「ちょっとまてーーーーっっ!!オレは認めねぇええええ!!!」
すりすりといちゃつくだけになり始めた二人に割ってはいるどなり声。
その時初めて綱吉は他の存在を思い出す。
「あ、獄寺くん」
すっかり忘れてた。とまではさすがに口にしなかったが、伝わってしまったのか
ふごおっ、と下僕は倒れかけるが、なんとか気合でもちなおす。
「てめーが王なんざオレはぜってー認めねぇ!!てめぇ嫌がる景麒に無理矢理っ・・・
怯えることはありません景麒、オレが今すぐコイツをはた――」
「言ったよね?獄寺くん」
にっこり。綱吉の頬はゆっくりと緩められる。
「今度恭弥さんに何かしたら一生口きかないって」
そもそも獄寺が今の今まで大嫌いな雲雀に対して大人しくしていたのはその景麒の命令があったからだ。
命令を好まない景麒が、唯一きっぱりとつげた命令。その承諾と引き換えに、
出会ってこの方ずっと避けられ続けた原因を許してもらったのだ。獄寺は必死で我慢した。
だが、二人がまさかの口付けを始めた時には思考が真っ白になり、ショックのあまり意識がとんでしまった間に、
あれよこれよのうちに誓約の儀式が終ってしまっていたのだ。
怒涛の急展開からようやくもどってきた獄寺は条件反射で雲雀に牙をむけた。
ついでにそれは彼の主の逆鱗だった。顔は優しげな笑みの形をつくっているのに、
目はまったくといっていいほど笑っていない。ぞわりと獄寺の獣の本能が寒気を覚える。
「い、いやでも景麒っ・・・」
「でももなにもないよ。それともオレの使令やめ――」
バッキィィイイ!
ズシャアア、と女怪の身体がふっとばされて、最後にコンクリートに激突する。
何か鈍く重い音がした後それはぶつりと止まった。
「・・・・・え?」
「やあ。会えて嬉しいよ誘拐魔」
(こっちも忘れてたーーーーーーー!!)
瞬く間に殺気だった雲雀にごくりと綱吉は息をのむ。
「自分からでてくるなんていい度胸だ。この子を狙ったんだ、もちろん死ぬ覚悟はあるんだろうね?」
「お、おちついてください恭弥さん!違うんです!獄寺くんは敵じゃないんです!」
今まさに自分も獄寺を叱責してはいた綱吉だが、さすがに雲雀の方法は止めなければ危険だ。
「僕から君を奪う奴はどんな理由があろうと敵だよ」
「えっ・・・?!」
どきっと状況をわきまえず胸が高鳴る。はっ。
「だ、だめだってばオレ!!恭弥さんのタラシー!どーせオレがいない間
綺麗なおねーさん達にせまられて鍛えられたんだろばかーーー!!!」
「オネーサン、オネーサン!」
綱吉のずれはじめた叫びに小鳥の合いの手がはいる。
「ふざけたこと言わないでくれない。僕は生まれてこの方君以外に好意を持ったり、
触れたいと思ったことはないよ」
「だって、だってディーノさんがぁ・・・!あいつにもいつか彼女ができるんだって!!」
綱吉はそれはもうショックだったのだ。なにせ今まで『恐怖の風紀委員長』に彼女なんて
想像できなかったけれど、他人から言われて初めてその可能性もあることに気づいた。
雲雀はかっこいい。
「誰それ。もしかしてあの時の金髪の方?」
絶対零度の声色にびくりとする。まずい。墓穴をほった。
「つまり僕はそいつも咬み殺せばいいの?」
「だ、駄目ですっ!ディーノさんも麒麟なんですからそんなことしたら
とんでもないことになっちゃいますっ!」
わたわたと必死で雲雀を制止した。
「だったら君はいい加減僕の言葉を信用すべきだ。
僕は君と初めて会った時から君が好きなんだから」
「〜〜〜〜っ!!」
ちなみにその間ずっと雲雀の片腕は綱吉の腰にまわったままだ。
そして会話は全てキスできそうな近距離。
「テメー景麒から離れろーー!!!」
それがどうしても我慢できないらしい女怪は、主の命令のせいで手をだすこともできず、
ぎりぎりと歯をくいしばった。
「綱吉、奈々に会いに行こう」
結局かなりの時間いがみ合っていた2人は獄寺を無理矢理下がらせることで綱吉が止めた。
一息ついた頃に雲雀が口にした問題発言がそれだ。
「何言ってるんですか恭弥さん・・・!」
「心配してた。一応君が攫われたときのことは真実を話したけどあの時は
