「奈々?」
『あら恭ちゃん?恭ちゃんから連絡くれるなんて珍しい!最近きてくれなくて寂しいわ〜』
「最近その家人間が多いからね」
『恭ちゃん、人がいっぱいいるの駄目だものね、残念だわ〜』
「嫌いなんだよ。それから奈々。本題なんだけど、今日から綱吉しばらく家に泊めるから」
『ええっ!!』
奈々は唐突な雲雀の言葉に驚きの声をあげた―――訳ではなかった。むしろ何故だか喜色がまじっている。
夢見る乙女は大興奮だ。語尾には星マークがついていてもおかしくない。
「・・・・・・?」
さすがにこれは雲雀にとって少々意外だった。さすがの奈々も少しぐらい疑問に思うかと思っていたのだが。
『まあまあまあまあ!!もう何泊だろうと泊めてやって!!あ、その間学校にも休みって
連絡しておくからね!気がすんだらかえしてちょうだいね!ああこれがあと4年後だったらそのまま
ずっといてもいいっていうかぜひとも貰ってってちょうだい大歓迎!って言ってあげられるのに!あ、その時は連絡ちょうだいね』
「・・・・・・はあ」
奈々は今までになくハイテンションだった。言っていることも滅茶苦茶でよくわからない。
とりあえず別にそこまで長くなることは無い・・・・・・はずだ。
ツッ君が帰ってきたらお赤飯ね〜とるんるんしている奈々を、雲雀はさっぱり理解できなかった。






それはとつぜんやってきました 4




1人暮らしである雲雀が綱吉を連れてきた先は和風の一軒家。
何故1人暮らしなのにわざわざ一軒家なのかといえば、答えは簡単。

群れが嫌いだから。

というか、何を今更、といった感である。
マンションに住もうものなら上下左右そこかしこに人がいる。家族連れだったりしたら最悪だ。
最もプライベートな空間で群れに煩わされる(もちろん煩わす相手は咬み殺す)、それが雲雀には我慢ならなかった。
第一実際そんなことになったら被害をこうむるのは周囲の方である。
その点では雲雀の選択は世の中に優しかった。
いまだそんなことを知らない綱吉は礼儀正しくおじゃまします、と靴を脱いであがる。
その視線はきょろきょろとさまよっていて、まだ物珍しそうに家の中を観察していた。
その姿に雲雀は微妙な違和感を覚える。
「・・・・・・君、まだ家にきたことなかったっけ?」
「えっ?!あ、あります・・・・・・いっかいだけだけど」
どうやらまだこの家に馴染みがない時期らしい。
いくら雲雀とて綱吉が自宅にくるようになった細かい時期など覚えていない。
ふぅん、と何が言いたかったのかよくわからない返事だけして、その会話は終わった。









居間に腰をおちつけて家の中の観察もすんだのか、大分落ち着いたらしい綱吉はやたらとはしゃいでいた。
一体何がそんなに嬉しいのか、昔から思っていたことだが、この子どもの思考は理解できない。
「きょうやさんきょうやさん!」
仕方がないので持ち帰ってきた風紀の仕事をこなしつつそう考えていると、
その傍でそわそわしながらそんな雲雀を観察していた綱吉の方が楽しそうに雲雀に話しかける。
「うん」
とりあえずそれだけ返すと、それだけのことにも子どもは嬉しそうに破顔した。
なんともいえない気分になりながら、何を言われるのかと思考すると、子どもは予想外な台詞を言い放った。


「オレ、おっきくなってもきょうやさんといっしょにいられるんですね!」


「当たり前でしょ」
何を言うのかと思えば。何を今更。
子どもはやっぱり笑っている。中学生になってもまだ交流があることが嬉しいらしい。
どうやら綱吉は、将来雲雀と交流がなくなるかもしれないと考えていたらしかった。
しかも嬉しそうにしているからには、離れていくと思っていたのは雲雀の方。
雲雀にはそれが不思議だった。なぜなら雲雀本人は、そんなこと想像したこともなかったからだ。
小学だろうが中学だろうが高校だろうが、当たり前のように子どもがいて、この関係が続いていくことを疑ったことはない。
離れる気なんて毛頭ないし、そんなことはさせないし、実際そうはなっていない。
(ちなみにそこで綱吉の気持ちを考えたことがないのが雲雀の雲雀たる由縁である)
そんな風に考えていた雲雀をよそに、子どもはあっ、と何かに気づいたように、更にはしゃいだ声を上げ、

