主に訳のわからない命令をされてやってきた草壁を待っていたのは、なんとも言いがたい光景だった。
「・・・・・・こちらの子は?」
「綱吉」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・私の記憶が確かなら沢田はもう少し大きかったような気がするのですが」
「そうだね。どちらにしろ小さいけれど、これよりは大きいだろう」
あっさり認める主の傍には、きょとんと草壁を見上げる幼い瞳。
なんだか居心地が悪くてたじろぐ。とりあえず。
一瞬2人の隠し子かと考えたことを、口にださずにいてよかったと、草壁は心底思った。
「どういった原理なのかは僕も知らないけどね」
草壁にあらましを説明し、雲雀はそうしめくくった。
わりと興味もあるし、今度現物を没収して解析でもさせてみようか。
軽く言ってはいるが、本気かもしれない。主はこれで非常に好奇心旺盛だ。
改めて小さくなった沢田を見やる。長身の草壁からしてみれば、ほぼ直角に首を曲げなければ視界に入らなかった。
見下ろしてくる大きな人影に、子どもはびくりと震えて主の足にぎゅうぎゅうしがみつく。
初対面の頃を思い出させる仕草に、なんとも複雑な気分になった。
「戻るのですか?」
「跳ね馬はそう言っていたけど。戻らなければその時はその時でどうにかするよ」
とりあえずはしばらくの間、預かるらしい。
主に子どもの世話などできるのだろうか、と草壁は思ったが、あれで小動物好きなのだからいいのかもしれない。
なんといっても沢田らしいのだし。
「言われたものです」
「ご苦労様」
頼まれていた一式の入った紙袋を手渡せば、返ってくるのはねぎらいの言葉。
それに小さくいえ、と更に返す。どんなことであれ、この方のお役に立てることを誇りに思う。
例え子供服売り場で明らかに場違いでいたたまれなくなろうと、周りが犯罪者を見るような疑わしげな目で見ようと、
更にはそれを風紀の腕章に気づき、あわてて見なかった事にされようと、だ。
本音を言うと少し泣きそうになったのは、一生心の内に秘める予定だ。
そういった事情を見事押し隠してみせた草壁は、それでは、と頭を下げて踵を返し、その場を去った。
そういえば、明日からの学校はどうする気なのだろう、と思いながら。
「はい」
玄関先から戻ってきた居間。
そう言って雲雀は、先程草壁に渡された紙袋をそのまま子どもに受け渡す。
「?」
子どもは胴体ほどもあるそれを受け取り、抱え込んだはいいが、はっきり言って状況を理解できていなかった。
いきなりいかにもな大きい怖い人が来たと思ったら、その人は興味深そうに自分を見た後、
雲雀にお辞儀をしてさっさと帰ってしまったのである。
怖い人がいなくなったのは嬉しいが、結局何をしにきたのだろうか。
「服」
「えっ?」
何やら一体何を渡されたのかも察していないことに気づいた雲雀が、端的に中身を告げる。
驚いた子どもは袋の底を床につけて中を覗き込む。中身は確かに布製の物。
「ほんとだ……あ、ありがとうございますっ」
「草壁に言いなよ」
「くさかべ?」
「さっきの男」
「くさかべさん?」
「そう。……あまり教えない方がいいか」
成り行きで子どもの群れやら草壁の名を教えてしまったが、子どもが過去の人間であることを考えると、
あまり未来のことは教えるべきではない気がする。
「……まあ君馬鹿だしね」
ほんの数日のことなんて10年たつころには忘れているだろう。
「なんかよくわかんないけどひどいですきょうやさん」
大概失礼な事を言われているのだが、反論こそしたものの、実際は子どもは気づいていないというか、理解していなかった。
ぱっと興味を袋に移し、がさごそと中身を取り出す。
「あ……」
「――……?」
小さな声をあげていきなり硬直した子どもを、雲雀は不審に思い、手元を覗き込む。
そこにあったのは男子用のシンプルなグレーのシャツと、黒い半ズボン。
それから
「女物?」
ぴくり、と子どもが反応する。
その手元には白い袖とピンクを基調にしたチェックのワンピース。
やたらと可愛らしい服である。見るからに女物の。
そういえば子ども服を用意して来いとは言ったが、その性別は言っていなかったことを思い出す。
言おうとした所でこの子どもの場合、男と言うべきか女と言うべきだったのか、
結局の所微妙なので、あまり関係はないのかもしれないが。
どうやら下着含め一応両方一揃えずつ用意してきたらしい。
その他には寝巻き用と言いたいのか、紺とピンクの色違いの甚平。なるほどこの家には似合うが、律儀なことだ。
両方の服を見比べて、子どもは明らかに迷っている。
「……着たいの?」
「うえっぇえっ?!」
思いついた事を言ってみれば、どうやら図星だったらしい子どもがあたふたと大慌てする。
(ふーん……)
「いいんじゃない?着れば」
「ええっ!!」
一応子どもも女子であったらしい。
これが現代の綱吉ならば、今までの生活もあいまって恥ずかしさから着なかったかも
しれないが、小さい子どもにはそういった概念はまだ無い。
男の振りをしていれば着られない服を着てみたい、という欲求もある。意外ではあるが。
「で、でも……」
「家は僕しかいないし、大体今の君を見て綱吉だとわかる人間なんていないよ。