正確なことはわからなかったし、一度きちんと話をしにいこう」
当然のようにのたまう。綱吉は泣きたくなった。だって。
「駄目です・・・!」
「どうして」
「どうしてって・・・!」
そりゃあ心配しただろう。心優しい綱吉の母は、いきなり息子が正体不明の異形に
連れ去られて不安だっただろう、辛い思いをしただろう。
でもだからこそ、
「オレはもう母さん達のところへ戻ることはできないんです」
声は震えていたかもしれない。本音を悟られてしまわないように虚勢をはる。
「オレは麒麟で、国にもどらなきゃいけなくて、今母さんに会ったって、
安心させてあげられない。また離れ離れになる。どちらにしろもう会えない」
そんなのひどすぎるだろう。会いに行って無事な姿を見せて、また去るなんて、
ぬかよろこびをさせて。そんなのは残酷だ。
「もう死んだかもって思って諦めてるなら、その方がいいんです。
また同じ想いを味あわせるくらいな――んっ」
綱吉の悲痛な声は突然おりてきた唇で遮られる。
「奈々は君にまた会えるって信じてる」
黒く鋭い視線が綱吉を貫く。
「何馬鹿なことを言ってるのさ。会いにこればいいじゃない」
「なっ・・・!」
雲雀のあまりにあっけらかんとした突飛な発言に絶句した。
「君はまたこうしてここにいる。あいつらは君を連れて行った。
なら、その世界とこの世界は行き来できるものなんだろう?」
「それは・・・万能なんかじゃないんです。こっちとあっちを行き来する能力は
麒麟にしかないし基本的に他の人は連れて行けません。恭弥さんだって、
一度行ったらもう戻ってこられないんですよ?!」
「そんなの聞いたよ。その上で言ってる。会いに行くよ、綱吉」
「そもそも一体何をどうやったらそんな問題が起こるんだい?
君は世界を行き来できる。国を離れたって別に死ぬわけじゃない。
そして王は僕。どう考えても君が言うような問題が起きるとは思えないけど」
「・・・は?」
ぽかん、とあいた口が塞がらないとはこのことだろう。雲雀的常識は絶好調だ。
「ぬか喜びさせたくないなんて、別にぬか喜びじゃないよ。
定期的にも気が向いた時にも帰ればいいんだ」
「えええっ?!ちょ、まってください恭弥さん!」
そんな無責任な。綱吉は麒麟だ。麒麟は国にいるのが当然で、
いくら胎果と言ったって一度渡れば皆二度とかえらないわけで。
そんな、まさかそんな方法が。
「少し遠い国に住んでいるだけだ。一人暮らしの大学生だって年に数度しか
実家に帰らないやつだっているんだからね。ほら、大して変わらないじゃない」
「あ、あれぇえ?」
元々押しに弱い綱吉はどきっぱりと宣言する雲雀につられて納得しかけてしまっている。
「ある意味それも正しいし。一人暮らしじゃなくて、二人暮らしの同棲だけど。
―――そういえばそっちもあった」
「君を僕の妻にくださいって言ってこないとね」
同棲じゃなくて、嫁入りと同じだと思えばいんだよ、ととんでもないことを雲雀はのたまった。
「よくぞ家の息子を連れてきてくれた。おかげで感動の再会だ。
うん、それはいい。いいとも」
神妙に涙ぐみながら頷くいかつい中年男性は全然まったくこれっぽっちも似ていないが子どもの父親である。
はたまた子どもとどこもかしこもそっくりの見た目少女な童顔である母親は、
子ども本人といまだぽろぽろ泣きじゃくっていた。幼子のように母親に縋りついている。
くしゃくしゃに歪んだ子どもの泣き顔に、雲雀は少し得意げに笑った。
今目の前のこの人物さえいなければ涙をぬぐいにいってやるのだけれど。
「お前達が仲がいいこともよく知っている。この一年の綱吉の状況も、綱吉の体質のわけも、
異世界云々も理解した。定期的に顔を見せにもどってきてくれるんなら遠い別離も
涙をのもうじゃないか。うん、それはいいんだ。だけどな―――」
「いきなり息子を嫁にくださいってなんだ雲雀恭弥ーーっ!!!」
「言葉のまま」
どきっぱり。
何度も繰り返させないでくれない?と雲雀はいっそ呆れ気味だ。
感動の再会もつかの間に夢のような物語を聞かされておまけに
