとは無縁の、凶暴さ。
はっきりとこの感情に名前をつけてしまうならば、恐ろしい、だ。
その緊張が伝わったのか、少年の目がすうと細められて、わずかに口角をつり上げる。
どきりとした。
後ろめたかったからだ。あの弟分が一途に好いている相手への感情が良いものだけではないこと、
それにばつの悪さを覚える。
それについて少年は何も言わなかった。むしろ、楽しんでいるかのよう。
「まあ丁度よかった。あなた、これ読んで」
「はっ?」
ぽんっと投げられた巻物を慌てて受け取る。少年の手のうちで遊ばれていたそれには、
政務の一貫だろう内容がつらづらと綴られている。一応あまり外部に見せない類のものだ。
いやそりゃあ蓬莱出身の少年王にはまだ読むことはできないだろうが、だからといって。

「いや、あの、オレ漣の……」
「読んで」
「一応これは慶の赤裸々な――」
「読んで」
「……ハイ」

押し切られた。他国の麒麟を顎で使う王など将来がおそろしすぎる。
「しっかしそれにしてもどうせ読んでもらうなら自分とこの官に読んでもらえばいいじゃんか」
「これを読めといえるような人間がそこらへんにうようよいるなら、
そもそも僕は今こんなところに座ってはいないよ」
「は?」
ふん、と嘲笑を浮かべる姿は鋭利な刃物のように尖っている。

「『ここ』は傾いたばかりの国だ。他国の麒麟」

あなたのような平和ボケした人間がいきる土地ではない。
そんな甘い場所ではないことなど、とっくに知っているのだ。
「僕は人がよくない。草食動物の群れの信用なんてまったくしてないない。
いつ都合よく『たまたま』大事なところを読み飛ばされるか
わかったものじゃない状況で、他人を関わらせるわけがないだろう」
「なっ……!お前さぁ、少しは人のこと信用してやっても――…」
言葉が不自然にとぎれる。少年の瞳が、今度ははっきりと嘲笑の色をもったからだ。
背筋があわだちそうだった。
怒りにかられている。
……何に?

「で、でもな恭弥やっぱり最初なんだから――」
「3回」
「は?」


「僕がこちらにきてから簒奪やらなんだか言って命を狙われた回数」


多いのか少ないのかは比較対象にもよるけど。
「・・・・!」
今度こそ絶句だ。
「あの草食動物の群れがまともなら、今頃国はここまで荒れないし、前の王とやらも崩御したりはしない」
そして雲雀も綱吉も、今ここにはいなかった。
「よっぽど不安なのか、それとも権力が恋しいのか。少し煽ってあげたら簡単だったよ。全部咬み殺してやったけど」
ばかだね、と笑う。少年の姿形をしながら、そこにいるのは支配者だった。
(3回?なんだそれ、確かにこいつはお世辞にもいい王になるとは思えないかもしれないけど、
正直ちゃんと政務をしているのも意外だったけどまだ成り立てだし実際に何をしたわけでもなし、
大体そんない襲われて景麒が気づかないわけが――――……)
はっとする。
恐ろしい事に、気が付いた。
何か、大事なことを思い違いをしていたのではないだろうか。雲雀に会うたびに感じる穢れ。
暴力の名残。常日頃から群れを咬み殺しているから疑問にも思わなかった。それは。


「まさか、お前、わざとだったのか……?」


だからそうしたのか。
だからあえて見せ付けたのか。暴力を暴力で隠すのか。
そもそも、煽った、だなんて。
(お前、誰に狙われてるかも知って……?)
「何が?」
雲雀の返事には色がない。本気でわかっていないようでもあったし、
わかっていて誤魔化しているようにも感じる。
だがそれで、誤魔化されてやろうとは思わなかった。
「お前っ、後で知ったらツナがどんなにっ……!!」
同じ麒麟だからわかる。麒麟にとって王は絶対だ。大切で、特別で。
いつだって王のためになることを願っている。あの子どもならなおさら。
麒麟でありながらこの少年を恋い慕う彼なら。
悲しむだろう、苦しむだろう、辛いだろう、悔やむだろう、

きっと、泣く。

そんな無茶な生き方をして、それさえも悟られずに。
「だから何のこと?いいからさっさとよんでくれない?」
「言っとくけどな!ツナだけじゃないぞ!オレだって心配してんだぞ!
2人は弟分みたいだと思うし大事だ!そんな無茶なやり方するんじゃない!」
「……」
「さあ話せ!全部話せ!話すまでこっから動かねーからな!!」
漆黒の相貌が、うんざりしたように細められる。1歩も引かない様子のディーノに、
明らかに言いすぎてしまったことを後悔していた。
その表情はやはりどこか幼く、彼らの本質がいまだ未熟であることを表している。
その瞳をじっと見つめる。
根負けしたのは漆黒の方だった。無理矢理どかすことは可能だけれど、
そうすると彼の唯一大切にしている存在が、今すぐに悲しんでしまう。


―――僕はね、と。


未熟さのまま、その声が呟いた。

「僕は、ここにくるまで知らなかった」

「……?」
何を?むしろ雲雀にはほとんど全て知らないことだらけだろう。
「文化とか習慣とか法律じゃない。そんなものはすぐに覚える。僕は」



「僕は、あの子が死ぬなんて知らなかった」



麒麟は王が善政をしけなければ死ぬ。
己の死によって王の行いを咎め、そして罰するのだ。麒麟が死ねば王も死ぬ。
生き物の死に関わることを嫌う麒麟が、ある意味自ら殺める唯一。
そして王を見つけられない麒麟も、本能なのか不老不死のはずの彼らは、長くは生きていられない。

あの子どもは、そんなこと一言たりとも口にしなかった。

失敗すれば王は死ぬ。二度とあちらへは戻れない。
雲雀の嫌う束縛になると、そればかりを口にして。
自分の命が関わっていることなんてまったくないとでもいうように。
いや、本当に忘れていたのかもしれなかった。あの子どもは自分の傷に頓着しないのだ。
それを初めて知ってしまったときの怒りを、なんと言えばいいだろう。




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