「もしかしてけっこんしてくれたんですかっ?」

爆弾を落とした。

「・・・・・・は?」

不覚にも雲雀は一瞬固まった。ついでに言うと手にしていた書類も取り落とした。役にも立たない初体験だ。
けっこん?結婚?誰と誰が。

(ちょっとまって僕はいつこの子にプロポーズしたんだいやまだしてないし
大体この子はまだ4つかそこらなんだからしてないにきまっている落ち着け!)

何を言っているんだこの子ども(文字通り)は。

大概無自覚で冷静でないことを考えている雲雀は、今の会話のどこからそんな発想になったのか、
さっぱり理解できないと思いかけて、しかし記憶力の良い脳内が、あることを思い出した。

―――ああそういえばそんなことを言っていた時期があった。

当時の子どもにとって結婚とは単に『一緒にいる人』を指す言葉だったらしく、唯一交流のあった人間である己にそれはあてはまったらしい。
よく理解できてもいないくせに、雲雀はプロポーズまでされたこともあるのである。
自分もすっかり思い出すことはなかったし、綱吉本人にいたっては覚えてさえいないだろう。
しかし過去と入れ替わっているからにはこの綱吉は丁度そう言い始めた頃の思考なのだ。
結婚する、が、一緒にいる、とイコールになる子どもは、
つまり未来でも一緒にいるのは、結婚してくれたからだ、と判断したらしい。
・・・・・・なんだかどっと疲れた。
「・・・・・・してないよ」
「そうなんですか?」
なんだか気のぬけた風の雲雀の返事に、小首をかしげてきょとんとする正真正銘の子どもは、小動物のようで大層愛らしい。
・・・・・・ちょっと可愛いかもしれない。
不覚にもそう思った。
言っていることは色々と問題だが。言葉だけを受け取れば下手すると雲雀は犯罪者だ。
・・・・・・考えないことにした。
幸いにも子どもはそれ以上その話を続けたりはしなかった。今度は雲雀が拾い集めている書類に興味津々で目線を向けている。
「それなんですか?」
「風紀の仕事」
「ふーき?」
「ああ知らないのか。そうだね、群れてたり秩序を乱す輩を咬み殺す為の組織だよ」
ちなみにそんなことをしているのは並中の風紀委員だけだ。けれど雲雀は本気である。彼が黒といえば白でも黒なのだ。
説明を受けた綱吉は、そんなおっかない集団があるなんて、とびくびくしている。
激しく誤解だ。
この場に成長した子どもがいたなら、全国の風紀委員の皆さんに土下座してまわりたくなったに違いない。
しかしこの場にそんなつっこみをいれられる人間なんていはしない。
間違った認識のままのその話題はスルーされた。10年の間に誰かがその認識を訂正してくれることを願うばかりである。





