「――中日までご無事で」
足元に平伏する人達にそれを告げる度、向けられる絶望が苦しい。
獄寺あたりは気にすることない、あなたには全然ふさわしくないのだからあちらが悪いのだとか
言うけれど、自分が人を悲しませていることは、やはり胸が痛む。
「オレには無理だと思うんだけどなぁ……王様みつけるなんて。
どうやって見つけるんだって感じだし……」
「ですから王気をたよりに……」
「王気って言ってもなぁ……オレが居場所わかるのなんて恭弥さんぐらいなのに……」
「あの不届き者ッスか」
「不届き者……なんで獄寺君はそんなに恭弥さん嫌いかなぁ……」
今のところ綱吉の唯一の使令、獄寺は綱吉の大好きな雲雀が大嫌いだ。
唯一の接触があんなんだったのだから、気に食わない気持ちは綱吉もわからなくはない。
何故なら実際綱吉も気に食わないからだ。最も気に食わない対象は逆だが。
「あなたを自分のもの呼ばわりする下郎です。身の程をわきまえろっつんだ」
む。
棘のある獄寺の言葉はついでに綱吉にも棘をつくりだした。
(身の程ってなんだよ恭弥さんはすっごく強くてかっこよくて誇り高くて綺麗なのに
身の程知らずはむしろオレのほうだってのつーか恭弥さん悪く言うなんて許せない!)
「オレ他の使令探そうかな……」
「そんなっ!なにかお気に障るようなこと言いましたか!?」
「別に」
獄寺は本当に綱吉を大事にしてくれるし綱吉至上主義で崇め奉ってるふしがあるが
(女仙に聞いた話によるとここまで麒麟一辺倒な女怪も珍しいらしい)
やっぱりそれとこれとは別だと雲雀一辺倒な綱吉はここだけは容赦がない。
(やっぱり駄目だよなぁ、オレ……)
考えまい、考えまいとずっと思っているのに、気を抜けばすぐ雲雀のことばかりだ。
きっと、王がみつからないからだ。
慶という国は、今こうしている間にも荒廃が広がっているのだろうか。
罪もない人達が苦しんでいるのだろうか。
そんな中で、どうしても雲雀のことを諦められずにいる自分に罪悪感がつのる。
両親のことだってろくに思い出さないというのに、なんて薄情な。
王がみつかって、国のことばかりを考えるようになれば、こんな意識も少しは変わるのだろうか。
そう思うのに、王は見つかる気配さえない。
はぁ、と暗い息は、何度目だろう。
もうすぐ、4つめの季節が終ろうとしている。
「・・・まだ、天啓はくだらないか」
「ディーノさん・・・」
珍しい客だ。綱吉と縁ができた廉麒はことあるごとに様子を見に来てくれる。
だがそもそも麒麟はあまり自国、いや自分の王の傍から離れることはない生き物で、
必然的にその回数は多いとはいえなくなる。
ディーノとは廉麒の字だ。王につけられたものらしい。
やけに蓬莱の、それも外人名のようだと思っていたら、実際にそうらしい。
彼の王は胎果なのだという。しかも祖国はイタリア。
だからその名は漢字ではなくアルファベットで書くので、王以外誰にも理解はされないのだとか。
「ま、どっちにしろ俺を字で呼ぶやつなんて、他に大していないんだ」
不便はないという。まあ、それはそうだと綱吉も思う。というより綱吉は胎果ではあるが
勉強はできるとはどうまかり間違っても言えない人種だったので、
アルファベットで書かれたらさっぱりだ。カタカナならまだいける。
「オレには見つけられないのかもしれません・・・」
王だ、と思う直感なんて、まったく訪れる気配はない。日に日に焦燥感ばかりが募って、不安で。苦しい。
「恭弥さんに会いたい・・・」
ぽそりと口をついて出てしまった言葉は、本来なら絶対に言う気のなかったものだった。
どれだけ雲雀に会って安心したくとも、それは言ってはいけないと自分に戒めていたのに。
「す、すいませんっ!なんでもないです何言ってんだオレ・・・!!」
「ツナ・・・」
まだ忘れられないんだな、と悲しそうに歪んだ顔が、はっと何かに気づいたように、驚愕一色に染まる。
「いや、まさかな、そんなことあるわけ・・・」
自分の思い付きを否定しようと、何の効果もないとわかっているのに首をふる。
「だけど麒麟がここまでこだわる・・・だけどあいつが?
とても麒麟が選ぶような人種には・・・いやしかし・・・」
「・・・ディーノさん?」
「でも、もしそうなら一番・・・」
「ディーノさん?一体どうしたんですか?」
世界の命運をわけるとばかりに盛大に悩み始めた廉麒に綱吉は困惑の色を見せる。
それを見て廉麒はますます困惑顔になった。その瞳には綱吉を思いやる優しさと、いたいたしさ。
何をそんなに。
「ワリ。ちょっと途方もない話を思いついてさ。あまりの馬鹿馬鹿しさに自分でありえねーだろって・・・」
苦笑。その後は当たり障りのない、いつもの世間話で、結局綱吉はそのことについて追求することはできなかった。
最後まで強張りが解けなかった廉麒の表情の意味を知る事ができたのは、それから一ヵ月後のことだ。
やはり王が見つかる気配さえなかったその日。
珍しく彼は前回とそこまで間をおかずやってきた。
喜んで迎えれば、その表情は出会いがしらからずっと硬い。
綱吉いつになく真剣なおももちの廉麒に緊張で身体を強張らせる。
「ディーノさん?」
怖かった。いつも優しい彼がここまで顔をゆがめること。それは一体。
その瞳はどこまでも真剣だった。ごくりと無意識に綱吉は唾を飲み込む。
「よく聞いてくれツナ。あくまで可能性の話だし、そうじゃない可能性の方が高いっつーか
俺的にはむしろありえねーだろって話だけど、いっそその方がある意味ふんぎりつくかもしれない」
勢いがなければ言えないとばかりにまくしたてるその言葉の内容を、綱吉はうまく整理できなかった。
「一体何の話を・・・」
「ツナ、お前蓬莱行って来い」
「・・・・・・・・・・・は?」
聞き間違いかと思った。今まで散々忘れた方がいいとか割り切れとか諭そうとしていた彼が、
いきなり意見を翻す。
驚愕で頭がいっぱいだった。だが本当の衝撃はそんなものではなくて。
続く、言葉は。
「お前の『雲雀恭弥』が、王である可能性がある」
世界がひっくり返された気がした。