きてしまった。
懐かしい大地に降り立って、あふれ出した涙と共にそう思った。
故郷の香り。アスファルトでできた、人工的な道。ああ帰ってきてしまったのだと思い知る。
いけないのに、湧き上がってくる歓喜が抑えられない。
強く強く、あの人の気配を感じる。同じ世界に、同じ空の下に、この町に、確かにあの人がいるのだ。
なんという甘美な誘惑。
会いたい、会いたい。
あの気配の方向へ、今すぐにでも駆けて行きたい。
へたりこんだ地面は固い。裸足の身には辛いかもしれないな、と関係のないことを考えて、考えようとして。
こんなつもりじゃなかった。
ディーノにああ言ってもらえたからといって、はいそうですかと来れるはずがない。
「麒麟は確かに情に弱いが、それだけに今回のことは珍しいってオレでもわかる。
いくら大事な相手っていっても、麒麟はその人物より国を選ぶようにできてる
生き物ってことは前言ったよな」
でもお前はいつまでたってもその兆候を見せない。あいつに執着し続けている。だから、と。
でも、ムリだと思ったのだ。
自分がどれだけ雲雀に執着しているかを知っている。
だから、そんなことをしたらきっと取り返しのつかないことになる。










指令を、増やそうと思ったのだ。
ディーノにも言われていたし、女怪一人だけではさすがに心もとないからと。
ディーノに付き合ってもらって宮を出て、妖魔を探していた。


「・・・これ、妖魔なんですかね」
「・・・た、たぶんな」
綱吉の掌には黄色の丸い塊・・・ではなく今さっき教えてもらいつつ
初めて折伏に成功した綱吉の指令である。・・・たぶん。
「どこからどうみても小鳥のような気が・・・」
「いや、折伏できたんだから、妖魔だったんだろ、一応。
動物に似ているのはいるしな。・・・ここまでそのものなのはさすがに迷うけど」
ぱたぱたと羽をはばたかせてちまちまと動くその姿はどう見ても可愛らしい小鳥だ。
少なくても強そうではない。まったく。実際ディーノの指令が教えてくれるまで妖魔だと
わからなかったし、ダメツナにでも指令にできたくらいなのだから。
「オレ、本当に麒麟だったんだなぁ・・・」
折伏を成功させた。その能力を持っていた。それは人ではない証だと。
パタパタと掌から飛びたって小鳥――ではないがそうとしか見えない――は綱吉の頭にふわりと乗る。
「キリン!キリン!」
・・・・・・・・・・可愛いといえば可愛いのだが。微妙に複雑な気分になるのは何故だ。

「ま、今回は練習だし、これで要領もわかったことだし、次は大物を狙おうぜ!」
ばん、と背中を叩かれて激励される。
「そうですね」
苦笑して、もっと強い妖魔がいそうな場所を探す。怖くはあったけれど、必要だったから。
それに、怖いというなら雲雀の方がずっと強かったし、怖かった。
妖魔より普通(・・・たぶん)の人間の方が怖いなんて、変な話ではあるけれど。
ディーノから少し離れて、大きな岩陰などを探す。
なんとなく、隠れる場所があるところのほうがいる気がした。
岩の間に、大きなくぼみがあるのを発見して、よくよく見れば、
岩同士のつらなりからできた穴のようなものがあった。
近づいてみようと一歩踏み出した瞬間、身体が凍りついた。
かたかたと震えだす。
(駄目だだめだだめだあそこは――――・・・・!!!)

『景麒!』

獄寺の鋭い忠告。言われなくてもわかっていた。背筋を貫く悪寒。本能が伝える危険。
ブオン、と空気を切り裂いて、何かが影から鋭い牙を向けてくる。
牙、というよりは、やどかりの脚のような形をしたそれ。その先端は岩でさえ串刺しにしそうな鋭さ。
身がすくんで動けない綱吉を、ぎりぎりのところで獄寺が突き飛ばす。
綱吉がしりもちをついたと同時に、自らの女怪が岩に叩きつけられる音を聞いた。
脚は形を変え、先端で枝分かれして更に針の球のようなものがいくつかできる。
呑気にもハリネズミみたいだ、ていうか効率悪くない?
なんて連想してしまったが、この事実はそんな呑気にしていられるものではない。
転変。姿を変える妖魔は、それだけの力を持つという。
あった瞬間逃げろと、ディーノに口をすっぱくして忠告されていた。
体制を立て直して綱吉に近づこうとする獄寺は、枝分かれしたとげとげに阻まれて近づくことが
できない。だがあしらっている風なあたり、敵の目的は間違いなく綱吉なのだ。
妖魔は食べた麒麟の力を得る。
本能が警鐘をがんがんならして、無我夢中で。逃げなければ。それだけだった。


「ツナ!」


騒ぎに気づいたのか、少し離れていたディーノの叫びが聞こえる。
ひどくそれが遠くて。
次に気が付いた時、綱吉はコンクリートでできた地面に立っていたのだ。








数十分もの間呆然と立ち尽くし、ようやく思考しはじめた脳内の検索に、ひとつの単語が思い浮かぶ。
鳴蝕。
麒麟が起こす故意による蝕。あの世界と、蓬莱とを行き来する力。
妖魔から逃れようと無意識に別世界へと逃れようとした結果。



では、ここは。



(地球・・・)
かえって、きてしまったのか。
がくりと力が抜けてへたりこんだ。だがそんな身体とは裏腹に、心は正直だった。
ここが蓬莱であるとわかった瞬間に、あの人の気配を探していたのだから。
すぐに、わかる。

(恭弥さんが、いる・・・)

――お前の『雲雀恭弥』が、王である可能性がある

まさか、そんな都合のいい事がある訳ない。
でも、雲雀はここにいる。会いに、いける。会いに、いきたい。

――会ってしまったらどうなるのかわかっているのか

一度雲雀に会ってしまったら、もう歯止めが聞かなくなる。何度だって会いにきてしまう。
そしていつか、雲雀に望まれれば――望まれなくなって、ここから動けなくなる。
自分には慶の民がまっているのに。
王となるであろう人が、いるはずなのに。
それさえも投げ出して、雲雀の傍から離れられなくなる。それがわかっているから、
ディーノの言葉に揺さぶられながらも、我慢してきた。駄目なんだ。
そう思えば思う程、身体が、心が、綱吉の存在すべてが雲雀を求める。
苦しい。目じりが勝手に潤み始めて、瞼の裏が熱い。
「ホウライ!ホウライ!」
バサバサと羽ばたき、捕らえたばかりの指令が、楽しそうにくり返すと、広い空へ飛び立つ。
本物の鳥のように。
「あっ・・・・・・」
衝動的に手を伸ばしたが軽くすりぬけて、届かなかった。
高く舞い上がると、視界からどんどん遠ざかっていく。
「え、ちょっ・・・」
まずい。さすがに指令に下しているのだから人に危害を加えたりしないだろうが
(そもそも加えられるのかも謎だが)まがりにも妖魔を野放しにはできない。
自分の指令さえろくに制御できないなんて、情けなすぎて先程とは別の意味で涙がでそうだ。
『景麒、オレが』
「いいよ、獄寺くんじゃ目立っちゃうし」
小鳥の姿をした指令――いいやこの際小鳥で――はともかく、獄寺は明らかに異形である。
蓬莱で姿を表すのはまずい。
「なんだかもう、ふんだりけったりだなぁ・・・」
それでも、沈んだままでいるよりは、やることができて少しだけ気分も浮上する。
立ち上がると、綱吉は小鳥を追うために走りだした。






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