まさか。
まさかそんなこと、ありえるはずがない。
綱吉が雲雀を傷つけるなんて、そんなこと。信じられない。
必死で否定しようとする一方で、自分という存在が、酷く恐ろしいもののような気がして、
ぞわり、と鳥肌がたつ。気持ち悪い。
「お前はまだ力が覚醒しきっていないし、王を選んでいないから実感は薄いかもしれない。
けど、麒麟なんだよ、俺達は。いずれ王を選び国へ降りる」
もはや何の言葉も返せなかった。
これ以上、どれだけ綱吉がそんな存在であるはずないと否定したところで、きっと無駄だ。
報われなくたってよかった。
あの人はきっと誰の事もそういう意味で好きになったりしないから、
報われなくたってずっと一緒にいられるなんて、酷い事を思っていた。
寂しい。
くり返される否定の言葉に、雲雀に会いたくてたまらなくなる。
あの人ならばきっと「そんなことしったことじゃないね」となんでもかんでも吹き飛ばしてくれるのに。




あの日以来、綱吉は必死に雲雀を思い出さないようにしている。
しばらくの後、綱吉の近くに寄れるようになった女怪――獄寺というらしい――は、
色々と更に詳しく麒麟という存在について教えてくれた。転変するとか、年をとらないとか。
――失道、だとか。
ちなみに綱吉は獄寺を見ると雲雀を傷つけたという事実がまず目先にきて麒麟らしからぬ感情を抱いてしまうので、
できればもうしばらくは近くに寄らないで欲しいというのが本音だ。
雲雀が無事な姿を確かめなければ、態度の軟化はともかくとして、
へたすると一生許せないかもしれない。本人はかなり落ち込んでいたけれど、
できないものはできないのだから仕方ない。そう思ってしまう自分は、きっと麒麟としておかしいのだ。









子どもが行方不明になったその日。
綱吉の両親にだけは本当のことを話した。到底信じられるはずもない荒唐無稽な話を、
真剣な顔をして聞く2人に、生まれて初めていたたまれない思いというものを味わった。
苛立ちと悔しさと情けなさ。今にも己をくびり殺してやりたいほどの。
「そう……ありがとう、恭ちゃん」
「信じるの」
「恭ちゃんは嘘いう子じゃないもの。特にこんな時には」
あの子はいってしまったのね。
昔から、どこか不思議なところのある子だとは思っていた。
それでも、こんな唐突に別れが訪れるとは思っていなかったけれど。
「大丈夫、絶対にまた会えるわ。だってあの子が、恭ちゃんに会えないことを我慢できるはずないもの」
「……奈々」
一番不安だろうに、にっこりと微笑んでみせる女性は、きっと本当は誰より強い。

後から思えば、その時の奈々の言葉は、『帰ってくる』でも『見つかる』でもなく、『また会える』だった。心のどこかで、綱吉がこの家に帰ることはもうないのだと、すでにわかっていたのかもしれない。






バキィィイ


人間の身体と鈍器のぶつかりあう、鈍い音。とびちる血。
その原因をつくりだした男は、墓場と化した血塗れた地の中心に無言で佇んでいる。
先ほどまで2桁以上の数で雲雀を取り囲んでいきがっていた連中は、ものの数分で全てが再起不能に陥った。

甘く見ていた、と草壁は思う。

雲雀恭弥という人間の凶暴性を、草壁は甘く見ていた。いや、草壁だけではない。
雲雀を知る全ての人間が、自分の認識は甘かったと考えを改めただろう。
かつて草壁の主である少年には、その凶悪な性質に似つかわしくない、優しく、幼げな幼馴染がいた。
その子どもはことあるごとに雲雀の暴力を止めた。
いつもいつも辛そうな顔をして懇願する子どもの願いを、雲雀は無視しなかった。
無視しないどころか、己の衝動を我慢してまで子どもを守ろうとした。
子どもは暴力や血にも激しく弱い、珍しい体質だった。
正直雲雀の下で働いている身からすれば理不尽な暴力を止めてくれるありがたい存在であったし、
何もかも受け入れてくれるような器の大きさには敬意さえあった。かと思えば結構普通の少年で、
学校の勉強を面倒くさがったりドジだったり親しみやすい相手でもあった。
2人はいつも一緒で、並んでいるのが当たり前だと、知らず知らずのうちに思っていたと
思い知らされたのは、その子どもがある日突然行方不明になってからだ。


雲雀はその日以来、見るもの触れるもの寄るもの全てが敵だと言わんばかりに荒れている。
最も、荒れているだなんて表現は可愛すぎるけれど。
あの子どもがいない苛立ちと焦燥を、暴力によって発散させようともがいていた。
かくいう草壁とて、すでに相当数『咬み殺いれて』いる。
学ランの下には包帯が隠されているし、顔にはいつだって絆創膏やガーゼが耐えない。
立っているいるだけで身体のどこかはきしむ。近寄るだけで命の危機を感じ、事実風紀委員の中には、
何人か耐え切れず離反したものもいる。
雲雀の傍に控えていることの多い草壁は、それだけ八つ当たりの対象にされることも多い。
それでも草壁の中に、その委員達と同じように雲雀からはなれるという選択肢はまったくなかった。
草壁は本気で雲雀を敬愛している。彼に一生付いていく覚悟であったし、
その中には命の危険も含まれていた。それはもちろん、こういう形を考えていたわけではないけれど。
それでもそれは草壁の誇りだったし、プライドなのだ。
それに実際問題、今草壁が離れてしまったら、本当に雲雀を抑えるものが何もなくなってしまう。
草壁は件の子どものように雲雀を止めるなんてできない。できるはずがない。
雲雀は誰からも何からも指図なんて受けない。草壁が何か言おうものなら咬み殺されるのがおちだろう。
今思えばあの子どもは、本当にとんでもないことを、当たり前のようにしていたのだ。
草壁にできるのは強引だろうが力づくだろうがすぐに咬み殺されようが、
身体をはってわずかに雲雀の意識をそらすことだけだ。正直今まで死んでいないのが奇跡である。
今まで抑えていたものがあふれ出したように、雲雀の所業は容赦がない。
特に敵に対しては、今にも射殺さんばかりだ。視線だけで人は死ねるかもしれないと思う程、
それは怒りと憎しみと嫌悪でいろどられている。
今地面に転がっている屍は、全治数ヶ月は間違いない重症。
緩やかな抑制から放たれてしまった猛獣は、方向性を失って暴走している。



―――苛々する。

軽い運動にさえならない雑魚たちを足蹴にして、雲雀は大きく舌打った。
雲雀のもてる権力全てを使って探させているけれど、本当はそれで見つかるはずもないことくらい、
わかっていた。万が一でしかなかった。
あの異形、能力、空間そのものから消えてしまった存在。
この世界のものであるはずがない。
異世界の存在だなんて考えた事もなかったけれど、そう考えなければ辻褄が合わない。


あの子がいない。


それだけで雲雀の感情は荒れ狂う。
苛立たしくて、むしゃくしゃして、あの時子どもを連れ去った連中と、
それをみすみす許してしまった己への殺意がつのった。



苦しい。




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