麒麟は本来、本能的に人に平等にできている。
もちろん王は特別であるし好き嫌いがないわけではないが、それでも特定の個人に、
麒麟個人として、そういった意味で好意を持つだなんて、聞いたことがない。

麒麟が、恋。

(あー…俺達って、恋できたのか)
歴史に残る新発見だ。・・・これは、どう反応すればいいのだろう。
とにかく驚きが先にたってしまい、うまい言葉がでてこない。
「気持ち悪いことはわかってます!でも見逃してください・・!」
「いや、見逃せって言われても・・・」
そもそも咎められるようなことではないわけだし。
そういえばこの麒麟は麒のようだから、男同士なのか。
誰にも言わないでくださいと必死に頼み込む姿は健気だ。
「別に気持ち悪くないって」
「本当ですか・・・?!」
落ち着け、と言い聞かせれば、しぶしぶながら身体から力をぬく。
「そうかぁ、景麒があいつをなぁ・・・」
彼の頭にはこの麒麟を連れてくる直前まで対峙していた少年が思いうかんだ。
雰囲気や、自分達へ向ける殺気、慣れたふうな武器の扱い。
どこをどうまかりまちがっても穏やかな人間には見えなかった。麒麟にはあまり優しくない存在である。
「蓬莱の人間が、妖魔と互角以上にやりあうんだもんなぁ・・・」
「雲雀さん、とっても強いんですよ」
子どもの自慢のような、無邪気な口調。はたしてそれですまされていいレベルだっただろうかあれは。
喉を突いて出る言葉を慌てて飲み込む。
この子どもが彼の腕にいて、悪い言い方をすれば『人質』として機能していたからこそ
あまり手荒すぎる真似はしなかったのだろうし、あの傷を負ったのだ。
それがなければ、獄寺だって無事とは思えなかった。
・・・本気で、子どもを取り替えそう必死だった。
「・・・仲、よかったのか?」
「・・・・・・はい、たぶん」
口調が変わったのがわかったのか、小さな声の返事。
「幼馴染なんです。ずっと、一緒だった」

「すっごく手が早くて暴力的で乱暴で唯我独尊ででもその分誇り高くて
自分の意思は貫き通す強い人で―――」
だんだんと綱吉の口調が興奮し始める。じわじわと表情が明るく、緩んでいく。
「オレがこんな体質だから、我慢するのなんて大嫌いなくせに気遣って咬み殺すの手加減したり
血を流さないように気をつけたり他の人が何かしようとしたら守ってくれたり!」
「……」
綱吉は夢見心地なのかほうっと遠くを見て薄く頬を染める。乙女だ。
・・・あれ。
雲行きが怪しくなってきている。
「あと漆黒っていうのか髪も目もすっごい綺麗な黒なんですよね綺麗な顔してるし!
和食とか好きで着物もすっごく似合ってて色っぽいし群れるの嫌いなのに小動物とか好きで
小鳥とお喋りしてたりとかギャップが可愛いっていうか―――」
「お、おーい!落ち着けって!!」
取り付くしまもない盛大な惚気に強引に割ってはいれば、あ、と我に帰った綱吉はかっと顔を紅くした。
慌てていつの間にか乗り出していた上体を元の位置に戻す。
ぎゃーとまた叫ぶと寝台の毛布を頭から被って隠れようとするのでまあまあと落ち着かせた。
「す、すいません普段聞いてくれる相手がいないものだからつい……」
「・・・あ、いや、うん・・・」
とりあえずこの子どもが件の少年を大好きなのはよぉくわかった。
初々しすぎて、聞いているほうが恥かしい。
それが伝わってしまったのか、ますます子どもはうーとうなった。
綱吉はとにかく雲雀のことを誰かに話したくてたまらないのだ。
けれどあちらでは恐怖の風紀委員長様のそんな話を聞いてくれるような人間などいるはずもない。
そのせいでこんなところにきて一気に爆発してしまったのもそれはそれで問題だが。
「ととととと、とにかく!!というわけでオレが無事なのは両親と恭弥さんのおかげなんです!」
「とてもそうは見えなかったけど…まあ、わかった」
「…恭弥さん、自分の興味ない人間には容赦ないので」
あ、あはは、と目をそらし少しだけ遠い目をする。否定はできない。
多分、いや、間違いなく一般大衆において、雲雀の性格はこの男の見たとおりなのだから。
それでも雲雀は綱吉にとっては、かけがえのない、大切な人なのだ。
ふ、とその琥珀の瞳に陰がよぎる。
「ここは、異世界、なんですよね……?」
先ほどの話のなかにあった。ここは蓬莱と呼ばれる日本とは、まったく別の場所なのだと。
「――ああ」
何かに気づいてしまった声。男の表情も曇る。
「オレは」
その先を、男が想像する事はたやすかった。す、と手をあげて、綱吉の台詞を遮る。琥珀が、揺れる。
「――酷い事、いうけどな」
「え」


「―――そいつのことは、忘れたほうがいい」


痛々しそうな目をして、言うのも辛いだろうに、それでもはっきりとした言葉。強制に近い懇願。
綱吉の、一瞬のうちに血の気のひいた顔が、蒼白になる。今きいた言葉を認めたくなかった。
ぶんぶんと首を振る。必死だった。
「無理です。あの人を忘れることなんて、オレにはできない。したくない!!」
「景麒……でも、辛いのはお前だ。いい思い出ですませたほうが、いいんだ」
「いやだ!」
あいまいに言葉を濁すことなかれ主義の綱吉には珍しく、はっきりとした拒絶の言葉。
強い語調。にじんだ必死さ。
「俺達は俺達のものじゃない。国の――いや、俺達は俺達の王のものだ。
その意思も、行動も、命さえ全て王のためにある。それはどうあっても逆らえないものなんだ。
そういう風にできてるんだ」
王のもの。
なんておかしな話なのだろう。
綱吉はずっと雲雀のものだった。雲雀だってそう言っていた。綱吉だってそうありたかった。
いまだって、そうありたいと思い続けている。
誰にも雲雀を渡したくなかった。
なのに、綱吉自身が他人のものになるという。
「はっきり言う。俺達麒麟なら、俺達だけなら、蓬莱と行き来することもできる。
あいつともう一度会うことだって不可能ではないだろう。けど、お前は絶対に、
あいつと一緒に生きる事はできない。お前はここから離れられない。
あいつを一番にすることもできない。極端な話だし、そんなことはありえない過程だけどな、
俺達は王に命じられれば、そいつがどんなに好きであっても、
お前があいつをどれだけ大事に思っていようと殺す。それが麒麟だ」





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