それに、いいカモフラージュになるだろう」
「かもふ?」
「……君が綱吉ってばれないように隠すには丁度良いって事」
この子どもが沢田綱吉本人だと周囲に知られては後々面倒になる。
隠したいと思うなら綱吉が男であるという先入観を利用して女装させるのもいい手かもしれない。
本人もやりたがっている訳であるし。いや、女装というか本来それが正しいのだが。
「い、いいんですか?」
上ずった声で聞き返す子どもの瞳には明らかな期待の色が混じっている。
「いいんじゃない」
そう肯定を返してやれば子どもは頬を紅潮させて無邪気に笑んだ。
「きょーやさんおふろでましたっ!」
「ああ、うん――……」
簡単な夕食の用意をしつつ、嬉しそうに服を持ってお風呂へ向かった子どもの声に振り向いて、そこで言葉が途切れる。
状況も忘れて一瞬呆けた。何故ならそこにいたのは。
小柄な体躯を桃色の甚平で装った、どこからどうみても女の子、といわれるいきもの。
「綱吉……君、本当に女子だったんだ……」
気づいたし確認して知ってはいたが、ここまでしみじみと実感したのは初めてかもしれない。人間、服ひとつで変わるものだ。
わりと失礼な発言に、それでも子どもは照れてかぁっと紅くなり、そのまま俯いてもじもじとしている。
はっきり言って可愛い。
思わず10年後の成長した綱吉が、同じく女物の浴衣を着ている姿を想像してしまって、
しかも可愛いなどと思ってしまった頭は何故だか可哀相な気がする。顔が熱くて手で覆う。
(何を考えているんだ僕は……)
お互い紅くなって不毛な沈黙を続ける二人が、次に言葉を発する頃には、用意した夕食はすっかり冷めていた。
夕食も終え、自身も入浴を済ませて出てきた同じく黒い和服の雲雀を、所在無げに体育座りをして待っていた子どもは、見つけた途端、
ぱっと顔を輝かせ、がばっと立ち上がり、ぱたぱたと駆け寄った。
親鳥の後をついてまわる雛のようだ。
それの相手をするでもなく、机に向かい、再び昼間の仕事の最終チェックを始めた雲雀に、子どもはちょっと残念そうに表情を曇らせた。
しかし気を取り直したのか、座り込んだ雲雀ににじり寄り、胡坐をかいたその片膝に身体を乗せる。
雲雀の膝の上にうつ伏せた状態で、顔だけをそのまま上へ向け、満足そうににこにこと笑う。
のけるべきか迷いながら雲雀はそんな子どもを見下ろす。何がしたいのか。
ここへきてからというもの、子どもはやたらと機嫌がいい。
「オレうれしいです」
「・・・・・・何が」
唐突にそう言ってくる子どもが、あまりに無邪気に喜ぶものだから、結局どけることを諦めて問いかける。
「たたかわないけど、きょーやさんといっぱいいっしょにいられます」
へへ、とはにかむ子ども。
あまりに意外な台詞に、目を見開く。
小さな子どもは素直だ。しかも、今までとは違い、頻繁に雲雀にくっついてくる。
雲雀が大人な分、甘えてよいような気分になっているのかもしれない。
雲雀は子どもと戦うことに罪悪感をもったことはない。
子どもが争いごとが嫌いなことも、雲雀を傷つけるたびに、苦しそうにしていることも知っていたけれど
それでも頓着してこなかった。たぶん、これからもないだろう。
なのにわだかまりのような居心地の悪さを感じてしまうのは、子どもへの情だろうか。
膝の上の子どもは言うだけ言って満足したのか、それとも人の体温に安心したのか、
それからまもなくして、意識を夢の中へと旅立たせた。
意識のなくなった身体が、少しだけ重みをまして雲雀の膝にかかる。
どうしてこの子どもはここまで自分を信頼しているのだろうか。
あどけない寝顔を眺めながら、ひどく今更なことを雲雀は思う。
子どもの嫌いなものばかりをもちあわせている人間に対して、何故ここまで絶対的な信頼を。
いっそ盲目的とさえ言えるそれは、決して不快ではないけれど、不思議ではある。
子どもの傍に唯一いた人間だからだろうか。
そうだとしたらと考えて、何故か苛立つ自分に困惑する。
いくら考えてみても、その原因を理解することができない。
「――君と関わると、わからないことが増えるばかりだ」
嘲笑まじりに呟いて、子どもの頭を軽くなでる。それはあまりに小さく、握りつぶせそうだった。
……試してみたら駄目だろうか。
軽くため息を吐く。
こんな事を思いつく人間の前で無防備すぎる。
眠りについた子どもを動かそうとすると、
ぎゅ、と子どもの小さな手が離さないとでも言いたげに、雲雀の裾を掴んだ。
「……」
――本当に、まったく。
(……変な子)
小さな手を開かせて、小さな身体を抱き上げ、傍らの灯りを消した。
部屋を移動し、そのまま白いシーツのひかれた布団の傍まで運び、その上へ横たえ、同じく自分も、その傍へ潜り込む。
傍らの小さな温もりを抱き込んで、雲雀もまた目を伏せた。
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雲雀さんの膝の上で眠る綱吉がかきたかった。
ちっちゃいツナを抱きしめて眠る雲雀さんがかきたかった。
雲雀さんは無自覚です。
・・・・・・いやもうほんとすいません(土下座)
一応何故一緒に眠るかというと、布団もひとつしかないからです。(本文で書けよ)
リクエストはどうしたよ私……(爆)
2007.09.28