爆弾発言までされてしまったズタボロである沢田家光に止めをさすような辛辣さである。
「正直僕は奈々の了承さえ得られれば別にいいんだけど」
綱吉の両親としても関心はほぼ母親側にしかない雲雀にとって綱吉の親イコール奈々。
沢田家光には大した興味がない。別にどうでもいい。
綱吉をこの世に生み出してくれたことにだけは感謝しているけれども。
「僕は綱吉が好きだ。それで何か問題がある?」
「あるともいろいろと!」
「まああっても別に気にしないけど。どっちにしろ綱吉はもらっていくし、
嫁入りと結果は変わらないんだから、いちいち細かいことに口出さないで欲しいんだけどね。
下僕にするって言われるよりはましだろうしないけど」
綱吉が帰ってきた途端絶好調な雲雀にそろそろ父親は太刀打ちできない。
元々綱吉は大の雲雀っ子だった。口を開けば雲雀さん、父よりも母よりも好きでたまらなくて
ぶっちゃけるとさすがに認めたくない家光の父親心だって、息子がこの少年をそういう意味で
好いていることぐらい気づいていた。この少年が同じ感情を持っていることも。
だから覚悟していた部分はあったしわかっていたことだ。だが。だが。
「何で息子をヤローに嫁にやらなきゃならんのだ馬鹿やろーーーー!!」
結構切ない感動の再会はわりとコミカルな男泣きで幕を閉じた。
「そういうことだから君はちゃんと並盛の風紀を守るように」
「は、はぁ・・・」
一年ぶりに機嫌が良い上司に驚いた瞬間ありえない人物を認識して
更に驚いていたらまだまだ驚きは続いていた。
主の恋人(ついになったらしい先程から抱きかかえて離さない)
は実は異世界の住人で特殊な生き物だったとか(まあ納得できなくもない)
上司は正真正銘の王様だったとか(ものすごく納得)
寝耳に水だ。
それでもやっぱり並盛のことをいい含めるのはこの人らしいというか。
うかんだのは苦笑だったのか悲しみだったのか、あるいは支配者の消える寂しさだったのか。
「この後には向こうへたつんだ。綱吉は年に数回帰省させるけど、僕は二度と戻れないらしい」
そんな状況の中親族を覗けば己のみにわざわざこうして話しにきてくれたことを
光栄に思うべきだろう。
「・・・まあ、一応君には迷惑をかけたね」
「委員長・・・!」
拗ねているというよりは照れている。不器用で意地っ張りな主の精一杯。
子どもの存在を取り戻してから振り返った一年に、色々思うところでもあったのだろうか。
それとも『最後』だから特別に、餞別のつもりだろうか。
でもそんなのは『雲雀恭弥』には似合わないから、もしかすると本当に昔からの本音だろうか。まさか。
幼馴染のような確実な『特別』、優しさは向けられなくとも、
草壁の忠誠がまったく伝わっていなかったわけではなかったのかもしれない。
それを、嬉しく思う。
優しさをたたえた琥珀色と目が合う。どこか罪悪感の混じったそれに、
万感の想いをこめて首を振った。
「―――幸せになってください」
委員長をよろしく、と自分が言うのはおかしい気がして、結局でてきたのはそれだけだった。
子どもが大きな瞳をますます見開いてゆっくりとその縁をしめらせた。
恥かしそうに俯いて、雲雀の腕に顔をうめる。
その表情をうかがい知ることはできないけれど、それでいいと思う。
この一年、自分は主の悲痛しか触れることはなかったけれど、
あの止まってしまった時間を、この子どもは本当の意味で知ることはなくていい。
それは本当に悲しく、冷たい時間であったから。
たやすく自分を責める心優しき少年の瞳をこれ以上わざわざ罪悪感で曇らせたりなんてしなくていいのだ。
幸せになればいい
願わくば、もう二度と離れ離れになることのないように。
自分はもうついていくことのできない場所へ行ってしまうけれど、
共にいるために、今度は自分達が永遠に遠ざかってしまうけれど、
一生をかけて尽くすと誓った覚悟は今でも本物だから。心からそう思う。
置いていかれるものの寂しさは、誰も知らなくていいことなのだ。
それから数ヵ月後、うっかり自然災害に見舞われてふりかかるもろもろの出来事は、
まだ草壁本人の知らない未来の話である。