それから風紀の仕事も大方片付いた頃、雲雀はもの言いたげにこちらを見つめてくる子どもの視線に気づく。
「何?」
「あっいえっ・・・・・・その」
いきなり意識を向けてきた雲雀に驚いた子どもは見つめていたことがばれて恥ずかしいのか、
顔を赤くしてしどろもどろ。あーだとかうーだとか言葉にならない声ばかりをもらした。
「言いたいことははっきりいいなよ」
「いや、えと・・・・・・きょうやさんたたかおうっていわないからへんだなーって」
割と本気で疑問に思っていたらしい。いくら時間がたってもそう言い出さない雲雀に、子どもながらに違和感を覚えていた。
「だって今の君と戦ってもおもしろくないじゃない。実力差がありすぎる」
そこで子どもだから、と考えないあたり、雲雀は雲雀でしかなかった。
強ければ赤ん坊相手にだって本気で殺し合いをする男なのだ。そんな一般常識、どこふく風なのである。
けれどこの年齢の綱吉だと、いくら歳の割に強かろうと、今の雲雀にはてんで相手にならない。
逆だったら色々とおもしろそうなのに、と思う。未来の綱吉。10年後には綱吉も更に強くなっているだろう。
想像するだけでわくわくする。
「あ、そっか・・・・・・」
心なしかほっとしたようだった。かなり本気で心配していたらしい。
いつも思うのだが、一体この子は自分を何だと思っているのか。
先程あげた理由が理由なのを棚にあげて、雲雀は理不尽にもそう思った。
「・・・・・・きょうやさんおっきいオレともやっぱりたたかってるんですか?」
「うん」
その当たり前のように返した返事に、子どもが返した表情を、何と呼べばいいのだろう。
先程とは明らかに違う。笑みを浮かべようとして失敗したような。
口元は笑みの形をしているのに、その目がそれを裏切っていた。どこか虚ろな。
安堵なのか、悲しいのか、寂しいのか。それとも。

不安、なのか。

今にも泣きそうで、しかしそれがよい意味でのことなのか、違うのかもわからない。
「・・・・・・何、どうしたの」
「え?」
何のことかわからなかったのか、子どもはぽかんと聞き返す。
「変な顔してる。知らない世界にきて不安にでもなった?」
「え?へんなのってはおもいますけど・・・・・・きょうやさんいるしべつにこわくはないです」
子どもの声に戸惑いはなかった。嘘偽りも。心の底から、雲雀を信じて疑わない。
そんなこと今気づいたとでも言いたげに、こちらを不思議そうに見上げてくる。


気づいて、いない?


自分がそんな苦しそうな表情をしただなんて、自分でもわかっていないのだ。この子どもは。
ならば、先程の表情は何だったのだろうか。
「きょうやさん?」
「・・・・・・なんでもないよ」
問い詰めてもよかった。知りたいことを知る為に手段を選ぶような人間ではない。
けれど、この子どもは自分でもわかっていないのだ。どんな風に問い詰めた所で、答えがでるはずがなかった。
無駄なことはしない主義なのである。
気をとりなおして窓から外を見ると、もう辺りは暗かった。
仕事をしているうちに、思っていたより時間はすぎていたらしい。
「君、お風呂はいっておいで。その間に夕食用意しておいてあげるから」
「え?あ、はい・・・・・・」
誤魔化されたことにも気づかない子どもは、素直に言葉に従う。
どうやら覚えていたらしいお風呂に向かって、部屋からでようとしたところで、しかしぴたりと止まった。
背中を向けていた子どもが、途方にくれた表情で振り返る。
「きょーやさん・・・・・・」
「何?」
「オレ、ふくありません・・・・・・」

「・・・・・・」
「・・・・・・」

なんともいえない微妙な沈黙がおちた。そういえばそうだった。
さすがの雲雀もそこまでは気が回っていなかった。
「・・・・・・」
子ども服。他人を徹底的に排除した雲雀の家に、もちろんそんなものあるわけがない。
あいにく雲雀には、己のだぼだぼの服を子どもに着せ、それを見て喜ぶような怪しい趣味もなかった。
だからといって、何日かかるかもわからないのに、同じ服を着ろというわけにもいかない。
どうしようか、と悩んだのは一瞬。とりあえず。
雲雀は慣れた調子でポケットから携帯を取り出すと、唯一かけなれている番号を、迷いなく押す。
相手の応答はワンコール以下。はい、と答えた相手に過程も前置きもすっとばした問答無用の命令をくだす。



「今すぐ子どもの着る物一式調達して僕の家」





ちなみに、優秀な風紀副委員長が雲雀の自宅へと到着したのは、その電話から約15分後のことだった。






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助けて草えもん!(爆)
今回書きたかったのは冒頭の奈々さんと困ったときの草壁さん(ええー
ヒバつな・・・・・・?

2007.8.26

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